夏の日の……
季節がちょっと戻ります。夏のお話をあまり書いてなかったので。
「むぎゅ。きつい、です」
東北にある幸次の実家は、夏の終わりにもかかわらず残暑が厳しい熱気の中、幸次の兄弟たちが集まってずいぶんと賑やかである。
「ちょ~っとだけ我慢してね。ディアちゃん」
お盆後半になったところで封術が発動し、ディアーナが表に出てきたところで美衣の「浴衣を着せてみよう!」の一声で今の光景があるのである。今日は盆踊りだ。農家が多い地域である。家々の結びつきが強い地域では、このような催しには欠席する家の方が少ないのだ。
無論、狭い地域のコミュニティである。幸次の変容を知られるわけにはいかなかった。ディアーナの人格は好都合だ。
縹色の花が染められた可愛らしいデザインに、ディアーナの満面の笑みを浮かべる。
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コージが生まれた家。コージが育った空気。コージが育んだ家族たち。
わたしは、家族は知らない。父様は知っているけれど。
わたしは、こんな笑顔を零す家族を知らない。父様もみんなも怖い顔か作った笑か、どちらかだったもの。
わたしは、こんなに泣きたくなるほど心が温かくなったことはなかった。こんな心は不要だといつも言われてたから。
「はい、できたわよ! はぁ……可愛いわー、ディアちゃんは」
美衣姉さまはいつもわたしを見てくれる。たまに、私の服を選んだり着せてる時はちょっと怖いときもあるけれど。
「ディアねーちゃ……あ、はえ……」
なんか顔が真っ赤な雄介君は、わたしが初めて「おねぇちゃん」と呼んでくれた子だ。かわいい、な。わたしが微笑むともっと赤くなるの。変なの。
「ほれディアちゃん、お小遣いいれたから、落とさないで持つだよ~」
おばあちゃん……コージのお母さんがとっても綺麗な巾着袋をくれた。盆踊り大会は露天が立ち並び、串焼きや甘いお菓子を売るのだそうだ。他にもいろんな遊びがあるってコージから聞いてたので楽しみだ。
「あ、あり、がと」
嬉しくて口が勝手に笑うのを我慢しながらお礼言うのって難しいな。
コージが夢見る空気。ここは魔獣も理不尽に奪う者もいない。
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ディアーナが、淡い青の花柄の浴衣を纏う姿を見て、雄介は真っ赤になった。
まとめ上げた淡い金髪。
ちらりと見える真っ白な細いうなじ。
(……ううう……これは伯父さん、これは伯父さん……)
小学5年生の雄介は、ちょっと早熟だ。
(……こないだ見たときは伯父さんだったのにな。)
「……」
ディアーナは呆けている雄介の様子を首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、え、そ」
抜けるような白い肌。白い肌にひらりと載った桃色の唇。伯父さんの雰囲気が無くなっただけで、レバ刺しとホッピーが良く似合うその口は、甘くて柔らかい別の何かに変質しているかのようだ。
「ん、いこ。雄介君」
そっと雄介の手を掴んで客間を通って玄関へ向かう。途中、親戚連中の冷やかす声が聞こえたが、雄介はそれどころではない。少し体温が低い、少し湿っていて柔らかい手。
「おーい、雄介くーん。それ、家のお父さんだからねー」
どっと笑い声が上がる室内。多くの大人たちは出来上がっているようだ。
日が暮れ始め、薄い紫色の空。田んぼから湿った風が心地よい。会場である近所の小学校への道程。幸次が通ったその道をディアーナは嬉しそうに噛み締めるように歩いていく。
手を引くディアーナの背は雄介より頭一つ分は高い。カラコロと下駄を鳴らして歩くその顔をちらりと見る。漂う柔らかいいい香り。繋いだ手の温もり。周囲の視線を集める容姿は、雄介でなくとも惹かれるのだ。
(な、なんか、もやもやしてきちゃう……ぼく、どうしちゃったんだろう……?)
自分の思いに混乱する雄介だ。
佐藤雄介、思春期手前の夏の思い出である。
後日、元に戻ってビールと枝豆の黄金コンビに嬉しそうにしている幸次を見て、「やっぱり気のせいかぁ……」とがっかりしたした雄介に親戚一同は大笑いし、幸次は謂れのない罪悪感を感じたのであった。
何が言いたいかというとディアーナさん可愛いですね。




