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ここにも

 怜悧な印象を見る者に与える女が、周囲の忙しない足取りとは違うゆったりとした足取りで歩いている。


「私の職場もこの駅なんだけど……」

 梨花(りんか)はひとりごちてホームを改札方向に歩く。黒や紺の人の流れに乗って改札を通り抜けると、行きつけのコーヒーショップへ向かう。

 いつも余裕をもって出勤する梨花は、毎朝この店でドーナツとコーヒーを摂ってから職場へ向かうことが習慣になってきている。新人の頃は緊張のために早起きになっていたそれも、余裕が出てきた今はプライベートと仕事モードの切り替えスイッチのような時間になっている。もちろんドーナツの時もあればマフィンの時もあり、ベーコンエピとカフェラテと合わせることもある。



「今日は何にしようかしらね……」

 注文の列に並び、パンの陳列ケースを眺めるとチーズパンの値札横に「焼きたて!」のカードが添えられていることに気が付く。焼きたてのチーズパンにシロップを半分だけ入れたカフェラテを合わせてみよう。朝の幸せ計画。

 注文を済ませ、パンとコーヒーを乗せたトレーを持って、「いつもの」駅構内が見えるカウンターに(どっこいしょ)と心の中で掛け声をかけて腰を下ろす。この手の椅子は座面がやたらと高いので、子供のころからどっこいしょと口走り、花の女子高生になるまでそれは続いたのである。

 席に腰掛け、カフェラテをひと口。コーヒーの香りと甘いミルクのコクが口の中に広がる。ひと口目の余韻を楽しみながら、トートバッグをごそごそと探り……オカルト雑誌を取り出し読みふける。梨花は大のオカルト好きだ。さすがに自分で心霊ツアーなどしてしまうほどではないが、テレビで特集があれば録画してみるし、この手の雑誌は毎月欠かさず購入しているくらいにははまっている。

 ぱらりと目次を開くとUFOの特集と、某国の基地と宇宙人の関係を取り巻く陰謀。超能力に目覚めた少女の話題など、ぞくぞくするほどの胡散臭さが紙面から溢れだしてくる。手でちぎったチーズパンをかじると、香ばしい小麦の香りをチーズの味が追いかけてくる。そこに熱いカフェラテをひと口。


 目次では詳細が書かれていない読者投稿のページをパラパラとめくる。読者投稿ページは稀に思いもよらないネタが投稿されているので毎号楽しみにしているのだ。


『天変地異? 夜空に浮かぶ謎の光』

『幼少時から見てきた私の心霊体験』


 ふんふんと興味深くも胡散臭いネタ達を楽しむ。楽しむというにはいささか目が真剣みを帯びている。


『エスパー!? 謎の美女が鉄の塊を空中に浮かべる瞬間を激写!!』


「ん? これは……」


 白黒の印刷で画質もかなり悪いため、細部までは見えないが手を広げて大きな機械のようなものを浮かべているように見える。髪や衣服が揺らめいているようにも見える。


「これは……よくできてる。まるで東の魔王のような雰囲気ね」


 物心つく頃には、この世界にはない知識と記憶が幼い自分を苛んでいたものだが、どうにか折り合いをつけた中学時代に梨花はこう考えるようになった。「自分は転生者である」と。

 中学生であり、当時の自分を客観視できる年齢になった梨花は、若干の痛々しさを覚えるのであるが、長じて整理された記憶と、自身に現れた現象を考えると今も自分が何者かの生まれ変わりてあることを確信しているのである。

 前世の自分の境遇を記憶していること。この世界では使われることのない言語を知っていること。そして魔法のような不思議な現象を引き起こせること。


 東の魔王とは、自分が住んでいた国からは遠く離れた魔族を統べる王だ。異種族を取り込み、力を蓄えているのだと言われていた。

 前世の自分が国の遠征軍に参加したこともあり、その強大さは身に染みてわかっている。人間の倍ほどもあるオーガが兵士を蹂躙する様は悪夢としか言いようがなかった。一方でゴブリンが人間に指示を出し、エルフがドワーフの合図とともに魔術を展開させる光景に、人とそうでないものの在り方にひとつの答えを見た思いがしたものだ。


 写真であるので相手の魔力などは判るはずもないが、その身にまとう空気のようなものが感じられる写真は、背筋を寒くさせる何かを感じさせる。あの時の自分たちが使うものとは違う魔法体系は、何も知らなかった自分には衝撃的で、探求していることの深さに広がりを与えたのであった。


 そっと探査の魔法を発動する。幼いころから繰り返したこの魔法は、自分が孤独でないことを願い、結果として自分が孤独であることを再確認する行為だ。これまでも何度か魔力自体は検知したものの、発動させた形跡がないそれは、向こうの世界でも日常的に存在したただの人だ。

 発動して暖かいカフェラテに口をつける。甘い香りとともに出かけたため息は、驚きとともに飲み込まれた。


「見つけた」


 彼女の見通す先には、先ほど電車の中で会った男と同じ服装の、つまりたぼたぼでサイズが合っていない男物の服を身に纏った珍妙な女が見えた。


 吹いたコーヒーをハンカチでふき取ると、足早に店を出た。

お久しぶりの更新ですが、更新する度に言ってる気がします。今年は言わすに済ませたいところ。


次回はあっちの世界のお話。


2018/1/9 判りにくいと指摘があった個所を修正。

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