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カレーのある生活

 もぐもぐもぐもぐ。


 昼。作ってもらったチーズをトッピングしたカレーを食べながら、幸次はこれからのことを考えていた。

 一家が向こうの世界に移った場合、聖女である幸次の傍にいれば安全に生活できるだろう。ただし、常に幸次の影響下にいなくてはならず、こちらの世界のように自由な生活を送ることは難しいと思われる。治安は日本のようにはいかないのが現状だ。である以上、向こうの世界の住人と同様の生活をしていれば、こちらで生活するよりも、より事故・事件に巻き込まれる可能性がある。加えて、政治体制も封建社会が根強く残る世界だ。立憲君主制国家もあることはあるのだが……


 もぐもぐもぐ。


 小さな口を忙しく動かしながら、カレーを食べる。トロリと溶けたチーズがうまい。


 やはり、自活できる力は必要だ。それなりの権力を持たせて身分を保護しつつ、物理的な脅威からもある程度対応できれば……(ドラゴンを捻るくらいは欲しいよなぁ)

 自分の家族を人外の強さにしようと考えている幸次の姿は、おいしそうにカレーを食べる美しい少女だ。


 もぐもぐもぐ。


 トッピングのレーズンの甘さと、カレーの辛味のハーモニーに目を細めながら、具体案を考えていく。といっても、自分のような方法(外法)は間違ってもとることはできない。

 ……ふむ。かねてより工作していた、例のデバイスを試してみるか。


 もぐもぐもぐ。



「ふぉうふぁひょ」

「何? 飲み込んでからしゃべってよ」


 幸太は既に食べ終わって、食後のコーヒーを楽しんでいる。


 もぐもぐ……ごくん。


「幸太よ」

「はいはい」

「スマホのアプリ、作れる?」

「あー、うん。最近はそういうの多いからなぁ。作れるよ。なんか作ってほしいの?」


 んー、と考え込む。デバイスは作ってあるが、工作しないといけないし、中に組み込むプログラムも作らないといけないし……

 と、肉だ。カレーの中の肉。カレーには肉は必要なのだろうか。

「あぐ」


 もぐもぐもぐ。


 カレーにソースをかけるのはどうなんだろうか。

 パスタに残り物のカレーをかけると、なぜあのように美味しくも侘しい味になるのか。

 カレーうどんは果たしてカレーなのか。

 カレーにトマトが入ると、それは最早ハヤシライスではないのか。

 ハンバーグカレーは流石に節操がないのではないか。

 カレーの辛さについて、そろそろ国は標準化に向けた動きを開始すべきではないのか。

 カレーのとろみは本当に必要なものなのか。

 かといって、スープカレーはカレーライスの仲間にしれてやってもいいのか。

 シーフードカレーに入っている海老のシッポに対して、我々はどう向き合っていけばいいのか。

 女子的にカレーを美味そうに食すのは、恥ずべきことなのか。今、自分の様はハズカシイ状態なのか。

 そもそも、我が家に福神漬けが無いのはどういうことなのか。

 何故、カレーを食す直前に母は生理中の刺激物摂取に関する注意喚起を自分に対して行うのか。電話で。

 カツカレーは、我々のカレーラ……カレー生活にどのような影響をもたらしたのであろうか。

 ライスではなくナンを食すべきか。どうナンだ。


 違う。デバイス。デバイス、だ。


 魔道デバイス。ちょっとした石ころに魔力を込めて、さらに様々な魔法陣を埋め込んだ代物だ。

 さらに、特定の電子機器へのインターフェースを用意してある。さらに、USBやら何やらに工作してあげれば、スマホから何かが出来るだろうという試みだ。




「というわけで、なにかうまい使い方あるかな?」


 うーん、と幸太。


「特定の魔力パターンを通さないとスマホが起動しない……とか?」


「……」

「……」


「……幸太も頭固くなったな」

「!!」


 がたっと椅子を鳴らして立ち上がる幸太。びくっと体を震わせる幸次。幸太よ、ちょっと遅めの反抗期か!


 幸太は、テーブル上の魔道デバイスをひったくると、ドスドスドスと足を鳴らして自室に引きこもった。


 ま、技術者のプライドというやつだろう。なにか面白いものが出来ればいいが。と、幸次はカレー皿に目を落とし、そのまま固まった。


「ルゥが無い……」


 幸次はご飯とカレーの消費ペースを誤ってしまったのだ。

 幸次は愕然とした。5年前まではちゃんと同時に食べ終わっていたのに。

 幸次は慄然とした。最早カレーとご飯の蜜月関係は終わったのではないかと。

 幸次は唖然とした。素の自分の無器用っぷりに。


「こんなところにも異世界ブランクが……」


 違うと思うよー。と、幸次の皿に追加のカレーをよそいながら、美衣は呟いた。


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