いえ、飛行機とか慣れてますから
意図が感じられる座席であった。
吉村、美衣、通路を挟んで、幸次、橘。である。
橘との会話は楽しい。今も、梅安先生が食べた物の中で一番うまそうだった物。というお題で盛り上がっている。うっかり「おもん」とか口走りそうで怖い。
(橘君はほんとオッサンくさいなー……こりゃ、普通の女の子と付き合えるもんかねぇ)
向こうの席からは、美衣の楽しそうな声が聞こえてくる。
(ちくしょう。いっそのこと、おもいっきり席を離してほしいよ……)
小さめの機体。その後方部分をモデルチーム? のような集団が占め、ずいぶん華やかである。
ポーン。と、離陸を知らせる合図。
「当機は間もなく離陸いたします。シートベルトを……」
アナウンスが終わった辺りから急加速。ふわり。と幸次が苦手としている感覚に、まわりから「キャー」と声が上がり、皆を乗せた機体が浮き上がった。
「ひぐぅっ!」
幸次の声である。
ずずず……
「はぁ……やっとおちついた」
離陸時の感覚で微妙に調子を崩していた幸次は、コンソメスープを啜り、一息つく。無料ドリンクのコンソメスープは何故こんなにうまいのか。
「地上で食べると普通のコンソメスープなんだけどなぁ」
「ディアちゃんはよく飛行機乗るのかい?」
コンソメスープの感想を聞いた橘が反応する。
「ああ、うん。サンフランシスコと東京はよく往復……」
(してたのはサラリーマン時代だった)
「へぇぇ! ディアちゃんって、向こうに行ってたんだ。あれ? でもどうして?」
「うぇっ」
動揺しつつ、ちらりと美衣を見る。吉村と楽しそうにおしゃべり中。
(オノレ! 吉村ぁ!)
ギリっと歯を噛みつつ、設定を作り上げる。綿密に作っておけばよかった設定。怠け癖のせいで慌ててる今がある。全く成長していないのである。
(仕方がない。遺伝だし)
最近聞きかじった知識を盾に、自分の怠け癖を正当化する。
「むこうに伯母さんがいてね。短期留学とかしてたの」
実に雑な設定を適当に捏造し、この場をどうにか切り抜けると、今度は「池波の正ちゃんは如何にして痛風となっていったか」という、この体になる前は実に身につまされたであろう話題に移行していくのであった。
所変わって、佐藤家のお昼時。
ダイニングテーブルには、幸太が一人。美穂はキッチンでチャーハンを炒めている。
「いやー、母さんのチャーハンってえらい久しぶりだよなー」
いつからか、チャーハンは父の担当になってからは、母のそれを味わえなくなったことは、若干寂しいことであった。
「ふふーん。ちゃんとナルトも入れるわよー」
このナルトを入れるか入れないかが、佐藤家におけるチャーハンの味を決めるものであった。
「あ、そろそろ昼のニュースか」
テレビの方を向きながら、ダイニングのテーブルに置かれているリモコンを手探りした時、ひやりとした物がその手に重ねられた。
(ん?)
と何気なく、自分の手を見ると。
「!!!!?」
他人の手が重ねられていた。いや、(他人じゃない。父さんの手……)恐ろしくて、顔を上げられないが、それは確かに父の手。それも男性であった頃の手だ。
(なんでなんでなんでなんでなんで?? 父さん?)
思わず目を閉じ、ぐるぐると回る思考を落ち着かせる幸太。
「幸太?」
母の声を聞き、反射的に顔を上げる。
「あ……」
そこには幸太以外、誰の手も置かれてなかった。
「あれ……」
呆然と、リモコンと自分の手を眺める幸太。
「はい、チャーハン。食べましょ?」
ぴろりん。
メール着信を知らせるチャイム。
「あ、みんな無事に着いたみたいよ」
それを聞いても、幸太は険しい顔のまま、リモコンと自身の手を眺めていた。




