学食と、女子パワー
学生生活における昼休みは、成長途中の若き肉体への栄養補給もさることながら、彼らの青春を構築する重要な一要素なのではないだろうか。自分も学食でラーメンと大盛ライスの組み合わせと友人たちとの語らいを楽しみ、食後のひとときに運動で摂取したエネルギーを燃やしていたものだ。
今、そんな過去があったことが幻であったかのような錯覚を覚えつつ、ガーリックチキンステーキ定食、略してA定食をつつく美少女。
周りを娘と女子生徒に囲まれ、エサを食べるパンダの如き状況である。
ちらり、と隣に座り、ミックスフライ定食、略してB定食に取り組んでいる美衣の顔も苦笑を浮かべている。幸次――A定食をつついている少女のことだ――は、親の贔屓目かもしれないが、美衣もかなりのものだと思う。母と似て柔らかい雰囲気、親譲りの美貌を受け継ぎ、今風のファッション――もっとも、学校内では小物や髪形などになってしまうが――に身を包んだそれは、なるほどモデルのバイトをしていても何ら不思議ではない。
例の旅行へのお誘いのため、懲りずに学食内に侵入した幸次は、女子生徒に見つかるやいなや、あっという間に取り囲まれ、それを目印に近づいてきた美衣に助け出され、いつも一緒にいる女子生徒とともに昼食をとることにしたのである。
一緒に来た吉村君は周囲の女子パワーにはじき出され、ひとつ隣のテーブルで橘君とかつ丼大盛を食している。
……カツ丼かぁ……そういう手もあったか。と、幸次は自身のチョイスを振り返る。
ふと視線を感じて、美衣の反対側を見ると、トモちゃんが自分のササミチーズカツと幸次のチキンの間を往復しているのに気が付いた。
「……トモちゃん、交換する?」
「はわわっ! いいの?」
いいの? も何もそんなに欲しそうにされていればな……と思いつつ、チキンを取り分けてやる。
ガーリックで香り付けされたチキンは、添えられたトマトソースと相性が抜群だ。
「はいっ! ディアちゃん!」
ササミチーズカツ。シソが挟み込まれたそれは、ウスターソースと共にいい仕事をする。メシ食わせ戦闘力が高い一品だ。
パクリと3分の1ほどを齧る。サクッとした衣とソースの香り。後からシソの香りが追ってきて、最後に戦闘能力の高いチーズの香りとコクがガツンとくる。それらをまとめ上げるササミ。うん、うまい。
思わず綻ぶ顔に頭を撫でるトモちゃん。「はわぁぁぁ……」
トモちゃんは自分のどこに反応しているのか、いまいち理解しがたい部分を感じながら、幸次はご飯を口に放り込んだ。
食後、併設されたテラス席へ移動し、吉村君と橘君を招いてお茶を楽しむ。
「ああ、ディアーナさんと旅行かぁ。是非僕も連れて行ってほしいな」
と、橘君が幸次を期待のこもった目で見つめてくる。
「う、うん。よ、吉村君……はどうかな?」
「再来週か……ま、いいよ。受験勉強ばかりでも疲れるし」
吉村はスマホで予定を確認しながら、「佐藤さんも来るんでしょ? あ」と幸次と美衣を見て「美衣さんも来るんだよね」と確認する。
「うん、そりゃいくわよ」
「やった! いやー、楽しみだなぁ。佐藤さんの水着かぁ……」
吉村が楽しそうに、幸次の主観では若干いやらしそうに笑う。
おもわず、ギリッと歯ぎしりが口から洩れる。
「……」
美衣が幸次の制服を引く。横目で見上げると、美衣が「抑えてなさい」と目で訴えている。
はぁぁぁ~~……と深くため息をついた時、橘が「ディアちゃんも水着だね」と笑い、幸次の顔が引き攣った。
昼休みも終わりが近づいてくる頃。
「さて、私はそろそろ帰ろうかな」
幸次は椅子を引いて立ち上がる。
「はわっ!? ディアちゃん、もっといてもいいのに……」
「いや、ちょっと長居しすぎてしまったようね。私は午後も用事(昼寝)があるし、買い物して帰るよ」
ガタリと椅子を鳴らして立ち上がろうとしたトモちゃんを制して美衣の耳に口を寄せる。
「……ちょっとトイレ……」
クスリと笑って、美衣が幸次の手を取り「こっちよ」と案内する。
「じゃあね! また遊びに来てね」
「また会ってね」
「またねー」
「はわわー 美衣先輩がディアちゃんの手を引くの……かわいいです!」
苦笑交じりの笑顔を返しながら、幸次は手を引かれていく。
ぺたぺたぺたぺた……幸次と美衣はトイレへと急いでいた。
「やっぱり、娘と同級とはいえ、女子に囲まれるのは苦手だなぁ」
「あ、やっぱりお父さんは、そういうの苦手だよねぇ」
「あーうん、まあ、いい子たちじゃないか」
「ふふっ……ありがとう。あ、ここだよ」
「おお、さてと……むっ!?」
トイレには、どういうわけか結構な人数の女子がたむろしていた。そして、幸次と美衣が入ると、一斉にこちらを振り向いた。
「うわっ」
思わず幸次は美衣の後ろに隠れる。なぜこんなに女子が。
「あ、美衣ちゃん! この子、ひょっとして例のディアちゃん?」
「あー、そうだよー でもこの通り若干人見知りだからお手柔らかにねー」
ほら、お父さんも適当に挨拶してよ。と幸次に耳打ちする。
「ど、どうも……姉がお世話になってます」
半ば美衣に隠れたままペコリと頭を下げる幸次。
「……かわいいわね。妹さん……触っていいかな」
「え!? あの! うわ!」
数分後、美衣が止めるまで愛でられてしまった幸次は、ようやくトイレの便座に座り込む。
高校のような多数の女性が入るようなトイレは初めてだったのだ。トイレは女子にとって社交場のようなものだったのかと1人納得した。
消音機を弄りながら、いろいろな意味の解放感を味わいながら呟いた。
「女子パワーすげぇ……」




