農作業とデート(?)と
雄介3部作完結!
秋。実りの秋。東北で農業を営んでいる幸次の実家も、稲刈りの時期である。一年でも忙しいこの時期は、親戚が有給休暇を使って集まるほどの大イベントだ。兄弟も揃い、幸次もマイモンペを履き、美穂お手製花柄の腕カバーを装着して手伝っている。
この稲刈り作業を一通り手伝うと、一家に一俵米がもらえる手筈だ。
秋空と一面に広がる黄金色の穂は、向こうの世界では見ることができない風景だ。向こう一週間は晴れ予報。自分の分は天日干しで乾燥させよう。と心に決めつつ、コンバインを動かす。
「幸次~!」
田んぼの畔から、自分を呼ぶ声。母親だ。コンバインを停止し、手を振る母に駆け寄る。
「ん、どうした?」
「雄介ちゃんの面倒見てほしいんだぁ。幸次がいいって泣いてるからな~」
「ええー……」
甥である雄介は、夏の一件からなつき度がMAXに張り付いていることと、泣き虫では定評がある小学5年生の男の子だ。
「おじさんっ!」
「うぐっ」
母の後ろからひょっこり顔を出した雄介は、幸次の胸にばふっと飛びついた。そのままぐりぐりと顔を胸に押し付ける。将来が不安になる行為だが、まあ、どうせ俺だし。と、されるにまかせる。
「えへへ」
まあ、邪気のない顔だしな……と、頭を撫でてやる。
「こらっ! 雄介っ!」
この後に開催される宴会の準備をしていたのであろう、雄介の母がエプロンにサンダル履きで走ってきた。結構距離があるのだが。
「もうっ! 伯父さんに迷惑かけちゃ駄目って言ってるでしょうっ!」
「わ、わわっ」
と、雄介は幸次の後ろに隠れる。
「はあ、はあ、お義兄さんもあんまり甘やかさないでくださいよ……」
雄介の母、由美は甥に甘い幸次を半ばあきれたような目を向ける。ウチにはウチの方針があるんですからねっ、と言いたそうな顔だ。
「あ、ああ、まあいいんじゃないか? たまには、な」
後ろからお腹に手を回してぎゅっと抱き付く様を見て、由美はため息をつく。義兄さんはほんと鈍いのね。雄介による幸次への過剰なスキンシップは由美から見ると若干ハラハラする光景だ。帰ってきたら雄介はちょっとお説教かなぁ、と思いながら、「すみませんお義兄さん、よろしくお願いしますね」と頭を下げた。
「んじゃ、ちょっと出かけるか」
と、市街地へ向かう道路を歩き出す幸次。それを見た雄介は慌てる。
「ちょっ、伯父さんそのまま行くの?」
うん? と振り返った幸次の格好は、農作業の時のままだ。自分の着ているものを見回して、それがどうしたの? きょとんと首を傾げる。
「え、ええぇ……」
雄介が求めているのは、いつもの「きれいなおねぇちゃん」なのだ。雄介の反応を見た幸次は、(ああ、野良仕事してますって格好が恥ずかしいのか)と思いなおす。この後も農作業が残っているが、野良着はこれだけでもないのだ。
「よし、では着替えてくる」
ぱぁぁぁ! と笑顔を咲かせる雄介は幸次にもわかる(ような気がする)程度には判りやすい。
割り当てられた部屋のフスマをぴしゃりと閉じる。12畳ほどの客間は、しんと静まり返っている。
もぞもぞと上着を脱ぐ。ぷはぁっと息を吐ぎだすと同時に、真っ白な肌、丸くなだらかな肩、すっと伸ばされた背中。ふわりと広がった薄い金色の髪がそれらを彩る。
下も脱ぐと薄いピングの水玉模様のセットの下着だけになる。
瑞々しく張りと艶のある脚も、思春期の男子が見れば赤面して前かがみになるであろう。
「……まったく」
ほんのわずかに開いたフスマの隙間から感じる視線に、思わず出た呟きと共にため息が出た。ここは知らないふりをしておくか……今叱ってしまうと死にたくなるほど恥ずかしいだろうし、親にも知られてしまうと泣きたくなるだろうし、10年後に思い出してしまうと雄叫びをあげてベッドでゴロゴロしちゃうのだ。それはそれで面白いだろうが、雄介の人格形成に大きな影響も出てしまうだろう。今でも影響しているような気もするが、それはそれ。
(小5でそれはまだ早くねぇかなぁ)
もぞもぞと、デニムのオーバーオールを着こんで姿見で髪を直す。「よし」と頷くと同時に、フスマの向こうから「ええぇ……」と小さな落胆の声が聞こえてきたのを、幸次は苦笑と共に聞こえないふりをした。
地方の寂れた町である。このあたり50Km圏内では一番大きな町ではあるが、シャッターが降りた街並みはいささか寂しい風景である。その街並みを抜け、更に数分歩くとこの町唯一のショッピングセンターがある。この町の数少ない若者たちは、皆このショッピングセンターに遊びに来るのだ。
おもちゃ売り場でトレカを買って、何やら興奮している雄介を見て(何に興奮しているのかさっぱり判らぬ)笑ったり、ゲームセンターで太鼓を叩いて意外と知ってる曲があってノリノリだったり。難しい曲をクリアして、2人で手を取り合って喜んだり。それを見ていた周囲の男子たちが雄介に羨望の視線を向けてきたり。
ハンバーガーの昼食は、幸次が雄介の口をかいがいしく拭いたりして、周囲の微笑ましい視線、羨望の視線、嫉妬の視線を受けて雄介はご満悦だ。
(やっぱり雄介も男の子だなぁ)と、コーラを飲みながら微笑んだ。
楽しいこともあれば、ちょっと嫌なこともあるのだ。それは、帰り道、幸次がお茶やコーラを飲んで近くなったトイレに駆け込んだ時に起こった。
町中に設置してある小さな休憩スペース。このスペースに併設されている公衆トイレに幸次が駆け込んだ時、ソフトクリームを頬張っていた雄介がそろりとベンチに座る。その際、バランスを崩して倒れかかるソフトクリーム。間の悪いことに、スーツを着込んだ数人のチンピラ風の男達が通りかかってしまった。
べしゃり。
男たちの足が止まった。
幸次が心底すっきりして出たとき、付近のベンチ辺りから大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
ぐずぐず泣く声は雄介だ。何度も聞いているので聞き間違えようがない。対する「親の場所教えろ」という怒鳴り声が不穏だ。
「ん、どうかした? 雄介」
あっ! と声をあげた雄介が幸次を見る。なんでこっちきちゃったの。と。
「……男の子め」
一応見た目は女の子の幸次をかばおうというわけだ。ニヤリと笑いかけた幸次の笑顔が凍り付く。雄介の左頬が真っ赤になっている。
「お、お前のねぇちゃんか? 彼女か? まあ、どっちでもいいや。2,3時間化してくれればそれでチャラにしてやるよ」と言いながら無遠慮に幸次の細い腰を抱き寄せる。
「おお、やわらけぇ! 車連れてこうぜ!」
雄介の頬を凝視する幸次。
ぐい。と力がかかる幸次の腰。その手に幸次の手をそっと重ねる。勘違いしたチンピラが顔をニヤつかせて幸次の顔を覗き込む。
ぱきん。
乾いた小さな音ともに、ニヤついたチンピラの顔が苦痛で歪む。
「ああああ! 指ぃぃぃ!!」
回していた左手の指は、そのすべてが明後日の方向に向いている。
「なっ!?」
驚きに固まっている男たちの膝を強化した蹴りで砕いていく。淡々と。
男たちの醜い絶叫。
倒れ伏した男たちの傍らにゆらりと立つ幸次。
「2度と……」
それなりに頭に来ている幸次は次の言葉が出てこない。ええと。
「子供に手を出せないようにしてやる」
流石に強化はしていないが、幸次のかかとを顔面に蹴り込んでいく。
「わかったか!? わかったか!?」
がんがん。と顔面を蹴り込んでいく。ごめんなさい。の声を無視して。どうせ雄介の謝罪も無視されたのだ。多分。
「おらぁ!」
どちらが悪人かよくわからなくなる声と共に最後の一撃を入れる。
向こうの世界の人間が見れば、やはり。と納得するであろう光景だ。
今代の聖女様は非常に短気であらせられる。と。
「雄介、きなさい」
う、うん。と、すっかり幸次にびびってしまった雄介がおずおずと近づく。
「いっ!」
傷んだ左頬に幸次の手が触れたとき、感じるはずの痛みは暖かい感触であったことに目を瞬かせる。
「よし」
と微笑み、「庇ってくれてありがとうな。雄介」と抱き寄せたその姿は。
自分に近しい人に対する害意への沸点が異様に低いが、その姿は確かに「聖女」と呼ばれた存在であったことを窺わせた。
つんつん。ボロボロになっているチンピラの顔をつつく幸次。さすがに、治療もしないで放置するのもなんだし。と、おざなりな治癒術をかけつつ首を傾げる。
「ねちゃった?」
寝てないよ。気絶してるんだよ。と、雄介は幸次に突っ込んだ。




