朝ごはん
シャワーを済ませてリビングに戻ると、朝ごはんのいい匂いがしてきた。
朝の陽射しが小さな庭に差し込み、今日もいい天気であることを窺わせる。今日は海水浴日和。
「あーはらへったー! お、フレンチトースト。そうきたか」
テーブルの上には、バターとミルクが香るフレンチトースト、ベーコン、マグカップに入ったカフェオレ。
「うん。フレンチトーストだしな。これはカフェオレと言うべきだろうな」
ごくごくと飲み干す。すぐさまおかわりを注ぐ。
「もう2枚ほど焼いてくれるか? 朝からえらい腹が減ってな。誰かさんのせいだが」と美穂をじっとりと睨む。美穂は聞かないふりをしているのか、鼻歌交じりでパンを焼いている。
黄金色のパンにナイフを入れる。噛み締めると、バターの風味とミルクの香り。卵が見え隠れしてくる中、どっしりとパンから漂う小麦の味と香りが受け止める。この甘いフレンチトーストに合うのが、ベーコンだ。ベーコンのコクと旨みはフレンチトーストに負けない、ともすれば甘さで怠くなりがちな口の中をその塩気で引き締めてくれる。
やや油が多いところに現れる助っ人が、キュウリとトマトのサラダだ。とがったイボが新鮮なキュウリとLEDで育てたトマト。この名脇役のおかげで、この食卓が成立していると言ってもいいのだ。幸次は、このサラダに胡椒のみをかけて食べる。口の中にピリリとした味わいと、キュウリの清浄さが流れていく。
ここで、カフェオレに戻るのである。
「完璧な四角食いだな」
ちらりと隣を見ると、美衣がフレンチトーストにベーコンを載せてガブリ。もきゅもきゅとうまそうに食べている。頬を膨らませつつ、美衣が幸次に親指を立てる。旨いらしい。
「むう。そういう食い方もアリだな」
勿論、幸次は真似をする。ガブリ。
甘いジューシーなフレンチトースト。トロトロのフレンチトーストの海の中を舌で探ると、宝物のようなベーコンの塩気。渾然一体となったそれは、甘味と塩味の絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
そうして幸次が陶然となっていると、リビングの扉が開く。幸太がシャワーを浴びてきたようだ。
「お、みんなもう食べてるの? 母さん、俺の甘さ抑えていいよ」
幸太はベーコンとサラダを同時に食べるスタイルだ。ベーコンが調味料となり、サラダを美味しく食べようというわけだ。
「はい、どうぞ。シロップはここに置くわよ」
美穂がフレンチトーストを載せた皿を置く。同時に琥珀色の液体が入った瓶を幸太の下に置く。
「ありがと。いただきまーす」
幸太はその液体をフレンチトーストにかける。
「! メープルシロップか!」
虚を突かれたといったところか。美衣も「その手があったか~」と以外な伏兵に驚きの声をあげる。
「美穂。俺にも頼む」
「あ、私も……」
「はいはい。そんなに食べていいの?」
いいに決まっているので、焼けるのを待つ。トマトの酸味が口の中をリセットしてくれる。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう。さてさて」
いそいそとシロップを多めにかける。
「あ、お父さん、私も」
「はいよ」
一口。メープルシロップの風味がガツンとくる。意外とこのシロップは強い風味なのだなぁ、と改めて思う。もちろん、高めのシロップになると色と香りが穏やかになってくるのだが、幸次はこれくらいの主張があったほうが嬉しいと思う。
「ん~~!」
美衣も実に旨そうに食べている。旨いよなぁ。
「……ごちそうさん……食いすぎたな……」
「うん。お腹いっぱいだよ……」
朝から腹を擦って、満足げな一家。
そろそろ空港へ向かわなければ。




