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父が帰った日

 私は今、リビングでブルーのユニフォームを着こんでテレビに向かって、大興奮なお父さんをぼんやりと眺めている。

 シャツと同じく青いパンツから伸びる白い脚とまるい膝を見て、可愛いなぁ。と思っていたら、瞼がだんだん重くなってきて、いつの間にか意識が遠くなっていく。むにゃ……



 ……中学の時、私はだらだら遊んで、宿題忘れたり、散らかしっぱなしな部屋。要するにだらしなかった。

のほほんとした両親、特に父はそのいかにもオッサン然としたところが、あまり好きではなかった。反抗期というやつだったかもしれない。

 それがある日、父が失踪したことでわたしの甘っちょろい部分はどこかに吹き飛んでしまった。父の稼ぎがなくなり、たちまち家計が火の車。とはならなかった。父が手を打っていたからだ。

 余剰金は殆ど貯蓄され、一部の証券は値上がりしていて倍近くになっている。まあ、税金もかなりかかったけど。

若いころにナントカっていう、格闘技の大会で優勝した時の賞金なんかもほとんど手つかずで残っていた。

 それでも、諦めることも覚悟していた高校進学も学資保険でどうにかなった。

 母もパートを始めて、わたしが猛勉強の末に合格した高校進学してからは、高専を卒業した兄が働くことになり、大分楽になったのだろうと思う。

 私がバイトで始めたモデル業も中々評判のようで、撮影機会増加と共にそこそこ稼げるようになり、昼食代とお小遣いは自分で賄えるようになっていた。その流れで、髪を軽く染めてもいた。いつでも父が帰ってこれるように、帰ってきても心配かけないように、私の生活態度は一変してしまった。部屋はいつもきれいだし、勉強時間も数倍に増えたし、モデルのお仕事でいつも身綺麗で先輩のアドバイスを聞いて磨くことも忘れない。副作用(?)でやけに告白されるようになったけど。もちろん、みんなお断りさせていただいたけど!

 今ではすっかり別人のようだと思う……いつか父が帰ってきたら自慢したいから。そして、頑張ったねって褒めてもらいたかったから。


 失踪後も守ってくれていた父の捜索を行いながら、全員が忙しく暮らしていた。


 そして、父が唐突に帰ってきた。


「なんだその髪は! 美衣!」

 その日、たまの習慣にしている父の書斎を掃除しに来た時のこと。ドアを開けると、目の前にすっごい可愛い女の子が仁王立ちしていたのだ。

 ……何してるのこの子? 誰? それよりも……

 私はガッシと頭一つ分くらい背が低いその女の子の胸ぐらをつかむと、こう言い放った。

「靴ぐらい脱ぎなさい!」

 いつお父さんが帰ってきてもいいように、みんなで掃除してるんだから!




「……あ」

 ぱちくりと瞬きした後、その子はそそくさとブーツを脱ぐ。

「土足のままだったか。すっかり忘れてた。美衣が暴力的な反抗期に移行したかと思った」

 ……そういえば、さっきも私の名前呼んでたような。なんで私の名前知ってるんだろう?

「うーん、カレンダーを見る限り、時間のズレは無いようだな。5年か……何とか暮らしていける位には残っていたはずだが。美衣、まだみんなは寝てるのか?」

 と首を傾げて私を見上げる怪しい女の子。

「だから! あんた誰なの!?」

 と思わず叫んでしまうと、女の子は緑の瞳を持つ目を見開き……ニヤリと笑った。

「全く信じられんと思うが……お前の父、幸次だ」

 驚くより先に、私の平手が飛んだ。

「そういう冗談……? は間違っても家族にするもんじゃないわね」

 と目の前で頬を擦る女の子を睨む。

「いてて……いきなり殴るとは予想以上の反応だが。美衣のその制服、学資保険ちゃんと出ているようだな」

 うん、色々物入りだったからね。あれが無かったら、ちょっと諦めてたと思うよ……

「この家を売らずに済んでいられるようだし、株もうまく売れただろうし。APP社の株も結構上がっただろう?」

 うん、あの株のおかげでみんな普通の暮らしができたようなものだよ。

「美衣の反抗期が微妙に続いてるのが誤算だが」

 ……うん?

「あれだ。わけあってこんな姿になってしまったおかげで、美衣のシャンプー使ってもそろそろ怒られない姿だと思うんだが、どうだ? 中々のもんだと思うんだが」

 くるりと一回転。ふわりと背中に伸びる薄い金色の髪が舞う。うん、かわいい。

 ……あれ? なんでそんなことまで!? もうシャンプー替えちゃったけど。

「あとは……DNA鑑定で美衣と幸太と縁続きであることを証明する位か? ああ、あとはこれ」

 どこからともなく取り出したのは。

「お父さんの……パジャマ」

 失踪時に来ていたはずのお父さんのパジャマだ。ほつれてきたところもあるけど、愛着が出てきてずっと着ていたパジャマだ。

「すまん、最初に出すなり着るなりしておけばよかったか」

 と頬を掻く女の子。







 もう、涙でよく見えなかったけど、そのパジャマごと女の子……お父さんに抱き付いた。

「うぐっ……美衣、もう少し加減して……ただいま。遅くなったが……」

 私の頭を撫でる手は小さいころに撫でられた手つきと一緒で気持ちよく落ち着く。

「お……おがえりなざい……お、お父さん~」

 鼻が詰まって変な声……ちょっと恥ずかしくてぎゅっと抱き付き、お父さんの胸に顔をうずめる。

「やわらかい……ちょうどいい大きさ……あいたっ!」

 小突かれた。


「……まったく。美穂はまだ寝てるか。ちょっと起こしに行くか」

 お父さんは、迷うことなく階段を上って寝室に向かう。やっぱりお父さんなんだ。

 寝室のドアの前で人差し指を口の前に持っていき……ニコリと笑った。いや、ニヤリと笑った?

「ここからは夫婦の時間だ。美衣は幸太を起こしてきなさい」

「へ? あ、うん……」

 お父さんは、寝室に入っていく。何してるんだろ。


「じゃあ、お兄ちゃん起こすかー」

 私はドアをバーンと開け、ベッドで寝ているお兄ちゃんにダイブした。

「おっきろー!! お父さん帰ってきたよー!」



 お兄ちゃんにも小突かれて、叱られつつリビングで二人を待つ。やがてリビングのドアが開いて出てきたお父さんの顔は真っ赤で、お母さんはツヤツヤニコニコしている。あ、手繋いでる。いいなぁ……

 隣でガタリと椅子を鳴らして立ち上がるお兄ちゃん。






 リビングにいる私の眼前では、私の時と似たようなやり取りがあり、いまはお兄ちゃんがお父さんの胸でオイオイ泣いているという、傍から見るとかなり危ない光景が展開されている。お父さんも苦笑しながら背中をぽんぽん叩いている。

 お母さんもお父さんを後ろから抱きしめて、静かに涙を流している。

「これ、まとめて済ませておけばよかったな」

 様式美だしね!

「じゃあ、まとめてもう一回!」

 そういいながら、私はまたお父さんに抱き付く。せっかく引いた涙が、いつのまにかまた溢れていた。

「おかえり! お父さん!」




 徐々に目の前が明るくなっていく。

 ……あの時の夢を見ていたみたい。というか、今までの出来事が夢? だったらいやだなぁ、とぼんやり思ってたら、隣でお父さんが絶叫をあげていた。……それで目が覚めたんだ。負けちゃった?

「ああああ!!! もうちょっとだったのに! はぁ……お、美衣おはよう」

 お父さんが私を見て微笑む。夢じゃなくてよかった……

「おはよう~ あ、お父さん」

「うん?」

 忘れていた。今日はプレゼントがあるんだ。

 ソファの下に置いていた包みを渡す。


「はい、父の日のプレゼント!」

 渡されたお父さんは、驚いたように目を見開き。

「不意打ちはちょっとな……」と私から顔をそらした。

 ぐしぐしと腕で目を擦って包みを開ける。目が腫れちゃうんだけどな。見なかったことにしてあげないと。

 ははは……と乾いた笑い声。

「古今東西、父の日に女性物のワンピースを送る娘って、美衣くらいのものだな」

 と私に向き直って笑いかける。まだ目が赤いけど。


「お父さんに似合いそうなの、そういうのばかりなんだもん」

「でもまあ、嬉しいよ。ありがとう」

 と笑い合った。



 やっぱりうちのお父さんは世界一だよ!

 

2014.9.12 字下げして更に加筆しました。

※ 2014.6.15 少しだけ加筆しました。

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