召喚
幸次は、書斎の床に胡坐をかいて目の前に転がるガラス玉……のように見える宝珠を睨んでいる。3つの玉は全て透明で、少し大きなビー玉のようにも見える。
この宝珠は、そのままでは本当にただのビー玉と同じようなものだ。この宝珠の宝珠たる所以は、幸次の魔術により様々な現象を引き起こすことができるところにある。この度はその秘儀の1つ、「精霊召喚」を行うつもりなのだ。
向こうの世界に行くに当たり、美穂、幸太、美衣にそれぞれ生きていくのに必要な力を与えようというわけである。もちろん、幸次が家族を守ることが前提となるのであるが、幸次の手と目を潜り抜けるような害意はあるだろうし、フィアーセの組織にもよからぬことを企む者はいるのだ。
「む、むう……」
幸次が何を唸っているかというと、それは召喚される精霊が何かはやってみないと判らない。というところに唸っているのである。基本的に精霊は何が召喚されても、人間の力とは一線を画す強大なものだ。だから、どのような精霊が召喚されても、ハズレということはないのであるが……
トイレの精霊というオチもありうるのだ。できれば、もっとこう、使用者が傷つかない精霊であってほしいものだ。
『今代の聖女が命、召喚、精霊、起動、封、玉、起動……』とフィアーセの古代語を呟きながら、魔法陣を構築していく。
「き、緊張してきた……」
歴代聖人が研鑽を積み重ねてきた術。その使用には、多大な負荷がかかるのであるが、今の幸次はそれ以上にどの精霊が呼び出されるか、全くわからないことへの不安からの疲労がが大きかった。
魔法陣に大量の魔力を注ぐと、3つの玉が輝きだす。
1つ目の玉は赤く染まる。それでもなお透明感のある赤は、ちろちろと中心が揺れ動く。
「……火、炎か!」
その幸次の声にこたえるように、ぶるぶると震える。そして……
「如何にも。我は炎を総べる精霊。今代の聖人は子供なのだな……」
子供、と呼ばれた幸次は顔を顰める。まあ、外見への自覚はあるのでむっつりと黙る。その様子に炎の精霊はくつくつと哂う。
「愛らしいことだ。ぜひとも我が妻としたいものだ……さあ、魔力を流せ。我を青く輝かせろ」
いっぱいいっぱいなのだが……と、更に顔を顰めつつも魔力を流し込む。というか、ロリコンか何かか!
「ああ、これぞ青炎。あぁ、胸も膨らみきっておらぬ美しい少女の魔力は格別に甘美であるな……」
青く輝きだした炎。ぴきり、と幸次のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……割るか」
ぴたりと止まった魔力と、幸次の物騒な物言いに炎の精霊は慌てる。
「ま、まて! ちょっ! ちょっと! おい! み、水は! 水は勘弁してくれ!」
目が座った幸次の指先からぴゅっぴゅっ、と水鉄砲のように出た水が炎の精霊に降り注ぐ。
「わ、うわっ! そういうの地味に痛いから! なんて陰険な嫌がらせするんだ! お前、本当に聖人なのか!?」
ようやく止まった水攻撃が終わったころには、炎の精霊はすっかり弱火でしょんぼりしていた。
「さて、いっこ目はハズレだった……」「ひどいな!」「わけだが」
幸次がじろりと一瞥すると、炎の精霊は黙り込む。
「2個目はどうかな?」
魔法陣に魔力を注ぎ続ける。それに応えるように宝玉が淡く光りだす。その色は……透明。つまり何も変化が無いように見える。
「……ん、ボクを呼び出したのは……お嬢さん?」
「ああ、お前は……? 空?」
「うん、ボクは空。どこにもない存在、どこにでもある存在」
うん、よくわからん。空気みたいなもんか。と、幸次は首を傾げる。
「……違うけど」
「えっ!?」
何空気読んでるの!? あ、いや、読んだのは俺の心か。いやいや、どっちにしてもえらいことだな。と幸次は驚くが……
「ふふ、もっとお嬢さんの魔力を食べさせて? そうしたらわかるよ」
む、と唸った幸次は、なんでこいつらこんなに魔力を馬鹿食いするんだ。と思いながらも、律儀に魔力を注いでやる。
「んーー! 美味しい魔力。甘露と言っていいね。これがお嬢さんの味なんだね」
「なんでさっきのといい、こいつといい、微妙に変態的なんだ。それでどうなんだ、これでいいのか?」
「うん、なんか口が悪いね。今代の聖女は……ボクは魔力の精霊。押せば魔力の泉が湧くよ!」
何をだ。と心の中で突っ込むにとどめる。どうも、そこはかとなく大物が続いているような気がしてならない。
「……次くらいは普通の、変態的な精霊じゃありませんように」
パンパンっ、と柏手を打つように手を合わせた幸次に抗議の声がかかる。が、それら全てをスルーする。
「……緑色……」
淡い緑に輝く宝玉。緑の宝玉から女性の声が響く。
「初めまして。じゃの。今代の聖女よ。妾は根を張る者を司る精霊じゃ。そこな変態精霊同様、妾にもおぬしの魔力を注ぐのじゃー」
ええー……、と不平を漏らす幸次と、「我は正常な性癖ぞ!」「ボ、ボクだって!」と抗議を上げる精霊たちをツーンと無視する根を張る者の精霊。
はー、と気の抜けたため息とともに再度魔力を注ぐ幸次に、炎の精霊が驚愕する。歴代の聖人は下位精霊を呼び出すのが精いっぱいだったはず。上位精霊を2体も呼び出したところで既に規格外なのだ。
ぎぃん、と光る宝玉。しばらくして光が鎮まると、そこには深緑の輝きを持つ宝玉が現れた。
「ふふ、なるほど、そこな変態共が興奮するわけじゃ。改めて名乗ろう。妾は豊穣の精霊。生み、癒すもの。よろしくのぅ、今代の聖女よ……して、ここはどこじゃ?」
しかし、その問いかけには、すやぁ。と聞こえてくる寝息が返るのみだ。
大物精霊を3体も呼び出して、疲労困憊の幸次からの返答はなかった。




