お弁当お持ちしました!
「あ」
と美衣は声をあげた。ゴールデンウィーク明けの昼休み。休みぼけなのか、美衣は弁当を忘れていることに気が付いた。
「あれ? あれれ?」
「どうしたの? 美衣?」
「うーん。お弁当忘れちゃったみたい。今日は学食かなぁ。お小遣い厳しいのになー」
「あはは。じゃあ今日は学食行こっか?」
「うん、ごめんー」
その時、美衣のスマホがメールを到着することを知らせるようにブルブルと震える。
『お弁当持ってきました。学食で待ってます。父』
「!!!!! ……ぉとぅさん……」
思わず呻き声を出す美衣。
私服で入るのは途中見咎められるはずなのだが。どういうことになっているのか。
「どしたのー? 美衣」
「あ、ううん。なんでもない……と思う……いこっか」
学食まで友人と歩いていく。父がどうやって侵入したのか、会ったらどういう顔をしてしゃべるのか。
「いやー、すごい可愛い娘だったよなぁ! 外国人だよな。あれ。転校生かな」
「うーん。見たことないんだよな。声かければよかったよ」
……足取りが重くなっていくような気がする。
父はすぐに見つかった。人だかりの中心にいたからだ。学食の席を陣取り、美衣を待っていたようで、弁当箱を膝に抱えてニコニコと辺りの生徒に話しかけられているのを捌いていた。美衣の制服姿で。
「……あれって、美衣の妹さんじゃない?」
「うん。お弁当持ってきたってメール来てたけど。まさかこんなに堂々と学食にいるなんて」
「制服着てるもんね。可愛いなぁ」
「私のだけどね」
「にこにこ顔で男子を捌いてるのねー。慣れてるのかなぁ」
「どうだろ? 聞いたことなかったな」
慣れているとすれば、異世界での経験なんだろうな。お偉いさんだったらしいし。
父が美衣に気が付いたのか、椅子から立ち上がって美衣に向かって大きく手を振る。ぶんぶん。
学食内にいる生徒の視線が、一斉に美衣たちの方に向かう。
ひぇっ。と喉の奥から声を出すと、早足で向かう。
「おねぇちゃんおそーい」口を尖らせ不平を言う父。どこかにぷんぷんと擬音が付きそうなあざと可愛い態度に内心ドン引きしながらゴメンと謝る美衣。周囲から可愛いとか声が上がる。
「ディア、お弁当ありがとう。一緒に食べる?」
「うん!」
「あれ? ディアの分は? 半分こする?」
「わたし、カレーライスにするー。もうお願いしたから」
えっ!? と声をあげると、男子生徒がカレーを持ってくるのが見えた。
「はい。ディアーナちゃん。カレーお待ちどう様」
「わぁっ! ありがとうおにいちゃん!」
満面の笑顔でお礼を言う父。
「どういたしまして。それで、今度の……」
何かを言いかける男子生徒にかぶせるように父が言う。
「あ、連絡があれば、美衣おねぇちゃんに伝えてくれればいいですよ!」「……うん」
なんとなくしょんぼりと席を離れる男子生徒。
さらに引く美衣。顔を引き攣らせていると、今度は友人が父を構いだす。
「ディアーナちゃん、私美衣のお友達。茜って呼んでね」
「はい! 茜おねぇさま! いつもおねぇちゃんがお世話になってます! ディアーナです!」
ぺこりとおじぎする。父。
「ご、ご飯食べよっか」
「今日はねー。わたしが作ってきたんだよー」
と、やけにでかい包みを取り出す父。
出てきたのは重箱。お正月に使うやつだ。その2段分を弁当箱に使ったというわけだ。
水筒から注がれたお茶を飲みつつ、重箱を開けていく。
1段目はまんまおせちだ。きんとんの部分がご飯になっているのが弁当っぽさを醸し出しているが。
2段目は……全て肉であった。
「……これ……何?」
「ん? ドラゴンのしぐれ煮。こんにゃくがアクセントかな」
「ぶっ!?」
噴いたお茶を拭きながら、父を見る。
なんだろう。ストレスでも溜まっているのだろうか。刺激とかほしいとか。
「ん? 余ってたから使ってみたの」
カレーを嬉しそうに頬張りながら答える父。
「よかったら茜おねぇちゃんもどうぞ」
にっこり笑いながら料理をすすめる父。
「え? いいの!? ……じゃ、遠慮なく……」
いきなりドラゴンに箸を出す茜。
ぱくっ。もぐもぐもぐ……
目を宙に漂わせながら咀嚼する。
「んんー?」
「どうだった?」心配そうな美衣。
「……爬虫類っぽい味……ワニっぽい」
「えっっっ」
「えっ!?」
2人同時に驚きの声が出る。大体正解ではないだろうか。
「……ワニなんて食べたことあるんだ」
「う、うん。通販でお父さんがお取り寄せしちゃってね。食べたことあるんだよー」
「通販……なんでもありなんだね」
レッドドラゴンのしぐれ煮以上のインパクトを受けてしまった幸次は、なんとなく敗北感を感じつつ重箱を片手にとぼとぼと帰宅した。




