聖女たちの年越し
聖女というのは随分と特殊な職業である。
もちろん、どのような職業も特徴はあるのであるが。例えばパン屋などは早朝に生地を焼き上げ、食事としてのパンや菓子としてのパンを焼き、販売する。「いやー、うちはパン屋だからなぁ。朝早いのよ」
どのような職業でも、その中に入ってしまえばその職業は他の職と比べて随分特徴的だなと気が付くものである。
それでも聖女は特殊ではある。というか、聖女とは職業を指した言葉ではない。人の世のために神聖な何事かを成した高潔な女性を指す言葉だ。
殆どの場合、後からそのように呼ばれるものであり、職業を指す言葉ではない。この世界では。
これが異世界では摩訶不思議な力で、一定の周期で職業・役職としての聖人または聖女が誕生する。
彼らはその聖人としての特徴であるところの、莫大な魔力を持つ敬虔な宗教人である。この魔力でもって人々を癒し、または悪を成す不埒者を懲らしめるための力を振るう、人々の信仰を集めるシンボル的な存在だ。故に聖人は唯一人の存在として人々の信仰を集めている。
彼らは、生涯のうちに1人だけ子を産み、その子を次代以降の聖人に繋がる者として残し、身を隠す。
それは聖人が量産されては、少しばかり困ったことになってしまうからだ。その辺、がっつりと組織ぐるみの家族計画が実践されているのである。
異世界にも学校に当たる教育機関が存在する(この世界の義務教育的なものよりはずっと職業専門教育のようなものである)。ここでは、良家の子弟が多く更には封建制度が根付いている背景も相まって、このような会話が交わされるのだ。
子供とは、まだ自身に潜む才能を開花させておらず、まで何も成していない存在なのだ。そんなわけで、自分の縁者自慢となってしまうのだ。
もしも、異世界に聖者・聖女がそれなりの数が存在すると、その学校では子供たちの会話はこのような感じになるであろう。
「うちはペペロンチーノ王国の伯爵家なんだぜ」
「うちのとうちゃんなんか、ボンゴレ帝国の宮廷魔術師長やで」
「ワタクシの実家は、ミートソース大公家ですのよ」
このように、子供達の自慢のハードルはどんどん上がっていくのである。
「う、うちのとーちゃんなんか、ナポリタン王国の王様だもんね」
ここで、余裕の笑みを浮かべる子供が、更にハードルを上げてしまうのだ。
「僕の母は聖女だよ。まあ、君たちのご両親が母に挨拶したいときは僕が口をきいてあげてもいいけどね。フッ」
「なんだ聖女か」
「うちの近所にもいるわ」
「おかんのヨガ友達にもいるわ、聖女」
と、このように、わけのわからないレベルで聖人の数が増え、各地に拡散すると聖女ポジは凄いことになってしまうのだ。下のほうに。ヨガ友て。
ちなみに聖人または聖女の子供は教会で厳重に保護され、学校で教育を受けることは一切ない。
ちなみに、今代の聖女も他の聖人と同じく、異世界で1人だけ子をもうけている。その過程は不幸そのものであったが(このような例はこれまでにもあるにはあったが、やはり異例ではある)、その子も現在のところ聖女直属の部下に保護され、親が身近にいないながらもそれなりに幸せに暮らしている。はずである。
今代の聖女は、異例づくめではある。一人の体に二つの魂。しかも、その半身は聖女にもかかわらず男性で、おまけに別の世界の人間だ。昔の聖人が世界を渡ったという伝説を頼りに魔力を検知し、引き寄せることに成功した当時の教会上層部は狂喜し、後にその聖女の在り方に恐怖する。
元の素体であるディアーナは、聖人としてはいささか魔力が弱かったために、その異世界人を召喚、ディアーナと融合させることに成功したのであるが、精々魔力の底上げ程度と考えていた「設計」は誰も予想しない結果をもたらした。
つまりは、異世界人(幸次)の魂がより強く残り、これまで飼いならしてきたディアーナ・ローゼに「我」を持たせる結果となってしまった。
これに対し、教会は幸次の魂を封じる術式を施し……まだ幼いディアーナに早急に次代を育てさせようと試みる。
無論、幸次も出来る範囲で抵抗し、ついには対抗術式を施すことで自身を幸次あるいはディアーナを表に出すことに成功したのであるが……
……全ては手遅れであった。
概ね、教会の思惑通りにはなったのだ。異物(幸次)を含む聖女は異世界に帰り、子は残る。
この体制は今後も続き、世界はそれなりの平和を謳歌し、教会は影響を与え続ける。
彼らは異世界(地球)にいる、聖人、聖女(幸次)の血族(子孫)を勘定に入れてはいない。入れたくはない。
だが、確かに聖人の血はこの世界にばら撒かれ、今代の聖女はこの世界に存在し、子を産み育て……
再び世界を渡り、異世界(あちらの世界)に戻る機会を窺っているのだ。
テレビでは、歌合戦のフィナーレが流れている。数年前まではお笑いコンビの放送を流していた佐藤家の大晦日であったが、原点回帰(?)であろうか、歌合戦を流しながら年越しする。
一家全員、思い思いの格好で体を休めている。全員食べ過ぎ飲みすぎである。幸次はこのだらりとした空気が好きだ。
幸次はちびちびと芋焼酎を舐めている。幸い肴は目の前のテーブルにまだ広げられている。残りは明日以降に消費される。
美穂はその幸次の膝に頭をのせてぼんやりテレビを眺めている。たまに幸次の足が痺れないように頭を移動するところが元女性の気遣いと言ったところか。
美衣などは、ソファに足を載せてごろりと仰向けに横たわり、スマートホンを操作している。神速のフリック入力は今どきの女子高生といったところか。恐らく、年越しまでこの態勢でだらだらするのであろう。
精霊憑きの家族と、自ら祝福を与えた子、それに聖騎士。あちらの世界に撒く種は充分揃っている。それを思うと……
「酒がうまい」
「いつも呑んでるじゃない。太るよそんな飲んだら」
愛娘に窘められ、それでも上機嫌に「ああ、そうだな」とグラスを置く。
「あ、お蕎麦食べる? 年越しちゃう」
すっかり声変わりしてしまった妻の声。
「おう、食う食う」
「だから太るって」
そんなやり取りが出来るこの家庭に目を細めながらも、今代の聖女は自身と半身の中に燻る思いを燃やす機会を窺い続ける。
もっとも、この瞬間の関心事は蕎麦に天ぷらをトッピングするかどうかを、自身の体脂肪と相談することであるのだが。
読みにくいかも……
7/27 やっぱり読みにくいというか、文脈が把握しにくいところがあったので、少し修正しました。




