いつもの夕食風景
「はい! かわいいよーー!」
ぱしゃ。
「むにゃむにゃ……」
平日。美衣の放課後。美衣が働いているモデルのバイトにノコノコとついてきた幸次は、ソファで居眠りを始めている。たまにビクリとして薄目を開けるが、すぐに睡眠を再開させる。
今日も膝上丈のフレアスカートなのだが、特に気にした様子もなくゴロリと横になって昼寝を満喫しているようだ。撮影スタジオで。
今日は、美穂が近所の友人と食事会、幸太は会社の歓迎会で遅くなる。残った2人は美味い物でも食べようかと、学校帰りに合流、バイト後にバイキングでバカ食いの予定である。
「ラスト! お疲れ様! 次の撮影準備よろしく」
はーい。と美衣が着替えのために更衣室へ行く途中、ぺち。と幸次の額を叩く。
「風邪ひくって。もうすぐ旅行なんだから、気を付けてよね」
「んむ……終わったのか?」
「まだよー。これから次の撮影」
そか……と呟いてごろん。と横になる幸次。美衣がもぉーと頬を膨らます。
「美衣ちゃん、これ使っていいよ」
「横山さん。あ、すみません」
美衣は一言謝って、横山と名乗ったスタイリストが差し出したバスタオルをかけてやる。
「ディアちゃん、今日は一段とやる気なさそうね~」
今日は撮影に誘うのは無理そうだと判断したようだ。ま、何も撮影しに来たわけではないのだが、それなりに人気も出てきたので、たまに無理を言って撮影に参加してもらっているのだ。一時期はこの態度に他のモデルに疎まれていたのだが、マイペースな性格と社会人経験のなせる業か、聖女の経験のなせる業なのか、今では美衣がいるときのこのソファは幸次の定位置となり、居眠りしているのもスタジオの風景の一部となっていた。
見ている他のモデルの女の子も、微笑ましく見ている。
スーツを着た担当の女性が、「なんとかディアちゃん撮影入れられないかな~」とため息をついた。
すりすり……触り心地がいいな。美穂の膝は……
「むにゃ……!?」
幸次が目覚めたとき、美衣がソファの前に立ってニヤニヤと見下ろしていた。
「んむ?」
幸次の頭はすべすべして柔らかい膝の上、だ。はて? 美衣は目の前にいるし? と滑らかな膝をなでなでとなでる。
「あはははっっ! ディアちゃん、くすぐったいよ」
頭の上から聞こえる若い声にギョッとして見上げる。
「げっ!? いやあの! なんだこれ!?」
美衣と同じモデルの少女が幸次に膝枕をしていたのだ。美衣はしゃがみ込み、依然として少女に膝枕されている幸次の耳元に口を寄せる。
「あらあら……あらららぁ? ディアちゃんたら、そんなに女の子の膝枕が気持ちいいのかな~?」
「!!!」
幸次は、なんか……やられた!? と伸びかけた鼻の下を戻し、顔を強張らせる。
「お母さんに言ってもいい?」
にこぉ。と笑みを浮かべて囁く美衣。
その言葉に幸次は、がばりと起き上がり首を横に振る。
ぽんぽんと、幸次の頭に手を置きながら美衣が声をあげる。
「ディアちゃん、撮影準備OKです~!」
「えっ!?」
ぶつぶつぶつぶつ……
「……ひどいじゃないか」
口を尖らせながら美衣の脇をつんつんする幸次。
「いや、だから悪かったって。いたた。そのつんつんするの地味に痛いからやめてよ」
今は順番待ちのベンチである。夕食時でもあり、空席待ちとなってしまったが、時間制でもあり案内予想時刻が判りやすいので、こうして待つことにしたのだ。
2人の美少女が並んで座る光景は、じろじろチラチラ見てくる男を嗜める彼女というカップルを量産しているのであるが、視線には慣れたが男女の機微に疎い2人にはカップルの軽い危機には気が付くことは無かった。
「佐藤さん、2名でお越しの佐藤さん~」
「あ、うちだな。行こうか」
と手を繋いで店内に入る。
「よし、ガッツリとってくるか!」
「はいはい。恥ずかしいからほどほどにね」
美衣は、ローストビーフ、パスタ料理3種、ピラフにグラタンと炭水化物多めの皿を持ってきた幸次に呆れた目を向ける。
「食べるの? それ、全部」
「ああ、これくらいはな。まだ唐揚げとかムースとか魚料理があるし、3回は取りにいかないとな」
「どれだけ食べるのよ……」
ふふん。と笑って幸次が答える。
「マシマシ聖女だしな」
「もぐもぐ……ん、明太スパうまいな。めったに食べないんだが。というか、5年前は尿酸値がやばかったから、魚卵が駄目だったんだよなぁ」
「あ、それでウチって魚卵食べなかったのかぁ。あ、このスパニッシュオムレツおいしいよ。はい、あげる」
「うん、おおうまいな野菜入ってるのか。今度作ってもらおう。結局あれか、モデルの子も入れて15人くらいだよな。えらい大所帯だが。モデルの子は日焼けは気にしないのかい? ああ、このグラタンもいけるな。食うか? ……ほれ」
「ん、カボチャ入ってるのね。日焼けは気になる子は海入らないと思うよ。もったいない気がするけど。わたしも日焼け止めするし。あ、お父さんグラタンついてる。ちょっとちょっと……はい」
と、指で拭ってペロリとなめる美衣。
照れくさそうにはにかむ幸次と、くすくす笑う美衣。騒がしい店内で、2人だけが切り取られたかのように、ほんわりとした空気を醸し出していた。
まあ、日常的な佐藤家の夕食風景なのではあるが、周囲から注目されていたことに気が付いたのは、幸次がおかわりに立ち上がってからであった。
2014.9.12 字下げしました。




