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異世界の居酒屋◆

異世界話にはマーク「◆」を置いときます。


 聖都フィアーセ。緯度の高いこの地方は早い冬の訪れと共に、雪が街を覆いつくす。

 今年も根雪となった先週から降り続いた雪は、朝晩の雪かき仕事が増えた住民の悩みの種。


 そんな住みにくそうな聖都であるが、意外にも10万を超える人口の都市を形成している。

 聖都の中心の丘の上には大聖堂がそびえ、2千人ほどの人々が寝泊まりをしており。さらにその倍の街から通う人々もおり、それらの人々の消費を支える商人がこの街に根をおろしている。

 さらには各地からの巡礼者、多くは裕福な商人や各国の貴族、それに町や村の代表者が数多く訪れる。裕福な者は多くの従者や護衛を引き連れ、そうでない者は目的地を同じくする者たちで固まり、旅の危険をどうにか減らしながらこの聖都に訪れる。

それらの人々をもてなし(当然対価は貰うのであるが)、その需要を満たすために聖都はこの大陸の都市としては、それなりの大きさを誇る。



 そして、そこに住まう種族もまた多様を極めている。





 人間もドワーフ族も、さらにはゴブリンやオーガもここでは珍しくもない市民として存在する。元々の教会が掲げる教義がこれらの種族に対して寛容であることもあり、未だ敵対する部族も多いとはいえ(これは人間にも同じことが言える)、ごく普通に人間社会に溶け込んでいる。これは大陸東部に限ったことであり、他の地域では未だ人間の敵として駆除の対象になっているのであるが……これは他種族の教育の差だ。古くから共存してきた東部の国々は、強大で数の多い人間以外の種族と交流の手段を練り上げているのだ。その成果のひとつが教会による学校(といっても規模は様々であり、数人規模の寺子屋のようなものもある)であり、言葉と知識と食事、そして教義を伝えて信者の獲得と維持に役立ててくる。


 そこに住まう人々には、ここが聖都であり魔力溢れる土地柄であることもあって、魔術を研究する怪しげな人々……魔導士や魔女と呼ばれる人々が住まう小路もあると言われている。入口がどこなのかも判然としないこの小路を目指す人々も少なくはない。


 大きな街の常として人々の欲を満たす歓楽街もまた、この聖都には存在する。多くはアルコールや食事を提供する飲食店、タバコ(パイプや水タバコなど提供する店が細分化している)や中には大麻などのようなものも提供する店が軒を連ねている。宗教都市とはいえ、そのに住まう人々にもカタルシスを得る手段には事欠かない。さすがに色事を提供する店は控えめではあるが。


 日が落ちるのが早い冬の夜。


 街の歓楽街の1つ、「ばちあたり横丁」にも(酷い名前の横丁だ)夜のとばりが降りる頃、店先にはランプの明かりが灯され、積もる雪の反射もあって、辺りは幻想的な雰囲気となる。通りを酔客が闊歩していなければであるが、それもこの盛り場の1つの風景だ。

 人間とそれほど背格好が変わらないゴブリン、その倍はありそうなオーガも等しくふらふらほろ酔いで次の店か家路へと歩いている。

 そんな通りを小柄な少女が雪を踏みしめながら歩いていた。ふらふら歩く酔っ払いの中をすいすいと進んでいくその姿は、白い柔らかそうな毛皮のコートと同じ色の毛皮の帽子をかぶり、その帽子からは同じ色の……と言いたいところだが、少し金色がかった癖のない髪が胸元に向かって垂れている。ちらりと除くその顔は、深緑の目を楽しそうに輝かせて旨そうな匂いを漏らす店の様子を眺めている。


「やっと抜け出せたんだし、珍しいものが食べたいな……っと!」


自分の倍以上もあるオーガの酔っ払いをひらりと躱し、「危ないなぁ」と呟きつつオーガの来た方向を見ると、大きな建物に大きな入り口。オーガなどの大型人種が出入りするような酒場だ。


 この地方は、人間もドワーフ族も、さらにはゴブリンやオーガもここでは珍しくもない市民として存在する。元々の教会が掲げる教義がこれらの種族に対して寛容であることもあり、未だ敵対する部族も多いとはいえ(これは人間にも同じことが言える)、ごく普通に人間社会に溶け込んでいる。これは大陸東部に限ったことであり、他の地域では未だ人間の敵として駆除の対象になっているのであるが……これは他種族の教育の差だ。古くから共存してきた東部の国々は、強大で数の多い人間以外の種族と交流の手段を練り上げているのだ。


「おおっ。オーガ向け酒場……これは是非体験してみたい」

 

 少女は好奇心いっぱいに重そうな扉に手をかけて思いっきり押す……が実は引き戸だったことに赤面しつつ中に入った。


 紫煙と喧騒と酒の匂い。カウンターの椅子は、よく見る子供用の椅子のように高く、足場が作られている。オーガ以外の種族はよじ登って座れということらしい。人間の中でも小柄な(何せ外見は子供なので)少女はきょろきょろと辺りを見渡し、テーブル席も同じような状況であることを見て取ると、「よっ」と掛け声とともにひらりと着席した。


オーガはその巨体を維持するための栄養補給に、大量の芋を食す。通常人間が食べられないような毒性のあるものも好んで食べるために、オーガ専用食というものも存在する。板に筆で書かれたメニューには、「オーガメニュー」と「それ以外」が分けて書かれている。

この地方ではこの時期の食べ物としては、家畜、主に豚や羊が食されているが、「聖職者の頭」と称される大玉スイカの倍以上もある大きなカブが食べられている。大量に採れ、オーガにとっても食べやすい大きさであるので、当然この酒場でも多くのメニューにこのカブが使われている。


「おおー、あのカブにこんな食べ方があったのか……宮殿で出るのは煮るだけで旨くはなかったけど……いけるのかな?」


「お嬢ちゃん、子供が夜に歩けないほどこの辺りは物騒じゃねぇが……いいところの子なら早いとこ宿に帰ってお付きの護衛か親御さんと一緒においで。悪い大人はどこにでもいるからな。ましてや……」


 カウンターの向こうで調理の手を止めて、厳つい顔に似合わぬ優しく諭すような声に、少女はぎょっとして手を振る。確かに西方からの侵略にあっているバルラトアに手を貸す準備で物資も人もこの街に入り込んできている。今代聖人の騎士、エスティヴァンの出身でもあり、王からの要請があれば「神の軍勢」を標榜する教会軍は容赦なく無法者に剣を振り下ろすだろう。


「あー、いや……」


「巡礼中だろ? ここは色んな種族が集まる街なんだ。中には貴族のお嬢ちゃんの口に合わないものも沢山ある。悪いことは言わんから、いったんお帰り」


 メニューについてブツブツ呟いていたのも聞かれていたらしい。どうやら自分は巡礼中の貴族の令嬢にでも間違われていたらしい。そういえばフードも取ってない、コートも着たままだ。石造りの室内は暖炉の火が赤々と燃え、暖かい。久しぶりの脱走にテンションを上げていた少女は色々間違えてしまっていたようだと、小さくため息をつきながらフードを取り去った。薄いビール色の髪とエメラルドのような深緑の瞳が露わになる。唖然とするオーガの店主は、コートの下から見える法衣に本来オーガは感じないであろう頭痛を覚える。


「……失礼しました。いつも食べているレシピとは大きく違うようでしたので、思わず口に出してしまいました。お気を悪くされたのであれば、どうかご容赦を」

 ペコリと頭を下げる少女に今度は店主が慌てる。幸いカウンターにはこの少女が座っているのみで、大半の客は後ろのテーブル席で飲み食いしているようだ。

 ……こんなところ見られたら殺されちまう。


「あ、アの……聖女様はお1人でこラれたのデ?」

 慌ててるせいか、オーガ弁が丸出しになる。



「ただの食事ですよ。あのカブを美味しく食べられるなら、食べてみたいから、あの聖職者の肉詰め……ってすごい料理名」


 吹き出しながら、メニューを眺めるディアーナを見て、巨躯の主人は背筋を伸ばす。あれは出征前の息抜きなのだと理解する。実際には、ただのわがままによる脱走なので見つかり次第連れ戻されるのではあるが。


「ではそれをメインにして、飲物とおつまみを見繕いましょうか。折角オーガの料理を貴女にお出しできるのです。オーガが好むものをお出ししてみましょう。量は少なめでよろしいですね?」


 オーガ基準に出されたらお腹がパンクしちゃう。


「ええ、それでお願いね。後はお酒お酒……このオーガキラーをお願い。どれも凄い名前だなぁ」


「はい、では順番にお出ししますので少々お待ちください」


 主人が料理に取り掛かったところで、ウエイトレスが飲物を持ってくる。横目で失礼にならない程度に、若いオーガの女を見る。主に男だったときの習性によるものだが、全体的に大づくりであることを除けばいい女だと思う。その、ひときわ大きいその部分に埋まってみたい。思わずゴクリとつばを飲んでしまうが、ウエイトレスは意味を取り違えてくれたようで、クスリと笑うと「お待たせしました。オーガキラーです! 熱いので気を付けて飲んでくださいね」とディアーナの前にどんとジョッキを置いた。他にも何か言いたそうなそぶりを見せるが、カウンターの向こうからの視線に口を噤む。「ごゆっくりー」とう緩い言葉を残して奥に引っ込んでいった。


 ハーフサイズだというジョッキは、ビアホールの大ジョッキほどもあるものだ。ジョッキに手を付けようとして、手を引っ込める。手を組み、食事前の聖句を唱え始めた聖女に主人は目を見開く。小さいが鈴の鳴るような心地よさを覚えるその声を、手を止めてじっと聞き入る。

 やがて聖句が終わったディアーナが目をあけると、主人が見ていることに気が付く。「いや、いいものを見せて頂きました。長生き出来そうですな」と笑いながら料理に戻った。「そんないいものじゃないと思いますけど」と苦笑しつつ、たどたどしく両手で木のジョッキを抱えるように持ち上げると、ふうふうしながら口を付ける。熱々のワインと何かの(なんだかさっぱり判らぬ)リキュールと香草が入っているそれは甘口なのにさっぱりして呑みやすい。舌を甘さで蕩かしながら食道から胃にかけて、熱いものが降りてくる感覚。これはいいものだ。


 前菜からメインまで、気が付けばよくできたのコース料理のように、食べるペースを考えながら作られた料理は、十分にディアーナの舌を楽しませた。特に肉の旨みを吸いつくしたカブの美味しさは、是非とも宮殿でも食べたいと思わせるものであった。羊(によく似た動物)の血で作られたソースは、本当にオーガが作ったのかと思うほど繊細な味だったし、くりぬいたカブに詰められたひき肉の詰め物は、ひたすらジューシーで酒が進む。



「ふう、美味しかった。何か軽いもので呑みたいけど、頂けますか?」


 満足気な聖女の姿に、確かな手ごたえを感じ、会心の笑みを浮かべながら最後に饗するひと皿を考える。


「では、バスディーラ産のチーズでも切りましょう。いい熟成をしてるので、パンに合いますが少しお付けしましょう」


 手をぱちんと合わせて、おお、と嬉しそうに目を輝かせる聖女を、微笑ましく見ながらチーズを取り出す。と、背後のテーブル席から大声でで話すオーガの声に顔を顰める。楽しむべき食事の時間にあまりこの聖女には好ましい話題ではなかった。

 話題は今度の戦いの話題だ。市民には中々情報が降りてはこないが、大陸中央の勢力が6か国の連合でバルトリアを切り取るという噂。バルトリアも古くから中央諸国と渡り合ってきた国であるが、今度ばかりは持たないのではないかと。教会の威光も……


 知らぬこととはいえ、さすがに言葉が過ぎると主人がカウンターから出ていこうとするのをディアーナは止めた。苦笑しつつ「気にしてなませんから」と酒を啜った。


「勝つよ」


 幸次にとっては理由のない戦い。だがディアーナとしては、守りたいものが多すぎる世界だ。


「ワタシの仕事ですから。貴方の料理も」


 常温でもとろけるチーズをパンに付けて咀嚼する。クリーミーでコクがあって、実にいい。


「このチーズも。無くなることはないかもしれない。でも、それを作る貴方たちが害されるとあらば……」


 ジョッキを持つ手に力が入る。髪がふわりと舞う。パチリと溢れた魔力が弾ける。主人は瞠目して言葉を無くす。子供に見えるというのに、全て知って背負っている聖女の覚悟が分からざるを得ない。


「西方人がいうところの『魔王』らしく精々悪い顔で『聖女』らしく優しく叩き潰して来ますわ」


 と笑った。


 と同時にガラッと扉が開かれる。肩を怒らせながら入ってきた男に、ディアーナは「ゲッ……ラルス」とのけぞる。聖騎士の赤い軍衣を身に着けた男。酒場の喧騒が一気に鎮まる。

 入口で軽く雪を払うと、まっすぐディアーナの隣の椅子にひらりと座る。


「この聖女様と同じ飲み物を!」


 驚きの声と共に、喧騒が戻ってくる頃には護衛の兵士が付いており、逃走出来ないことを悟ったディアーナはがっくりと肩を落とした。


 後にこの晩饗されたコースには、聖女のお試しオーガコースと名前で知られるようになり、ずいぶん繁盛した。

2018.1.22 誤字修正。

2018.1.24 誤字修正。

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