おとうさんの、はじめて(2)
すみません、72話を忘れてもう一話書いてました。
雑煮を食す。
初詣も行った。
年初の初売りも済ませた。
幸太は短い休みを嘆きつつ出社中。もうすぐ向こうの世界へ帰還することもあり、現在進行中のプロジェクトの目途をつけることに集中しているようだ。
美衣は一応受験はしてみるとのことで、自室で勉強中だ。
美穂は自分の体をうまく使いこなすために、町道場へ通っている。今まで出来ていなかった力強い当て身に手ごたえを感じているようだ。最近は筋肉も付いてきて引き締まった体とスラリと伸びた上背、その甘いマスクは最近、近所の奥様方に大人気だ。
「ふうむ……」
つまり、幸次は若干暇である。
「んーっ!」
大きく手を突き出して伸びをする。……と、少し違和感を覚えてペタペタと触る。自分の胸周りを。
最近胸周りが窮屈なのだ。そこはかとなく溢れるぐにゅっとした脂肪をそのままにするのもなんだな……と思い始める。
今の下着は、まだ女性だったころの美穂が買ってきたものだ。男性になってしまった今では、そうそう買いに行くわけにいかないのだ。
……買いに行くか。
はたと気が付いておもむろに上着を脱ぎだす。下着も脱いで上半身は裸になり、蠱惑的な白い裸体が露わになる。
幸次はその背中に伸びた色の薄い金髪をかきあげ、なめらかな背中と細いうなじをあらわにする。
引き出しが勝手に開き、なかからメジャーがふよふよと浮かんで幸次に近づいてくる。そして、幸次の胸の前で停止すると、ぴゅるっと音を立ててメジャーが伸びてきて、その柔らかな双丘の頂に纏わりつく……
「ひゃぁぁぁ!」
と、幸次は自身の魔術でもたらした結果で飛び上がった。
冷たい。実に冷たいのだ。1月は関東でもえらく冷える。よく冷えた引き出しから、よく冷えたメジャーが纏わりついたのだ。そして、幸次は魔術もろくに使わないぬくぬくとした日常で、すっかりだらけきり、油断しきっていた。
「冷たかった。あ、ああ、吃驚した」
以前の俺なら今ので心肺停止だな……と呟きながらメジャーを温める。魔術で。
最近ちょっと使ってなかった魔術で。
幸次の魔力や魔法陣の構築力は、あちらの世界でも髄一である。
大出力の魔力をふんだんに使った魔法陣は、精密で緻密であり魔法陣自体が凄まじい強度を持つ。ゆえに、大出力の魔術を受け止め、発動することができるのだ。
普通の魔術師は強度を保つために、補助の魔法陣を展開させたりするのであるが、幸次が構築する魔法陣はそれが不要である。その魔術を使って、幸次はメジャーを温めた。
正確には熱した。
「!!!!!」
じゅう。と、何かが焼ける音とともに、声にならない悲鳴が佐藤家のリビングに物悲しく響いた。
「う、うぉぉぉ……」
肉の焦げる臭い漂うリビングで幸次は暫し蹲り、落ち着くのを待つ。パニックになっている状態で魔術を行使すると、暴走を招く恐れがあるからだ。
「は、はぁぁ……ショック死するかと思った」
ようやく自分の体に治癒魔術をかけ、やけどを治していく。
「……店員にやってもらおう」
魔術のリハビリしようと心に決めながら、幸次は買い出しに出かけるのであった。
どーん!
初売りも終わって、大分落ち着いたショッピングモールの一角にある、ピンクな感じのショップ入口に仁王立ちしている一人の少女。
深い緑の目は、キリリとある決意に満ち溢れ、いまにも「たのもー!」と載りこんでいきそうな雰囲気だ。
実際のその少女は、(ある意味)初めてのおつかいであり、経験したこともない「自分の下着」を買うという経験にどうしていいかわからず、固まっているだけであったのだが。
「あ、あの、お客様……きゃんあいえるぷゆー」
店員のお姉さんが、恐る恐る外国人っぽい少女に問いかける。この店員さんも、開店以来初かもしれない外国人の客にいっぱいいっぱいだ。というか、少女は幸次であり、つまりはどちらもいっぱいいっぱいなのであった。
「うう……私の英語通じないのかしら……」
「うあっ!」
周囲の女性客は、自分のことでないからか、実に面白くこのやり取りを見ていたという。
「ぶ……」
「ブ?」
少女は、大きく息を吸い込み、朗々と自身の欲しいものを告げた。
「ぶらじゃーを、何個か見繕ってくれ」
店員はこの時、おでんを注文するおっさんの姿を幻視したという。
……Dの65。これが散々ひどい目に会いつつ測れなかった幸次のサイズであったのは余談だ。




