階段を降りる
話し込んで数十分。幸次とがいこつシャーマンと美衣は座り込んで、会話を楽しんでした。
がいこつシャーマンは、本名をクレアという女性であるらしい。凋落した小国の王家に生まれた彼女は、奴隷時代、孤児院暮らしを経て、ある高名なシャーマンに弟子入り。厳しい修行の末、一人前のシャーマンとして認められるようになったと。
途中の浮き沈みでハンカチとポケットティッシュを総動員させる程度には、聞き入っていた2人は、クレアのいた大陸中央の文化について興味深く聞いていた。
中でも興味をひかれたのは、砂漠の中に潜む「砂ダコ」という巨大軟体生物の話だ。
生態は不明。肉食で生き物を丸呑みにし、口の中で体液を搾り取り、カスを吐き出す。砂漠で干からびている生物(人を含む)は大体は砂ダコの仕業らしい。
この肉がうまいらしい。足を輪切りにしてステーキのように焼くと、プリプリとして旨みが染み出てくるのだそうだ。アオリイカくらいの固さだといいなぁ……とあふれ出る涎をゴクリと飲み込む幸次だ。
そして、大陸中央部にも米に当たる作物は無いとのこと。まさか、種籾持参で育てるのもなんだしな……とがっくりと肩を落とす。まあ、雑草のようなものなので、適当に撒けば育つことは育つのであるが。味に目を瞑れば。
どれくらい話したであろうか。いつの間にか相手がガイコツであることも忘れたかのように、話し込む幸次達にガイコツが笑いかけた。
『……ソロソロオワリダ』
ケタケタと嗤うクレア。
「何がだ……?」
いつの間に話し込んでいたのか。魅了でもされていたかのように、普通に話していたが相手は異教のシャーマンだ。幸次は我に返ったかのように、クレアに問いかける。
『ギシキ』
儀式、という言葉に、ぴくりと眉を跳ね上げる幸次。
「……一応聞くが、何の儀式で、どこで行われている」
トーンが下がった低い声、鋭い目でクレアを睨みつける。半ば浮かせた腰は、いつでも攻撃できるようにするためだ。
『フム。ドウセ、モウテオクレダ、カラ、オシエテヤロウ。コノチカシツデ、オコナワレテ、イルノハ、ショウカンジュツ、ダ。ニエ、ハ、アチラノセカイデチカラヲテニイレ、ワレワレノ、タメニ、』
「はぁぁぁぁ!!!!!」
言い終わる前に、幸次の手から真っ白な光がクレアに浴びせられる。
クレアは一度『ナンテ……タンキ……ガ……ァ』と呻くと、ザァッと体を粉々にして崩れ落ちた。
「……あの……儀式をか……相手はまだ子供だぞ……」
向こうに転移されられた後に味わうであろう苦痛を思い、思わず俯く幸次の僧服がくい、と引かれる。
「お父さん、行こう。まだ何かできるかもしれないよ?」
幸次は顔を上げ、美衣の目を見る。
「ああ、うん。そうだな。行こうか」
「うん!」
……誰も居なくなったように見える廊下。崩れ落ち、砂のように粉々に砕けたガイコツの名残があるだけである。既に何者も存在しないと見えたそこに、異変が起こる。
不意に暗闇を照らす明かりがガイコツだった名残の砂山から発せらる。薄緑に光るそれは、初めは弱々しいものであったが、点滅するように、心臓の鼓動を思わせるような明滅を繰り返しながら、徐々に息を吹き返すように力強さを増していく。
砂山からは、にょきにょきと各部の骨が浮かび上がり、人の形に組み立てられていく。傍らに落ちていたローブを纏うと、元のガイコツ――クレアの姿になる。が、変化はこれだけで終わらない。
関節から筋肉や血管が形作られていく。虚ろな穴であった目には、眼球が作られる。ローブに包まれた胴体では、恐らく――内臓が作られているのであろう。
更に体表を覆うように皮膚が再生され……濃い緑の髪を持つ褐色の、妖艶な雰囲気の美人が現れる。
女――クレアは、自分の体を確かめるようにペタペタと触り、満足げに微笑む。
『あ……あーーー、声も元通りね。まったく、喧嘩っ早いっての。あれで東方じゃ聖女とか呼ばれてるなんてね』
ブツブツ言いながら女は手で印を刻んでいく。女の周りに魔法陣が浮かぶ。幸次が会得している術とは別体系である魔術。
『こんな世界から人を浚うなんてね……嫌な国だわ。私もそんな国の一員なのだけれど。東方の魔女なら、彼を救ってくれるのかしら……』
今回の事件の首謀者の一人である女は、自身の目論見が成功しつつあるあるというのに、悲しみを湛えた目を幸次達が降りて行った階段を見つめる。
『また会いましょう? 向こうの世界で……貴方がいていい世界ではないのよ。ここは……』
女は、魔法陣に吸い込まれるようにこの世界から姿を消した。
「ハッハッハッハッ……」
幸次と美衣は階段を下りていく。
「ハァハァハァハァ……お父さん、まだつかない、のかなぁっ!?」
「ま、まだ先が見えないが……」
一度立ち止まって、今来た方向……上を見て、ぎょっと目を見開いた。
「お、おい。あれ、さっきのガイコツがいたところじゃないか?」
え、と声をあげて振り向いた美衣も驚きに目を剥く。
「うそ、あんなに降りたのに……」
回し車のハムスターの気分を味わった二人は、顔を見合わせ、大きなため息をついた。
幸次が恐らくクレアが設置した結界を、どうにか結界を突破して観音開きの大きな扉の前にたどり着いた時には、二人とも心身ともにほとほと疲れ果てていた。
2014.9.12 少しだけ加筆しました。向こうの世界のコメ事情。
2014.9.10 少しだけ加筆しました。




