迂闊であったのだ
幸次の交友範囲は現在のところ、極めて狭い範囲となっている。
会社の同僚一名と家族、親しい実家の親戚と幸次の師匠くらいのものだ。
失踪して戻ったのかと思ったら、性別が変わっていた。
そのような人間が受け入れられるとは、幸次自身も思ってはいない。
薄い関係性であれば、精々珍獣扱いされて以前と同じ付き合いは出来ないのであろう。
そういうわけで、幸次は自分をさらけ出すのは、余程親しい者のみにしている。
……そして、今、幸次は自分をさらけ出していた。
「どーこーだー」
「こっちこっち! 幸次! そっちじゃないよ!」
目隠しした幸次がリビングをゾンビのようにウロウロしている。
いい年した男女が妙な動きをしている。それだけでもちょっとアレだが、問題は幸次の頭部にある。
「父さん、なにしてんの。じゃないや、何かぶってるの……」
見れば、幸次は白に水玉の水着……の上を被っている。目隠し部分は所謂カップというやつだ。先日美穂が買ってきたビキニの水着で、ワンピースを希望していた幸次は即座に買い替えを要求していた。
「あ、いや、美穂がな、捕まえたら買い替えてくれるらしくてな」
両手を前に伸ばし、ウロウロする幸次。
はあ。とため息をついてトーストを齧る幸太。
「ぴんぽーん」
そんな朝のドタバタがあった平日の昼下がり。
「あ、どうも! 幸次君が帰ってきたとか! いま御在宅ですか?」
幸次の目の前には、旧友の男が笑いながら佇んでいる。
もう既に分かっているのだろう。幸次を見てニヤニヤ笑っている。
変質した友情を感じて幸次は悲しくなる。
「ああ、俺が幸次だよ。ま、入れよ……」
……
「じゃあな! 今度は地元で飲もうや! みんな面白がるぞ!」
悪意の無い友人の言葉に幸次は愛想笑いを返す。
「あ、ああ。また機会があったら。な」
くるりと、友人が背を向けた瞬間。頭に小さな右手をあて、魔術を行使する。
同時に幻影魔法も行使する。
……そこに現れたのは、薄い金色の髪を持つ美少女ではなく。どこにでもいる50絡みの中年男性の姿。
背後で美穂の息をのむ気配がする。
「おっと。大丈夫か?」
一瞬崩れ落ちそうになった友人を支え、失踪前と同じ声で友人を案ずる幸次。
「お、おう……ん? お前……いや、また……な」
首を傾げながら佐藤家を後にしていく。
「ま、これで俺については認識が修正されただろうよ。これからもアイツの中では俺は元の男のままだ……」
「幸次……」
目に涙を浮かべ、口を両手で覆う美穂。
「……すまん」抱き付こうとした美穂の手は幸次の頭を素通りする。
振り向いた幸次は謝罪の言葉と同時に魔術を解くと、元の少女の姿に戻る。
妙な期待を持たせてしまった自分に腹を立てそうになる。
家族に余計な負担を掛けたくはないが故に、以前の自分を投影するような真似はしたくなかったのだ。
「幸次ぃ……」
膝立ちになり、幸次に抱き付く美穂。
幸次は、胸に顔をうずめて泣く妻の頭を、悄然と肩を落としながら抱いて「ごめん……」と呟いた。
短いですね。
お父さんも誰にでも素であることはないよ。と。こういうの書いてても淋しいですねー




