ユニフォーム
ユニフォーム、と聞いた瞬間、真青の頭上に『!』マークが出た。気がした。
「欲しいー!」
ぱあっと顔を輝かせたかと思うと、速やかに部室前方の黒板の前に移動し、『今日の議題 大会のユニフォーム』とチョークで書き始めた。真青は字も綺麗だ。
「ハイ議長」
マットに胡坐を掻いた赤城が、挙手した。赤城も、団体戦と聞くと元サッカー部の血が騒ぐらしい。
「なんですか、赤城君」
真青が、教室にいるときのような澄ました顔で訊き返す。
「サッカーゲームのコラボイベントの、日本代表ユニ」
「定番ですね」
うんうん、と頷きながら、真青は黒板に『サッカーユニ』と書く。このときは確か、イベントエリアにサッカーのフィールドが実装され、ボールを蹴って遊ぶことができた。大半のプレイヤーにはすでに忘れ去られているが、コラボレーション記念のスキル石も実装され、気合いの入ったイベントだった。
「議長は?」
付き合いが長いからなのか、血縁がなせる業なのか、真青と赤城は阿吽の呼吸でコントを繰り広げ始めた。
「私は、やっぱり『宝石学園』のブレザーかなあ」
真青は自分でブレザー、と書いて、振り返る。
宝石学園とは、トレジャーストーンの世界観にそぐわないイベントを開催するときに使われるイベントエリアの中にある、架空の学校だ。くろすが愛用しているジャージも宝石学園のものなので、馴染みが深い。
おそらく開発スタッフとしては、ゲームの略称を『宝石』にする予定だったのだろう。少なくとも、香ばしく焼いたパンのような略称が広まるとは、思ってもいなかったはずだ。
「学ランもあるよ」
割と真剣な会議のような気がしてきたので、俺も挙手して発言する。
「そうなの?」
「アニメのコラボイベントの奴だけど……。セーラー服もあったと思う」
由芽崎第一の制服はブレザーだが、真青にはセーラー服も似合うだろうな、と思考を脱線しながら、俺は付け加えた。
「へえー」
そんなことを思っているとは知らない真青は、黒板に向き直って学ラン、セーラー服、と書く。赤城が再び挙手した。
「けど、今出てる奴って、よそと被りそうだな」
それは俺も思っていた。大会自体が宝石学園杯と銘打たれていることもあるし、まず真っ先に思いつくのが、学園ブレザーだろう。ブレザーが挙がれば、知っている奴は学ランも思いつく。サッカーユニフォームも、やはりチーム戦といえば鉄板なのではないだろうか。
「じゃあ、他には?」
「俺、あんまり装備詳しくねえからなあ。今着てる奴も、その辺で手に入って強そうだったから着てるだけだし」
「佐藤君、そういうの詳しいんじゃない?」
詳しいですが、俺が思いつく奴は全部ネタ装備分類ですよ、お嬢さん。
「それこそ、メイド服とか……」
「俺はちょっと、勘弁願いたいわ」
「……ミニスカメイドだけじゃなくて、ロングスカートもあるんだよ?」
「その知識いらねえ」
赤城が嫌がる傍らで、真青は律儀に、メイド服(ロングスカートもあり)と書いていく。どうにも、赤城は女装は却下の方向らしいので、俺は視点を変えることにした。
「無理やり同じ衣装に統一しなくても、テーマが一緒っていうのはどうかな」
「例えば?」
「時期が違うけど、ハロウィンで魔女と狼男とカボチャとか」
言わずもがな、真青が魔女で赤城が狼男で、俺がカボチャだ。
「なるほどねー」
「……メイドと執事と主とか」
「メイド推してくるね?」
だって、既に着てるから、石を付け替える手間が省けるじゃないですか。
「あとは……。同じ装備で、色とアクセサリーを変えて、戦隊ものとか?」
「それいいね!私も巧も、苗字に色が入ってるじゃない?」
「悪くねえな」
思いつきで適当に言ったのだが、二人の意見が初めて一致した。
「佐藤は何色だよ」
「砂糖だから、白?」
「白か。追加戦士っぽくていいかも」
「せっかくなら、かっこいい装備がいいなあ」
腕組みして、何かいい装備はないかと考える真青。定番はジャージだが、やはりあれも宝石学園シリーズだし、被りそうだ。それに、くろすも着ているので、なるべくなら連想できるような装備は避けたい。統一感があって、正義の味方っぽくて、よそと被らず、三人とも納得できる格好いい装備――。
「あっ」
ひとつだけあった。つい声を出してしまい、二人の視線が俺に集まる。しかしこれを言うと、また別の不具合が出てしまう。ためらったが、真青は既に期待のこもった目でこちらを見ている。
仕方なく、俺はその装備の名を、口に出した。
「……カエデスチームパンクシリーズって、知ってる?」
案の定、赤城は首をかしげた。
「カエデスチーム……なに?」
一方真青はというと、
「知ってる!装備デザコンの奴だよね?」
装備デザコンとは、装備のデザインをユーザーから募集し、優秀作品は実際にゲーム内装備として実装されるという、去年の秋に開催されたクリエイター向けコンテストのことだ。カエデスチームパンクシリーズ、通称カエデ装備は、そのコンテストの最優秀作品だった。名前のとおり、ヴィクトリアンなファッションと退廃した近未来イメージを掛け合わせた、非課金装備の中では一番の装飾過多装備でもある。
「あれ、可愛いよね。でも、店売りしかないからスロットが少なくて、メイン装備にするの諦めたんだよねえ」
カエデ装備に限らず、イベント装備に分類される装備は、モンスターからのドロップがない。どうしてもスロットの多いイベント装備が欲しいプレイヤーは、課金アイテムのスロット開放キーを買うか、裁縫スキルで作るしかない。
ここで厄介なのが、カエデ装備はデザインコンテスト作品という特殊な装備故に、生産レシピの入手方法が『プレイヤーのカエデ本人から教わる』という、前代未聞の超級難易度を誇るところだ。
もちろん、物好きの中にはレシピコレクターもいるので、躍起になってカエデにコンタクトを取ろうとする者もいた。ところが、どうやらカエデはデザコンのためだけにアカウントを取ったようで、普段まったく活動していないことがわかった。
ということで、生産レシピは完全に入手不可となり、そもそも課金できるプレイヤーは更に装飾過多なガチャ装備に走り、非課金プレイヤーは見た目装備と割り切って着ている者しかいないので、三スロット以上あるカエデ装備を着ている者は皆無と言ってよかった。
「石が付けられないんじゃ、いくらよそと被らないって言っても、意味なくないか?」
「だよねえ。今度の大会、課金アイテム禁止だし」
口々に言う二人。学生大会なのに、課金で差が付くのはさすがに世知辛すぎるという運営の判断で、今大会では課金装備及び課金でスロットを増やした装備、そしてその他課金アイテムの使用が禁止されている。
でも、と真青が呟いた。
「佐藤君がわざわざ提案するってことは、何か裏技があるんだよね?」
真青は、しゅがーの装備のことや、いにしえの死にシステムを知っていたことなどから何か学んだのか、おもちゃを前にした仔犬のような顔で俺の言葉を待つ。俺は渋々、種明かしをした。
「裏技っていうか、その……。カエデって、俺の父さんのことなんだよね」
「へ?」
きょとんと、首を傾げる真青も可愛かった。
「お、お父さん?」
「お前んち、親父もとーすとやってんの?」
「いや、やってない。俺がデザコンのこと話したら、応募したいって言い出して……」
父が、珍しく休日に出かけずに書斎にこもっていると思ったら、突然俺の部屋に来てデザイン画を見せ、どうやって応募するんだと訊ねてきたときには驚いた。なんでも、昔はイラストレーターを目指したこともあったのだという。自分のイラストを使ったゲームを作りたい思いでプログラミングの勉強を始めたら、そっちのほうにのめりこんで本職になってしまったと笑っていた。
「最初は、俺のアカウントで応募しろって言ってきたんだけど、せっかくかっこいい装備なのに、俺のアバターの名前が付いたら台無しだって説得して、本人のアカウント作らせたんだよ。ちなみにカエデは母さんの名前」
余談だが、父の名前は寿雄という。さとうとしお。俺の名前のさとうかけるもなかなかだと思うが、その上を行く名前だと思う。
「だから、俺のアバターはレシピを教えてもらってる。しゅがーのメイド服見てわかるとおり、裁縫スキルも使える。俺なら、スロットの多いカエデ装備が作れる」
せっかく父が頑張って考えたのだからと、面白半分でアカウントを取ってやり、ログインの仕方とキャラメイク、基本操作だけ教えたのだが、まさか採用されてしまうとは、俺も父も予想していなかった。
「マジかよ……。息子が息子なら、親も親ってか」
「いいじゃん!私、あの装備大好き!巧も気に入ると思うよ」
「へー、じゃあそれでいいや。任せる」
格好悪い装備は着たくないというだけで、さほどこだわりはない赤城は、あっさりと了承した。




