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旅行の準備

 すっかり日が長くなり、赤い夕日が差し込むリビング。開けた窓からは、レースのカーテンを揺らして心地よい風が入ってくる。佐藤家のリビングはすっかり夏模様だ。

「……白浜って、南紀のほうかい……」

 学校帰りに編集部へ寄り道してきた美衣が持ってきた航空券を見て、唖然とする幸次。なかなかにいい値段の南紀白浜への往復航空券。編集部持ちらしい。

 南紀。和歌山である。高校生のプチ旅行にはいささか遠すぎる距離である。

「うん。ホテルも決まってるんだよ。なんか早朝に撮影あるらしいけどね。あはは」

 幸次はケロリと笑いながら、自室に戻っていく美衣を呆然と見送る。

 幸次は「ま、俺は関係ないよな?」と座りなおすが、階段から聞こえる「お父さんもだよー!」の声に、べしゃりとソファにつぶれた。つぶれたまま考える。僅かに平穏を乱しそうな存在のことを。

(そういや一拍だよな……結界でも張っておくか……? 家を空けるのも多少は不安もあるしな。先日接触してきた変なのも僅かとはいえ魔力を持っていたしな。よし)

(ていうか、早朝だと……? こりゃあんまり呑めんなぁ)



翌日。

「お出かけですか~?」

 朝、通学しようと玄関を出た美衣の目に飛び込んできたのは、竹箒を持った幸次の姿であった。いまにもレレレとか言いそうな雰囲気だ。

「あ、うん? 行ってきます……お掃除お疲れ様……」

 美衣は、首をひねりながら学校へ歩いていった。

「あら、ディアちゃん偉いわね」

「あ、おば……山田さん、おはようございます。」

 うっかり口を滑らせそうになりながら、ご近所の会話をこなす一幕を織り交ぜつつ、家の周囲を掃き清めていく。

「こんなところかな?」

 庭に転がる石ころを洗い、軽くふいてタオルの上に並べる。少し離れたところで、美穂が興味津々の体で幸次の術式を覗いている。

「ん? 見るか? 美穂」

 苦笑しながら、美穂を手招きする。

「いいの? お邪魔じゃない?」

「ああ、いいよ。大声出さなければ」

 じゃあ……と、エプロンで手を拭きながら幸次の傍らに座って儀式を見つめる。


 石のひとつひとつを人差し指で触れていくと、赤緑黄薄桃色に光っていく。

『力を借りるよ……』

 幸次が聖句を唱えると光が収束し、石に魔法陣が刻み込まれる。

 この色は、今代の聖者を守護する者の色だ。その心強い光に幸次の顔も薄らとだが綻ぶ。同時にかざした手から、魔力が吸い取られていく。一転してだんだん顔を険しくしていく幸次の額に汗が滲む。

「ふう……」

 ひと段落したらしい幸次が一息つくと、美穂がタオルで汗を拭ってやる。

「ああ、ありがと」

 塀の内側に面する角に石を埋めていく。

「よし、あと一息」というと、リビングに戻り正座する。


「俺の周りなら、一秒もしないで終わるんだけどな。それなりの力を持った結界をここに固定させるとなると、結構かかるんだよ……ここからは声を出さないようにしてくれ」

と言いながら、全身に魔力を行き渡らせる。

 歌うように紡がれる聖句。

 通常の魔術師であれば、魔法陣を描いて魔力を通して起動するのだが、幸次のそれはさらに教会の力を上乗せするものだ。秘術であり、向こうの世界では使用することも資格と許可が必要であり、各国が大金を積んで待つ程の術だ。「聖女が」成した術は数えるほどしかないという。何故なら――


「幸次っ!」

 聖句を唱え終わった瞬間、前のめりに倒れ込んだ幸次に慌てて抱き留める美穂。

「ああ、魔力が急激に減ってしまった。少し休めば元に戻るから……」

 魔力減少が大きすぎて、倒れてしまうからである。普通は僧侶が数人がかりで行う術だ。聖女である幸次が、行うには魔力の差が大きく、1人で術を行使しなくてはならないが、一気に減ってしまう魔力に体が耐えられないのである。

 青ざめた顔で、「美穂が膝枕したら早く治るかも?」と甘える位には余裕があるのであったが。



 昼は美穂が作ったフルーツサンドを膝枕されながら食べる幸福を味わいながら、「やってよかった聖結界」とごろごろと猫のように甘える幸次だった。


※ 2014/6/26 描写が足りないと感じた辺りに若干追記しました。

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