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バナナブーム

お昼前。美衣の弁当箱を持って自宅を出て道を歩き始めた幸次は、バナナの皮が落ちていることに気が付いた。

そのまま通り過ぎたいところではあるのだが、少し気になるところではある。バナナ。最近世間ではひそかなブームになっているとも聞く。古来よりおやつに入るか否かで日本を2分する議論が交わされたともいう。幸次もはなたれ小学生の頃には、クラスの女子と激論になり、見事に言い負かされた経験を持つ傷を負うバナナはオヤツ派戦士である。負かされた時、涙目でこう思ったものだ(女ってなんでこう口ばっかぺこぺこ動くんだよ! ちくしょう!)と。女子として生きている今、美穂にも美衣にも口で勝った試しが無いことを鑑みれば、性差と口撃力の関連性は実はないのではないかと幸次は睨んでいる。


しかしバナナである。カリウム豊富であり、向こうの世界に行く前の血圧を気にする幸次は好んで食していた。ブームに乗った学生がバナナを咥えて通学だろうか。

しかし。


これは。


「誰か踏まないかな……」


そう。バナナの皮といえば、滑って転ぶという古典的なアレでお馴染だ。ただ、漫画や映画などでは狙ってバナナを出してくることは全くない。

幸次は弁当箱を抱えてしゃがみこみ、じっとバナナの皮を見つめる。

やっぱり、スーツ着たおじさんが滑ってほしいな。と思う。カバンを持ってツカツカツカと革靴の音を響かせながら歩くお父さん。つるり。「うわわわわわ」と言いながらべしゃりと転ぶのだ。そして、きょろきょろと辺りを見渡し、そそくさと何事もなかった風を装い去っていく。そんな紳士が見たい。


じいっとバナナの皮を見る。ところどころ黒くなったそれは、踏んでくれるのを待っているようにも見える。スマホをいじりだす。小説サイトを開き、心の中でツッコミを入れつつ読みふける。異世界に行くときは歯ブラシ持って行った方がいいぞ。


ふと、辺りが暗くなったのにきがついて顔を上げる。学生服にセルフブリーチの汚い茶髪にビアスの男。美衣がこんなのと歩いていたら、幸次の血液は沸騰して死んでしまうかもしれない。そんな懸念を抱かせる男。要するに気に入らない。そして、バナナの皮が見えない。

「はーい。はわゆー?」

10人聞いたら、全員「頭悪そう」と思うような挨拶のような言葉を掛けてきた男に、幸次は笑いかける。

「今、取り込み中なので」

「えー? いいじゃんー? あ、じゃあ、俺も座っちゃおうかなー?」

言うが早いか、幸次の隣にしゃがみ込むチャラ。


気にしなければよい。ふぅーーーっと、深呼吸すると幸次はバナナ皮の観察を再開する。

隣で何やら話しかけているのに相槌を適当に打ちながら、バナナの皮を観察する。皮がそろそろ真っ黒になったころ、声がかかる。


「あれ? 幸次? どうしたの。その子」 買い物帰りの美穂が目の前にいた。

気が付けば、隣の男が幸次の肩に手を回している。


げっっっ。 おもわず幸次はのけぞった。


「ちょっとおばさんは、向こう行っててよ。今いいところなんだからさぁ」

おばさんと呼ばれてカッときた美穂が一歩踏み出す。


当然というか、必然というか。美穂はバナナの皮に乗っかり、ズルリと片足が前に滑り、べしゃりと転んだ。呆けた顔で幸次を見る。


き、き、き、き……


「きさまぁぁぁ!!!」

変に動転した幸次は、肩に回している男の手を取り、捩じりあげる。ぼきぼき。とひどい音が響くが、気にする余裕はない。男も突然の痛みに、ぎゃあ、と声をあげて失神した。

美穂はバナナの皮で転ぶという世にも珍しいトラップに引っかかり、動揺している。幸次もまさか美穂がバナナトラップに引っかかるところを見るとは予想もできなかったのだろう。


「そんなバナナ……」これまた昭和風味溢れる古典的セリフを吐きつつ、物凄いことになっている男の腕に回復の魔術を適当にかけ、美穂の手を取って歩き出す。




「はあ……」

美術室から教室へ戻る途中、美衣は数度目のため息を漏らした。

「お弁当分けてあげるからさ、一緒に食べればいいじゃん」

小遣い日前であり、美衣の財布の中身も大分心許なくなってきているのだ。

「うん、ありがと……」

ガラリと教室の扉を開ける。

何故か美衣の席には、制服を着ている淡い金色の髪の少女が優雅な箸さばきで重箱をほじっている姿が。要するに、ディアが美衣の席で美衣の弁当に舌鼓を打っている。

様子を見た美衣がつかつかと自分の席へ歩き出す。そして。

ぱしーん。

良い音が教室に響いた。


「……何? このバナナ」

食事が終盤に差し掛かったころ、幸次は弁当箱を入れたバッグから、1房のバナナを取り出した。机をくっつけて一緒に昼食をとっている美衣の友人も首を傾げながら、バナナを見ている。

「これは……ゲン担ぎ?」

美穂を転ばせたバナナを食べてしまおうという。もっとも誰か転ばないか願ったのは幸次であったのだが。聞いてもなお首を傾げる面々にバナナを配る。


魔法瓶に入れてきた紅茶を啜りながら、バナナを齧る。今度からはバナナの皮が落ちていたら拾うようにしよう。まさか身内の者が転ぶとは。

目の前の少女たちは、思わぬデザート(?)に目を輝かせながら皮をむく。

遠巻きに男子がちらちら見ている。幸次がニコリと笑って手を振れば、男子たちがざわりとどよめき手を振り返す。ため息をひとつついて、美衣達に視線を戻す。


幸次は、もっきもっきとバナナを食する美衣達を眺めながら、「ゴリラみたいだな」と呟いた。


……本当にそんなブームが来ているのでしょうか。

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