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世界を渡っても、やることは

「何!? これぇぇぇ!!」

ダイニングのテーブルには大量の手紙。

ざっと見て30通ほどだろうか。

「jijiの編集部宛のもあるんだよ。学校でもらったのもあるけど……」

本人が無自覚に露出していった結果、幸次は若干街の人気者になりつつある。この辺、元男性であり、女性となってからも男性の時よりも戦闘能力的に強くなってしまったので、特別警戒することもなかったのであるが、メンドクサイことになるとはあまり思っていなかったのである。

少し考えればわかりそうなものであるのだが、帰還に浮かれ、ユルユルと遊び歩いていたツケ、であろうか。

「一言添えてサインで返すって手もあるよ。わたしもそうしてるし」

「なるほど……サインね……」



渋々とサインを始める幸次。夕食のメンチカツを齧りながら。


異世界に呼び出されるまでは、中間管理職として書類決済サインの日々だった。

異世界に呼び出されてからは、宗教団体の長として、書類決済サインの日々であった。

異世界から帰ってきてからは、謎の美少女として、手紙の返事やサインの日々がくるのである。


結局どうにも代わり映えのしない日々を送っていることに忸怩たる思いを抱く幸次である。



「……おおう」

手紙を「処理」する手を止め、見覚えのある筆跡の手紙を手に取る。くるりと裏返すと橘颯人と。

「……おおぅ……」

小さくのけぞり、封を開ける。


曰く、一緒にいて楽である。

曰く、趣味が合うのでまたお話ししたい。

曰く、美しく愛らしい姿に云々……

曰く、またお会いしたく候。


「要約するとそんな感じの手紙なわけだ」

「可愛いのはわかるんだけどなぁ……そんなに一緒にいて楽しいのかなぁ? 年の差ありすぎなんだけど」

美衣が夕食のジューシーな肉汁ほとばしるメンチカツをまくまくと食べながら、首を傾げる。

「俺が元々男性だからじゃないか?」

「父さんじゃなぁ……橘君も相手が悪いよね」

ビールをごっきゅごっきゅと良い飲みっぷりを披露しつつ、幸太が橘に同情する。

「でも、こんなにお手紙貰うようじゃ心配だわ。女の子からも貰ってるみたいだし」

ぼりぼりと付け合わせのモロキュウ(梅肉ソース添え)を齧りながら、心配そうに、そして自分で漬けた梅のおいしさに満足したように、手を頬に添える。

「しかし、なぁ……どうしたもんか。存外、恋愛経験が不足しているからな。我が家は」

「そうだねぇ」

「うんうん」

「あ、うん」

幸次も何気に美穂としか経験が無いのである。仕事で女性がいる酒場に行くことはあるが、「こちらお静かね」とか言われるクチである。



「あ」

わかめと豆腐の味噌汁を啜っていた美衣が何か思いついたように声をあげる。

「ん? なんだ?」

「あれだよ。旅行に参加してもらったら? 他にも女の子がいるから紹介しちゃうとか」

「男子だろ? 一人じゃ来ないんじゃない?」

ぷちぷちと枝豆をつまみながら幸太がつっこむ。

「へーきへーき! 最近吉村君と遊んでるみたいだしさ。一緒に呼んじゃえば!」

ぴくり、と幸次の眉が跳ね上がるが、今回は幸次も同行するのである。間違いなど起こらないだろうと自分を納得させる。


「仕方ない、男性陣も誘ってみようか……」

こっちの世界もあんまり気が休まらない気がするなぁと、あっちの世界の芝がやたら青く見える幸次であった。


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