寝起きの駄目聖女
都内、とあるホテルの一室。
高層階のスイートルームにあるリビングに、数人の男女が集まっている。
清潔でシンプルな部屋は、大きくとった窓から東京の景色が一望できる。今は昼時前だが、暗くなれば見事な景色なのであろう。
そのリビングは重い空気に包まれている。
ソファに身を預け、この部屋の雰囲気にはあまり似つかわしくない缶ビールを傾けつつ、男が重苦しい雰囲気をさらに重くさせるかのように口を開いた。
「……彼女を刺激するなと言ったはずだがな」
全員、顔を見合わせながら、誰かが発言するのを待つ。
「ま、しょうがないかな。今回は好奇心が勝ってもしょうがないって」
部屋の隅に設置している仕事机で、ノートパソコンを弄っている青年が答える。
「あの魔力量、あの技術」
パチパチと、表計算ソフトにデータを打ち込んでいく。
「そして……」
あーーっ、と伸びをして肩をぽんぽんと叩く。
「あのサイン」
ソファの男が言葉を引き継ぐ。
「ああ、あのサインだ。あれは……銀贄祭の装束に書かれた紋様とそっくりだ」
「……どう見ても」
壁に背を預けて、気怠い雰囲気を漂わせている女が呟く。
「生き残った贄ね」
室内の温度が、数度下がったような錯覚を覚える。
「もし、私たちの活動がばれたら」
「生きてはいられないだろうな。我々全員」
誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
所変わって、郊外の空気がおいしい佐藤家の寝室。
むくり。ふわぁぁぁ……と欠伸をしてお腹をボリボリと掻く。
「うーーー」
唸る。
うああぁぁぁぁぁぁ……と再度大欠伸してぼんやりする頭を軽く振って覚醒させる。
「もう11:00……」
こういうとき、日々駄目になっていくのを実感するものだ。
ぼーーーーーっとする。布団に帰ろうかなとも思う。が、それはあんまりかと思い、とりあえず着替えようかなとピンクのボーダーが入っているショートパンツとチューブトップのルームウェアを脱ぎにかかる。
とりあえず、ショートパンツの右足側をもぞもぞと脱ぐ。
「ん?」
見れば、自分のスマホのメール着信ランプが点灯したことに気が付く。
「ほうほう……ほうほうほう。クーポンか……明日の昼飯はここにするか」
近所のラーメン屋からチャーシューサービスのクーポンが来ていたのである。
その流れで近所のランチ情報を探る。
ごろん、とベッドに転がったままスマホを弄ること20分。まだ幸次の着替えは右足だけ脱いだ状態である。
「ん……ふわっと眠くなるな。この態勢」
よいしょ、と起き上がり、とにあえず何か身に着けるか。と、美穂か美衣が用意したであろう着替えから膝下丈のソックスを取り出し、もぞもぞと履く。左足だけ。
「あ!」
見ると、ソックスに包まれた己の足先の爪が伸びている。
「これはいかん」
折角はいたソックスを脱いでしまう。ついでに脱ぎ掛けたショートパンツも履きなおしてしまう。
ぱちん……ぱちん……
「この……」
切った爪を手に取り、しげしげと眺める。
「薬指だけ巻き爪なのは、ディアーナのアレなのか? それとも、俺か? ううむ……」
幸次が起きて40分。
着替えの進捗率0%。
「ううむ……」
スマホを弄りながら、ごろりと横になる。
「このエビ旨そうだな……ポチるか? ぽちっちゃおっか!」
「なにがいいかな。天ぷらがいいかな?」
車海老を注文しつつ布団にもぐり込む。
「……」
うとうと……と目が重くなる。
「ふがっ」
自分の鼾で目が覚める。
「いかんいかん。いい加減起きないと、駄目な人だと思われかねん」
何を思ったか、今度は上を脱ごうする幸次。
「よいしょっと」
掛け声の割には、左側だけちょっと上にずらしただけである。普段、外気にふけることのない胸が露わになる。
「ぶるるるっ」
おもわず元に戻してしまう。まったく着替えは進まない。ごろん、と転がる。
「もう……着替えるのは諦めよう。外出なければいいだけだし」
駄目すぎる言葉を吐いて、ため息をつく。
「たまにはこのまま一日過ごしてもいいよな。うん」
むくり。ふわぁぁぁ……と欠伸をしてお腹をボリボリと掻く。
「よし。とりあえず、この部屋から出よう」
ドアを開けて、階段を降りる。昼まで寝た身だ。すこぶる調子がいい。即興の歌も出るというものである。
「ふふふーん。だっめせいじょーだっめせっいじょー」
「きっがっえっもぎっりぎっりだっめせっいじょー」
「だめだめロックダメダメロック。駄目駄目せぇぇぇいじょぉぉぉぉ!!!! のろけんろぉぉぉぉぉ!!!!」
「はーだめだめーだめだめー」
教会に反逆しがちなロックな聖女は、自分を下げまくる歌をノリノリで歌いながら階段を降りる。
今日は平日。誰もいないはずである。
誰もいないはずであった。
「おはよう、父さん。歌どおりの駄目っぷりだね」
「あ、おはよう幸次。駄目なのはみんなわかっているけど、駄目聖女なんてディアちゃんが可愛そうなんじゃないかしら」
さすがに、仕事しろとは言えず、自作の歌を聞かれて恥ずかしさから真っ赤で、ぱくぱくと酸欠の魚のようになっている幸次は、手招きしている2人が用意している昼食のテーブルに着いたのであった。
2014.9.12 字下げしました。




