彼の苦手なもの
「ようわからんけど、ひとまず一件落着やな?」
校門の前で解散する時、海鳥がため息をつきながら言った。
若者の時間は目まぐるしい。まだ噂が完全に消えるにはしばし時間を要するだろうが、すぐに新しい話題にすり替わるだろう。
「つっきーにも、改めて言っとく」
赤城が言った。真青も笑顔で頷く。
「ありがと、よろしくね」
もし月下が協力してくれるなら、また一つ心強い。女子の噂に介入できる人材は貴重だ。
× × ×
家に帰って自宅からログインすると、俺よりも家が近い三人は既にログインしていた。
「しっかし、また部室が使えるようになっても、今度は期末で部活停止だろ?」
「そうなんだよねえ」
「……先に謝っといてええやろか。赤取ったらスマン」
「諦めんの早くねえか」
だらだらと喋りながら、俺はぬいぐるみ集めのためにらぶぃくんイベントを周回し、他のメンバーも各々、イベントやランク上げに勤しむ。
そのうち話す話題も尽きてきて、しばし無言でプレイしていると、
「……なあ、春果ちゃん」
ライムが、不意に発言した。
「なあに?」
「赤城って、弱点あらへんの」
強いて言うなら、海鳥が関わると一瞬反応がぎこちなくなったりするので、彼女自身が赤城の弱点と言えなくもない。とはいえ、
「本人いるんですけど?」
本人が聴いている場で言うわけにもいかなかった。
「ん?本人が教えてくれるんか」
「なわけねえだろ」
「ほんなら黙っとき」
微笑ましい口喧嘩が繰り広げられているのをよそに、ルリは唸っていた。従兄の弱点について考えているようだった。
「お前も真剣に考えてんじゃねえよ」
「あっ!」
「お?!思いついたん?!」
「思いつくなよ!」
もはや蘇芳のツッコミが追い付かない。
「でも小さい頃の話だからなー。今もそうなのかわかんないな」
「? 何だよ、言ってみろ」
なおも唸るルリの様子が気になった蘇芳が、おそるおそる発言を促した。すると、
「言っていいの?……お化け屋敷」
瞬間、パーティ会話が静まり返った。
「……ほんまに?」
恐る恐るライムが訊き返し、
「うん、江理ちゃんと佐理ちゃんによく脅かされてたから、お化けとか幽霊の話すっごい怖がってたよね。私もだけど」
「……」
蘇芳は答えない。俺はふと気づいて、訊ねた。
「もしかして、率先して旧校舎の噂消そうとしてたのって、そのせいもある?」
思えば、普段は遅刻ギリギリに登校してくる赤城が、朝一番に噂話を持ち込んできた時点で不思議ではあった。部室に行けなくなったところで、家からでもログインできるんだから放っておけと言いそうなところなのに、文句も言わず先頭に立って人を集めていたこともだ。
見間違いに端を発するただの噂話だとわかっていても、幽霊が出る曰くつきの場所に通うのが精神衛生上良くなかったからだと考えると、そんな行動にも辻褄が合う。
「……」
「そうやったんかー!」
返事がないのを肯定と受け取ったようで、ライムが嬉しそうな声を上げた。
「それはしゃあないなー!人間誰でも、苦手なもんはあるやろし」
ちなみに、ライムはお化け屋敷も笑いながら楽しむタイプだ。怪談の類が苦手なプレイヤーにしてみれば拷問以外の何物でもないショール城も、鮮やかに駆け抜ける。
「宝玉探しに付きおうてくれたら、いっぺんくらいデートしたってもええかなって思うとったんやけどなー!」
憎たらしいほどのハイスペックボーイにも案外可愛いところがあると知って口を滑らせたのが、よくなかった。
「ああ?言ったな?……行ってやろうじゃねえか」
「はぁん?!」
腹を決めた声に、ライムがあからさまに狼狽した。
「なんでや!怖いんやろ?!」
「自分の言ったことに責任持てよ?今すぐショール城前集合」
「無理せんほうがええんと違う?死んでまうで?」
「ゲームだろ、死にゃしねえよ」
彼の意思は固かった。
「い、今はちょーっと都合つかへんなー。夜にせえへん?」
「ぜってえヤダ」
夜にショール城なんか行ったら、風呂で背後に視線を感じてしまうではないか。俺でも嫌だ。
最終的にライムが渋々招集に応じ、俺とルリが止めるのも聞かず、蘇芳はショール城へ行ってしまった。
――そして十分後、パーティチャットにはライムの笑い声と、未だかつてない蘇芳の悲鳴が響くことになる。




