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鯉のぼり

夢を見ていた。


ここではない世界で、子供を抱いている夢だ。

周りには美穂や美衣、幸太もいて聖女としての半身もいて、皆笑って暮らしている。夢なので、目覚めたときには詳細は覚えていなかったのだが、楽しい気持ちになったのは覚えている。何故か、枕を涙で濡らしていたのであるが。


気が付くと、美穂に抱きしめられていた。背中をトン、トンと幸次を落ち着かせるように優しく叩く。

「ああ、今日はこどもの日かぁ。思い出しちゃったかな」

「……うん」

幸次は美穂の胸に顔をうずめたままなので、声がくぐもる。昔から2人きりの時には、幸次はこうして美穂に甘えることが多い。子供のころは逆の関係であったような気がするが、いつの間にか2人の時は幸次がよく甘えてくるようになっていた。何も言わなくとも、幸次が何を思っているかなんとなく察しはつくのだ。

「今日は柏餅でも作ろうか」

「うん」

「幸太に買った五月人形飾ってさ」

「うん」

「夜は菖蒲湯に入るの。私と」

「え」

「私と」

「……うん」



突然端午の節句が始まった夫婦の様子に驚いた子供たちであったが、様子を見るにつれ理由をなんとなく察したのか、1日中付き合った。以前は子供達のためにやっていたことが、今は自分のために付き合ってくれていることに、気恥ずかしさを覚えるところもあった。

柏餅はチョコとカスタード、味噌餡とゴマ餡。美衣、美穂、幸次、幸太のリクエストである。普通のアンコは出番なしであった。餡を餅の中に転移させて作り、それなりに家族を楽しませた後、美穂と菖蒲湯に浸かる。

後ろから抱く形で美穂が幸次の腹に手を回す。これも以前とは逆だ。

ぽつり、ぽつりと交わされる会話。のぼせそうになる位そうしていたが、不意に幸次が向き直る。美穂に正面から抱き付き、顎を美穂の肩に乗せる。脚は後ろに伸ばして美穂に上半身がもたれかかる。元々軽いうえに、お湯の中。殆ど重量は感じない。

顎を肩に乗せていた幸次は、美穂の耳に口を近づけて囁く。

「今日は本当にありがとう」

美穂は笑みを浮かべて、良人おっとを抱きしめた。



幸次はのぼせてふらふらになり、早めにベッドにもぐり込む。半分は気恥ずかしさからだ。

眠る直前までいじっていたのであろう。スマホを握りしめて丸くなっている幸次に布団をかけなおす美穂。頬に唇を落として明かりを消す。


書斎の窓。外には小さな鯉のぼりが泳いでいた。


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