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ダイエッター聖女

 幸次は5年前に向こうの世界へと失踪した。そして、怪しげな術により可憐が少女となって戻ってくるまでの5年を過ごした。12、3歳ほどの体は、普通に考えると成長していくと思われた。12,3なら18歳ほどの体に。(特に本人は望んでいないが)もっとこうメリハリがついた感じになるのかと、そう思っていた。


 現実は、5年以上経た今日も基本的には変化はない。基本的には。


 一方、幸次はこの体になっても一般的な人間と同様の行為、汗をかいたり排泄したり、食事を摂取などを普通に行う。食べれば出る。動いても汗となって蓄積したものが流れ出るし、髪を洗ったり体を洗ったりするのは自身の体から出た老廃物を流すためだ。


 つまり、成長しないこの体も代謝する。蓄積もする。


 つまり……


「……太った……」




 思えば、この世界に帰ってからは、いくつかの例外を除き美味い物を食べてゴロゴロする毎日であった。「太らない体質だから~」などと美衣に(うそぶ)いていた数か月前の自分を諭したい。いや、数か月前の愚かな自分だ。きっちり殴り倒さなくてはならなかっただろう。それくらい自分の体に根拠が薄い自信があったのだ。


 700g。


 このたび、幸次及びディアーナに追加された贅肉の増加分である。

 見える化などと、5年前の幸次のようなオヤジ達が好きそうな用語が浮かぶ。


 先日までの行動を振り返る。


 7:30 起床

 8:00 朝食

 9:00 書斎でネットゲーム

 12:00 昼食カツカレー

 13:00~13:30 近所の散歩(内15分は近所のおばさんと世間話)

 14:00~16:00 昼寝

 16:00~18:00 ネットゲーム

 18:00 夕食

 21:00 テレビ見ながら飲酒

 23:00 就寝


 ……思ったよりも駄目だ。駄目な人間の典型的な一日なのではないか。


 トマト鍋、しみじみ美味しかった。心まで温かくなった。

 納豆を甘くするのはどうか見逃してほしい。

 サンドイッチ、今度は他の具材も試してみたい。

 レバーペスト、なんであんなにおいしいんだろう。

 山菜とか、冒険者ギルドに依頼したいくらい大好物であることを再確認。

 居酒屋メニュー、酒飲みなら食べちゃうよな。

 


 佐藤幸次54歳。生まれて初めてのダイエットを敢行することを決意した。




 はっはっはっはっ……


 夕刻、道路をジョギングする少女の息遣いは二人分。1人はダイエッター幸次と……


「けっ、こうっ、はしっ、るのっ、ねっ!」


 何を思ったか、幸次に付いて走る美衣だ。


 幸次がジョギングと、格闘術の練習を再開すると聞いてそれに付き合うことにしたのだ。あの夜の出来事から、自身の身を守れるくらいにならないと、せめて自分が重荷にならないようにしないと……

 ――とても異世界についていくなど出来ない。


 ところで、幸次は何故自分が急にトレーニングを再開させたのかは、誰にも言っていない。故に、2人の子供は幸次が純粋に格闘術のトレーニングをしているだけだと思っている。

 が、夕食のご飯の盛り加減が若干少なめになっているところを見ると、恐らく美穂は気が付いているのだろう。就寝前のスキンシップ時にでも気が付いたのだろうか。





 はっはっはっはっ……


 「ふう……」


 後ろでまとめた美しい髪。夕日は色素の薄い髪を赤く染め上げて、上気した頬も相まってどこか現実離れした姿を美衣に見せる。


 2人並んで、呼吸を整えながらゆっくりと歩く。



 ……奇麗だな。


 ちらりと横目で隣を歩く少女(父)を見ながら、ほう、とため息を漏らす。


「ん?」


 僅かに高い身長の美衣を上目づかいでほわりと笑む父の姿に、美衣は「ん、なんでもないよ」と笑って目を逸らす。


 この穏やかな時間が本当は宝物だったことに、5年前に気が付かされた。そして、あの夜の出来事からこの時間も有限だということにも気が付いたのだ。……何もしなければ。

 そう、何もしなければ。だ。父の目的を果たし、その先を。その先の宝物を掴むために。


「……がんばろう」


 小さく、誰にも聞こえないような呟きは、隣を歩く幸次にも聞こえなかった。


「お父さん、わたし、もう少し走ってくるね」

 言うが早いか駆け出す。

「暗くなる前に帰るんだぞー」


 幸次は、そのまま玄関のドアをくぐった。



「あら幸次。お帰り。美衣は?」


 幸次は冷蔵庫を漁りながら、おっ、あったあったと目的の物を取り出す。


「ああ、なんか気合入ってたな。もう一周してくるって」


 言いながら、プシッとプルタブを起こす。以前のように爪をたてられないのが辛いところだ。うぐうぐうぐうぐ、と缶ビールを飲む。


「ぷはぁっ! 運動後のビールは最高だな! あいた」


 コツン、と幸次の頭を叩く美穂。


「もう、ダイエットしてるんでしょ」


「う。いやぁ、はは」


 ぷう。と可愛らしく頬を膨らませる美穂に、バツのわるい笑顔で誤魔化す幸次。まあ、水の泡、なのであろう。ビールだけに。


 2人はしばらくそうやって見つめ合い、そして2人同時に声を立てて笑い合った。





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