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おとうさんの、はじめて


 何が辛いって、女性物の衣料品、特に下着類を買いに行くことほど辛いものはないだろう。男性にとっては。

 ショッピングモール内の専門店入口に佇む少女も、そのような心情を盛大に全身から噴き出していた。


「なんというオーラ……」


 幸次は頬を伝う汗をぬぐい、ゴクリとつばを飲み込む。




 これまでは、美穂が買ってきてくれたものを何も言わずに着用していたのであるが、この半年ほどの間に何やらサイズが合わなくなってきていたのだ。一時期太ってしまったこともあったのだが、体重を元に戻してもいまいちおさまりの悪い物件を押し込めていたところ、美穂がボソリと呟いた。


「あ、大きくなった? 胸」


 ふよふよと自身の胸をつついてみるが、実のところあまり実感がないような。ここだけ痩せなかったのだろうか。


「ううん、体型が変わったかな……? トレーニング内容変えなきゃいかんか」

「いや、最近肌もさらに綺麗になったし……女の子らしくなったんじゃない? 色々と」

「色々」

「うん、色々」


 ここ最近、結婚相手がTSしたとか。夜もちゃんとアレだとか。


「これはアレか。揉まれれば大きくなるとかそういうあれか」


「俗説だけど。むしろ揉むだけなら小さくなるかもね。燃えるし。あぁ、でもホルモンとかでるのか」


 夫婦生活してると。今は正しく男女の関係でもあるし。美穂が女性だった時も攻められるだけであったと、幸次がこの世界に戻ってからの(夜の)生活に思いを馳せる。カップが大きくなるのだろうか。一時増加し始めた体重は元に戻りつつあるし。カロリー計算と適度(?)な運動は未だ肥満体系であった頃からのお馴染の苦行ではあったが、見目麗しいディアーナの体となってからは、年頃の女子中学生の如き雰囲気を撒き散らしていた。



「そうか、じゃあ、替わりのを買ってきてよ」




 ふむ? と顎に手を当て考え込む美穂であったが、不意にニヤリと悪い笑みを浮かべて言い放った。


「あー、男が下着買うのはちょっとなー。幸次が自分で買ったら?」


「え゛っ!?」


 幸次はギクリと固まり、信じられないことを聞いたとばかりに大きな目を見開いて美穂を見上げる。幸次はここ20年は自分で服を買ったことはないのだ。いつも美穂が選んでくれる洋服を特に何も考えず着ていたのである。このおかげで、日々成長する自分の腹部の成長ぶりに気が付くのも遅れてしまったのであるが。

 それがいきなりの自分で買いなさい令。ぬくぬくと何も考えずにいたところにこれだ。しかも、女性の下着である。


「上下セットのがかわいいからね。ちゃんと選んでくるんだよ。サイズは店員さんにお願いして測ってもらえばいいから」


 測ってもらう。


「ええっっ!?」


 他人にサイズを測ってもらうなど、メタボ検診で腹囲を測って以来だ。前回は美穂に測ってもらった上で、下着を買ってきてもらっていたのだが、今回もそうすればいいことに微妙にテンパった幸次は気が付いておらず、美穂は素知らぬふりをしている。


「い、一緒に来てくれないのか……?」


 下着を買うだけのことに、何故か目を潤ませる美少女の上目づかいに美穂のオトコノコ部分がむくむくと起き上がるのを感じたが、そこはグっと理性で押さえつけ、キリリとまじめな顔(しかし胡散臭さが滲み出ている)を作ると、「この試練、幸次なら乗り越えられる。帰ってきて(カップが)ひとまわり大きくなった幸次を楽しみにしているよ」とぎゅうっと抱きしめた。

 幸次は、頭上でフンフンと自分の匂いを嗅いでいるであろう鼻息を感じながら「……うん、いってくる」と返した。




 ……ここで冒頭の場面に戻るのである。

 暖色系、ピンクが主体の色遣いの店頭に仁王立ちの幸次。

 これは何の店なのか。自分の人生にこのような店と相対する機会など想像だにしなかった。店内にはちらほらと女子学生がみられる。意外と一人で買うものなのだな、と微妙な発見をしつつ入るのをためらっていると、背後から店員に声を掛けられた。


「いらっしゃいませぇ~」


「ギャッ!」


 反射的に出てしまった魔力で、30cmほど体が浮き上がったが、はた目にはジャンプしたようにしか見えないであろう。やたら女子女子した風体の店員は少し驚きを顔に浮かべたものの、すぐに接客スマイルに戻る。


「何かお探しですか?」


 にっこりと笑顔をうかべながら訪ねてくる店員を見て、幸次は一瞬だけ呆けたように、「ふぇ?」と間抜けな声を出してしまうが、ふるふると頭を振ると「ぶぶぶぶらじゃぁを、ひとつ見繕っていただけるでござろうか」と口に出してしまった。

 ふわっと広がる店員の鼻穴。それを見た幸次は激しく動揺する。こいつ、この俺を笑ってやがる……! な、なめられたままで、いられるかぁ!


「い、いや、ひとつとは言わずいくつかお願いしたいのだが。あ、そうだ。上下! 上下揃いのでたのむ! 上下……下はパンツだぞ」


 色々駄目な感じの要求(?)を、表面上は柔らかな笑みを浮かべて、「はい、かしこまりました」と優しく幸次の手を取って店内を案内する様は、まるで聖女のようであった。そして、現役で聖女であるはずの幸次は、見た目の年相応以下のただの小娘であった。






「……というわけだ」


 ショッピングモール内のカフェで、パンケーキ(出てきたときに、幸次が「あのこのホットケーキ、頼んでないですけど」と言ってしまい、店員に苦笑された)をつつきながら一部始終を美穂に語って聞かせた。げらげら笑う美穂をじっとりと睨らむ。

「でもあれだ。一番きついのは、自分が可愛いと思うものを選ぶ瞬間だな。自分の半分も生きて無さそうなお嬢ちゃんにあら可愛い選ぶのねー、と言われるのだ」

「え、それくらいいいじゃないの」

「だってあれだぞ、お嬢ちゃん、おじさんがお菓子あげるから遊びに行こうか、というと、ふえ? と舌足らずな感じで返事しそうな店員なのだぞ」

「ひどい言い方だなぁ、あ、そのアイスとけたところちょうだい」


 はいよ。と、ひと口大に切ったパンケーキを美穂の口に運んでやる。あーん、というやつだ。


 Dカップ。この度、ランクアップ(?)した幸次の胸部である。


 パンケーキを咀嚼しながら、美穂が呟く。

「ロリ巨乳……か」


「知らねぇよ……」


 買い物の疲労に追い打ちをかけられた幸次は、ぐったりと背もたれによりかかった。


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