聖戦
俺の名前は久保勇気。1浪したが一応大学2年。通っているキャンパスの近くにあるラーメン店に通うのが日課だ。
今日は少し遠征していつもと違う店舗へ出陣である。のれん分けされたこの店舗はどういう違いを見せてくれるのか楽しみだ。
駅からの道を歩く。普段使わない路線、降りたことの無い駅前は歩いていてとても新鮮だ。
先日、俺が所属しているグループの一員が、とある事故で廃人同様になってしまった。俺より一回り程年を取ったその人は、ある人物に目を付け、色々嗅ぎまわっているうちに対象の怒りを買ったらしく、見るも無残な姿となって発見された。直前までの記憶どころか、メンバーの顔も覚えていない状態で、活動を続けることも出来ず、かといって野放しにも出来ずに困っているところを上位組織が引き取っていった。その後はどうなったのかわからないが……
つい先日起きたショッキングな出来事を思い返しながら歩いていくと、目的の店舗が見えてきた。
まだ朝10:00過ぎ。開店には少々早い時間だ。
並んでいるのは1人だけ。
……ファーストロットか。恐らく常連であろう人に会釈し、後ろに並ぶ。ペースを乱さぬよう注意せねば。
体調を万全にしてきてよかった。
俺もホームでは『豚食いの勇』と呼ばれている男だ。遠征先では無様を晒すわけにはいかない。
「うまいの? ここ」
ふと後ろで声がした。若い女性の声。最近は、ここに食べにくる女性客も多い。
だが、正直ファーストで女性はきつい。最初の乱れが後まで響かなければいいのだが……
俺は、女性がいるときにはそちらを見ないようにしている。このような思いを持って視線を向けてしまうと、どうしても好意的な視線とはなりえないからだ。折角ここのラーメンを楽しみに来たのだ。心行くまで楽しんでいけばいい。
「あー、中々行く機会が無くてね。とう……ディアの好みにも会うんじゃないかな。ボリュームあるみたいだし、こってりしてるらしいし」
「ふうん……」
ディア……? 確か我々がマークしている人物がディアーナって少女ではなかったか?
まさか、いきなり振り向くわけにもいかず、内心冷や汗を流しながら開店を待つ。くそっ! 心が乱れて上の空でラーメンを味わうなど、言語道断だというのに。
時計を見ると、10:25。もうすぐ開店だ。
何気ない感じで後ろを確認する。
後ろは若い男。俺と同じくらいの年齢か? もし、ディアーナの家族だとすると、こいつもターゲットになるはずだが……
その後ろ。
「!」
思わず、顔をそらして前を向く。間違いない、薄い背中まで伸ばし、前髪を青い石で飾られたピンで留めた金髪、それに緑の瞳。白に紺のドット柄ワンピースを着ている。確かにディアーナとかいう女だ。
こいつが……ウチの先輩を……
ふつふつと怒りの感情が沸き起こる。このまま帰してたまるかと。
しかし、相手はもはや人の範疇に収まらない力を持つという。俺では手も足も出ないばかりか、組織に迷惑をかけてしまう。
どうすれば……
「えーー? 幸太、この写真見てよ」
「ん? うわぁ……これは」
「うん、盛り付けも何もあったもんじゃないよね。なんというか」
おい、そこから先は我々の前では禁句だぞ……
「エサ?」
言ったぁぁぁぁ!! 言ったな! よく見ると周囲のロッター達が殺気立っているのが判る。
あ! ディアーナの後ろには、カネシダイブ品川先輩が! スープにダイブするかのような勢いで野菜マシを平らげる俺がひそかに目標としているこの世界のスターの一人。かく言うこの俺もその仲間入りしているんだがな……
彼と目が合い、頷き合う。
俺は、俺達は! 俺達が出来る戦いを挑んでやる!
開店。
食券を買う。当然前の男も俺も『大豚』だ。
さて……どう出るか……
「ふむ。私も大にしてみよう」
「フッ」思わず失笑してしまう。身の程知らずめ! 自ら進んで沈みに来たか!
やぶれたり。と頭で蔑みつつ、席に座る。
隣は件のディアーナだ。
食券をカウンターに載せる。隣の2人もチラチラと周りを窺い、カウンターに食券をのせる。男の方は小か。
待っている間に、隣に座るディアーナは腕に付けていた、可愛らしいシュシュを使い髪をまとめる。ほう。
中々いい心がけだ。確かに髪を抑えながらでは、この戦いを生き抜くことはできないだろう。ちらりと見えた白くて細いうなじを目に焼き付けつつ、トッピングを考える。
「ニンニク入れますか?」
きた! 俺はカッと目を見開き、トッピングを告げる。
「ヤサイブタマシマシニンニクカラメ!」
「はぁ?」隣から呆けた声が上がる。ふっ……わからんだろうな。
男から説明を受けて「なるほど」と頷く。
店主から「ニンニク入れます?」と聞かれたディアーナは、「ヤサイブタマシマシニンニクでお願いします」とコールした! 馬鹿め!
店主も「大丈夫? 残さないでね」と心配顔だ。
それでも注文を通してくれる店主のなんという懐の大きさよ。
ちなみにディアーナの隣の男は、「ヤサイ少な目で」などとコールしておる。つまらんやつだ。
「はい、おまちどお」
ラーメンがくる。うむ、この体調だからこそ受け入れられそうな盛り。成人男性の摂取カロリーをこの一杯は凌駕しているのだ。
ちら。と隣を見ると、予想通り絶句している少女。ククク。貴様はここで轟沈していくのだ。
「どどど……どうやって食べるのこれ……」ふむ。勝負にならんのは、ちとつまらんか。
「こうやって」と声をかける。
「麺がスープをどんどん吸ってしまうから、野菜を下に、麺を上に……こんな感じだ」
まあ、簡単そうにやっているが、ベテランならではの技だ。
ディアーナは、ぱっと顔を輝かせて笑い、「ありがとう!」と礼を言ってきた。
「あ、ああ」
……まあ、出来んと思うが。俺は自分のどんぶりに目を移すと、一心不乱にそのブツを胃袋に流し込み始めた。
「よいしょっと」
ん? とちらりと横を見て、わが目を疑った。
「なっ!?」
その少女はこちらにニコリと笑いかけると、瞬時に野菜と麺を上下反転させてしまったのだ!
どうやって……あんなに美しくひっくり返してしまうとは。
「うん、太麺で美味しい」
と食べ始めた。自分の好物を美味いと言ってくれたことに、思わず笑みを浮かべる。
さあ、自分の戦いに戻るか!
「ふう……」
大体完食である。今日はいい方にブレていたのか、大層美味しく感じた一杯であった。
少し離れたカネシダイブ氏も、いい笑顔で完食したところであった。
しかし……
「ううっ。多くないか……これ……」
「無理して大とか頼むから。まったく。残したら?」
ディアーナは涙目で格闘中であった。ふっ……もう諦めて沈めばいいものを。
「もったいないっだろっ」
ずるっずるっ。
……泣きながら、豚の脂を齧り、野菜を口に運び、麺を流し込むその姿。
「美しい……」
「はい……」
カネシダイブ氏と先頭の常連さんが頷き合い、店主も心配顔で見守る。
勿論俺もだ。飛び散る汗と涙とスープ。必死に(豚に)食らいつくその姿は神々しくさえある。
順番待ちの客からも「がんばれ」と応援している。
このラーメン店は、全員の心が一つになったのだ。
「はぁっ、はぁっ」
最後の一口。溢れんばかりの一杯が姿を消したとき、店内で歓声が上がった。
「……! やったぁぁぁ! けふっ」
熱いラーメンを食し、茹ったような赤い顔。恍惚とした顔。苦しみの涙は、今や乗り越えた者の歓喜の涙である。
「おめでとう!」
「お疲れ様!」
「すごーい!」
気が付けば、俺も拍手していた。涙を流しながら。
「素晴らしい食事だった。ありがとう」
俺は、手を差し出し健闘を称えた。ディアーナは涙の残る目を瞬かせ、「ん? ありがとう……ございます?」
と手を握ってくれた。
「ああ、また食べよう。『銀のマシマシ聖女』よ」
2014.9.12 字下げしました。




