祭りの夜に
「ん、む、難しい、ね」
ディアーナは盆踊りの輪の中で、盆踊りに見えるかどうかギリギリの線で妙な手足の運びを披露している。
「こうするんだよ」
と、雄介は自分が知っている限りのお手本を見せる。
ディアーナは踊るのは苦手だ。一応、ダンスを楽しむためのパーティがあるため、最低限のレッスンは受けているが、それが生かされたことはほとんど無い。元々、一国の支配層やそれに準ずる人々とは違う存在でもある。主人格である幸次も、踊る相手が男ともなるとそのような場に出ても、眺めて酒を飲んでるだけだ。もっとも、大陸東部で神か何かに準じている聖女とダンスをしようという人間は殆どいない。
そんな聖女と盆踊りとはいえ、一緒に踊るところを向こうの世界で見られたら、雄介はただでは済まないだろう。
得意げにディアーナに踊りの指南をしているその姿は、微笑ましいものであったが。一方のディアーナも、(ディアーナから見れば)異国の衣装をまとって、篝火で照らされた会場を踊るのは気分の良いものであった。踊りは珍妙一歩手前ではあったが。
全体的に照度が低い会場であるとはいえ、ディアーナの姿はよく目立つ。真っ白い肌と、明るい色の髪をまとめた姿。
そして、あまり素行の良くない人間もこういう場にはよく現れるのだ。
いつしか、踊りの輪の内側で踊っていたディアーナと、外側を踊るようになっていた雄介は、少しだけ離れ離れになっていた。
雄介の肩が掴まれたのはそんな時だ。
「おい、ちょっとこっちこいや」
「え? え、あの……ぼく……」
中学生くらいだろう男子に、引きずられるように会場である校庭の裏……校舎裏に連れ込まれてしまった。そこには、4人ほどの同学年らしい男子。よく見ると、ひとりは高校生のようだ。
「タカシさん、連れてきました!」
タカシ、と呼ばれた大柄な男子が「おう」と声をかけてじろりと雄介を睨む。
「あ、う……」
小学生で年の割に小柄な雄介とは、体格はここにいる中高生とは比べ物にならない。たまらず、恐怖に涙が滲む目を地面に落とす。
それを見て満足したであろう、タカシは笑いながら低い声で「坊主、いい娘と遊んでるじゃねぇか。ちょっと俺らとも遊んでくれねぇかなぁ? なに、ちょっと声掛けてここに連れてきたらいいからよ」と言いながらギラついた目で雄介を脅す。
(どうしよう……これって、ディアさんにひどいことするんだよね。でも断ったら怖いし……でも……そんな言うことなんて聞けないよ……)
「そ、そんなの、ぼく……出来ない……いたっ!」
「黙って連れて来いって言ってんだよ!」
脛を蹴られてその痛みに身をすくめたその瞬間。
「……雄介、いた」
今まで誰も居なかった雄介の真後ろに、ディアーナが立っていた。青い花柄の浴衣を着た美しい少女は、この空気には場違いだ。
「あ……」
振り向いた雄介の目に浮かぶ涙にディアーナは、ぴくりと眉を動かしたが、それは一瞬だけですぐに微笑み、「ん、頑張ったね」と雄介の頭を自身の胸に抱いた。ふわりと香る甘い女の子の匂いだが、雄介は不思議とどきどきするよりも落ち着いた穏やかな気持ちになっていく。
「お、近くで見たら可愛いじゃねぇか。俺らにも」
大柄の男がディアーナの肩に手を伸ばしたのを、微笑みから一転、冷めた目で見みやったディアーナが雄介を抱いた両手のうち、少し離した左手の指をパチンと鳴らすと、2人を取り囲んでいた男達がその場に崩れ落ちた。
崩れ落ちた男たちを冷たい目で見やったディアーナは、雄介の頭をひと撫でして体を離す。
温もりと良い香りが唐突に遠のいたことに寂しさを感じた雄介であったが、周りの様子を見て目を見開く。
ディアーナはしゃがんで男たちの様子を見ているようだ。
(これが……伯父さんの魔法……)
幸次と同じ、ディアーナも確かに「聖女」で「東方の魔女」なのだ。
「……ねちゃった?」
つんつんと倒れた男の頬をつつくディアーナ。その様子を見て少しだけ、緊張と恐怖の残滓が遠のいた雄介の頬が僅かに緩む。
「お腹、空いたね」
ディアーナは立ち上がると、お腹をさすってふわりと笑った。
「う、うん」
「あっちに食べ物、売ってた。いこ?」
ディアーナは、雄介の手を取って歩き出す。相変わらず、この女の子の手は小さくて少しだけ冷たくて、心地よい。
夜も更けてきた。見上げると向こうの世界とは違う星空。天の川。昼のむっとする熱気はいつしか涼風に変わっていた。来たときとは違う、少しだけ哀調を帯びたお囃子と、遠くから虫の鳴き声。
篝火と屋台の明かりだけの会場は少し薄暗いけど、会場にいる人たちはみな楽しそうで明るい。
広い校庭の周囲は、いつしかレジャーシートを広げて宴会を始めている人たちもいる。
「みんな、来てるかな?」
「う、うん。そろそろみんな来ると思うけど」
「そっか。でも、一緒に何か食べたいね」
一緒に。その言葉にどきりとしてしまう雄介。ううう。伯父さんなのに。
「たっ、たこやきとかいいんじゃないかなっ。食べやすいし」
「うん。じゃあ、たこやきにしよう……たこやきって、どれ?」
しょうがないなぁ、と手を取って引く雄介の顔は、ほんの少しだけ男の子の顔だった。
余談。明け方、校舎裏で目が覚めた男たちは、蚊に刺された酷い顔だったそうだ。そして、何故こんなところで寝ていたのが、前後の記憶がまるで思い出せなかったという。
※ 2014.12.10 誤字修正と若干加筆しました。




