美衣のひみつと聖女の駄々
「いただきます!」
良く焼けた餃子を酢と醤油とラー油を垂らした小皿に浸す。
カリッと焼けた焦げ目。もちもちとした皮。小麦の味だ。
その後を肉汁が追いかけてくる。仄かに香るビッグシルバーボアの香り。ともすれば「臭い」と評されることの多い脂身は、一緒に混ぜ込んだニンニクとニラが一風変わった「風味」へと昇華してくれる。
「ビッグシルバーボア餃子。アリじゃないか……これが朝ご飯じゃなければ」
「皮がベタベタしてきちゃったからね。冷凍するのももったいないし」
納豆に醤油を入れながら美穂が応じる。
「まあ、今日は日曜日だしな。ニンニク臭くても構わんな。美衣もどうだ? 朝餃子。うまいぞ」
「あ、今日はこれから雑誌の撮影だからねー……あっ!」
しまった! という表情で、口を押える美衣。
「あ! 幸次! 餃子おかわりどう!?」
珍しく焦った表情で話題をそらそうとする美穂。この場に幸太はいない。休日出勤なのだ。
「……おい」
帰還してからこんな低い声など聞いたことが無い二人はビクリと肩を震わせる。
「なんだ? 撮影って!? ええ?」
すっかり目が座ってしまった幸次が、美衣を睨む。
「ど・う・い・う・こ・と・か・と……聞いているんだがなぁ!? ええ? おい。俺には話せないことか? ん?」
若干巻き舌で美衣を問い詰める。美衣はもう涙目だ。
「お、お父さん……怒んないでよ……」
「こ、幸次? あの……」
とりなそうとする美穂を一睨みして美衣に向き直る。
「おいおいおい? 俺は全然怒ってないぞ? ん、美衣がちょっと隠し事したぐらいじゃな。そりゃあ、年頃の娘だもんな。バイトもするだろうしな。それが撮影でも……何撮影されてるんだ! こらぁ!」
バンバンとテーブルを叩いて怒りを表現する幸次。
めっちゃ怒ってる。
「ぜ、全然普通のファッション雑誌だよ! 男の子向けじゃないよ!? 女の子向けのモデルなんだよ! 読者のモデル!」
「あ、あたりまえだ! お、男向けに撮られたら……う、ううっ」
朝から喜怒哀楽全開の幸次を抱きしめる美穂。
「大丈夫。大丈夫だから。美衣はちゃんといい子に育ってるからね……」
ぽんぽん、と背中を叩かれてようやく落ち着いてきた幸次。
ぐじくし。と袖で涙を拭きながら。
「……俺もついていくぞ」
「えっ!? ……いいけど……」
電車で30分ほどの街にあるスタジオに着いた時も幸次は不機嫌であった。
「おはようございまーす!」
「おはよう! 美衣ちゃん!」
「おはよう! ……美衣ちゃんこの娘は? すっごい可愛いけど」
「あ! 妹のディアっていいます! 今日は見学させてもらいたくて……」
「ふうん! 妹ちゃんかぁ……ディアちゃんだったら、いつでもモデルになれそうだね! そのときはよろしくね!」
「……ディアーナです……よろしく……」
ぶすっとした顔で挨拶する幸次。この期に及んで、実に大人気ない。
「……ディアちゃん! 編集の大山さん、スタイリストの大野さん、カメラの大木さんだよ!」
「……」
ペコリと無表情に頭を下げる幸次。本当に大人気ない。
「じゃ、じゃあ始めましょう!」
シャッターを切る音、カメラマンの指示が聞こえるスタジオ。
いきいきとした表情を見せる美衣。
「……」
実に面白くない。
ちょっとくらい話してくれたっていいじゃないか。と思う。
こんなに楽しいなら、反対しないのに……怒らないのに。
ポリポリとブレスケアを齧りながら、頬杖をつく幸次。
怒りがなんとなく萎んでいくのを自覚しながら美衣の撮影を眺める。
「妹ちゃん!」
……呼ばれた気がしたので、顔を上げる。きょろきょろとスタジオ内を見渡すと、バツの悪そうな顔をした美衣と担当の大山が目に入った。
「……なんでしょうか?」
警戒心を務めて顔に出しつつ、大山を見やる。警戒してますよオーラ。
「あのね! 担当のモデルさんが来れなくなったの! 妹ちゃんやってみない?」
警戒オーラを華麗にスルーされ、撮影に誘ってくる。
「いや、その子にやらせればいいでしょう? 私は付き添いですし」
と美衣を指さしながら幸次は拒絶の意を示す。
娘が内緒でバイトしていたのも、それが多くの目に晒されるモデルであったことも、付いてきてみれば自分が知らない楽しそうな姿を見たことも、いろいろ面白くない幸次だ。なによりも自分以外の家族が知っていたのが一番面白くない。
要するにのけ者にされて淋しいのだ。
「困ったわぁ……2人で撮影なのよ。ねぇ、妹ちゃん。お願いよ。お給料も出すから、ね?」
「いや、だからそんなのやりませんって……2人で?」
2人かあ……と思わず反応した幸次を見て、美衣が食いつく。
「ディアちゃん!」
がばり。と幸次に抱き付き耳元で囁く。
「わたし、お父さんと一緒に写真撮りたいなぁ……」
「む。え? でも……美衣がさぁ……」
口を尖らせてブツブツと何事かを呟きながら、顔をそらせる幸次。子供か。と美衣は思うがそんなことはおくびにも出さず、「わたしね、お父さんが着いてくるとね、一緒に撮りたくなっちゃうから今まで我慢してたの。でもやっぱり実際にお父さんが側にいると一緒に写真撮ってもらいたくって……お願い!」
「え? 美衣……そうだったの?」
目を丸くして美衣を見上げる幸次。
「う、うん! わたし、準備できるまで待ってるから!」
「へ、へぇぇ……美衣がそんなに言うなら……とってあげてもいいよ」
「ありがとう!」耳元で小さく囁く「ありがとう。お父さん」
「よし! 決まりね! 大塚さん! 妹ちゃんの準備お願いね!」
「はい! ディアちゃん! こっちよ!」
みるみる幸次の顔が改造(?)されていく。
「ディアちゃんは肌きれいなのね。メークがあっという間に終わったわ!」
「……」
「はい! こんな感じかな! かわいいわよ! ディアちゃん!」
「……」
幸次は早くも後悔し始めていた。いつの間にかOKしていたものの、これ、雑誌が発売されたら怒られるんじゃないか。美穂に。
「あとは美衣ちゃんと、大木さん(カメラマン)に任せたらいいから! ではお願いしまーす!」
「ほら、お父さん」
幸次の手をとって、スタジオに入る美衣。
「……」
「はい! ディアちゃん! 美衣ちゃんと頬くっつけてみようか!」
カシャ! パシャ! ぴゅいーん!
「美衣ちゃん! 片足上げてみようか!」
パシャ!
いつの間にか、満面の笑みを浮かべて写真をとられる幸次。もうノリノリである。
「はい! 2人ともちょっとハジけよう!」
パシャ!
ぎこちなかった幸次の表情も、うまくのせられ、矢継ぎ早に撮られるシャッター音に麻痺してしまったかのようだ。
「はい! ラスト!」
パシャ!
「お疲れ様でしたー!」
ふう……と息をつくと、美衣と目が合う。
もう2人の表情にわだかまりはなかった。
※ 2014.5.25 誤字・脱字を修正しました。




