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魔道寿司

ぴんぽーん。玄関のチャイムが鳴っている。今日は来客があるのだった。

休日の夕方。ゴールデンウィークの後半が始まった浮き立った気分で、宿題を終えた美衣である。玄関のチャイムに誰も反応しないのを怪訝に思いつつ、自室から階段を降りてきて、客を出迎えてリビングの前にたどり着いたとき、それは聞こえてきた。


「あっ、あん。きも、ち、いい」

「そこっ、そこかいいの。そこっ、ああん!」

(お、お父さんの声!? ……あ、開けていいのかな)

リビングの扉の前でおろおろする美衣。隣で顔を真っ赤にしている男、同学年の橘君だ。今日はみんなで夕食に誘ったのである。が。

扉の向こうからは幸次の嬌声が聞こえてくる。開けたら父の痴態でした。なんてことになったら、どちらかが家出しかねない。

1つ深呼吸してそれでもまだどきどきしている胸を押さえつつ、そおっと扉を開ける。


「ああん。そっ、こっ! いい!」

幸次が蕩けた顔で美衣を見る。

「あんっ! あ、美衣、美衣もどぉ? あん」

うつ伏せになった幸次に美穂がマッサージしていた。

「くぅぅぅぅっ! あいた。何するんだ」

美衣が幸次の脳天にチョップしつつ叫ぶ。

「静かにやんなさいよ! 紛らわしい!」


「ふう……あー、気持ちよかった」

こき、こき、と首を回しながら満足そうな幸次。

「ディアーナ、お客さんよ」

げっ、と目を見開いてのけぞる幸次。

「こ、こんにちは。ようこそ橘君」

取り繕う間もなく部屋に通されていた橘にとりあえずはどうにか挨拶する。上気し、力が抜けたような顔。年若い少女が見せるそんな笑顔は、妖艶な雰囲気をむんむんと漂わせてちょっと、その、エロい。少なくとも、若い高校生男子にはそう見えたのだ。

「うわ、ええと。今日はお招きいただきありがとうございます。佐藤さん、お母さん」

誰がお母さんだ。と心の中でツッコミながら、「準備してくるから、橘君はくつろいでいてね。美衣……おねぇちゃんは、お茶でも入れていてくれるかな?」

「はいはい」

と、美衣はニヤニヤしながらティーセットを取りに行った。


今日は、橘君を招いて寿司パーティだ。先日、幸次が魔術を使った料理に寿司があるという言葉に美衣が食いついた形だ。美衣が面白がって橘君を招待したおまけ付で。


異世界には、少なくとも幸次が知る限りでは、寿司に出来るような米は無かったようで、野生種の稲から取れた物で代用していたのである。帰還したからには、日本の美味い米で寿司を握ってみようというわけだ。

幸次は寿司というのは、ご飯を上手く握ることであるということを知っている。一定のご飯粒の数、一定の米と米の隙間。それがネタと一体になって、口の中に入れるとパラリとほぐれ、素晴らしいハーモニーを奏でるのだ。


ということを知識では知っていた。頭でっかちな知識だ。

料理の技術が何もなければ、ただ口うるさいだけである。しかし、今の幸次は魔道寿司職人と言っていいくらい卓越した技と魔力を持っているのである。異世界で披露すると殆どの人間は開いた口が塞がらなくなるような魔術の使い方、魔力の無駄遣いであるが、幸次はそんな魔術の使い方が気に入っていたのだ。


薄い水色の胸元にフリル、ポケットにリボンのついた可愛らしいエプロン姿で、台所に立った幸次は、全身に魔力を行き渡らせる。


寿司飯を作る。

ご飯をお櫃に入れ、昨日から仕込んでいた寿司酢をかける。ここでご飯を魔術で浮かせてご飯一粒一粒に酢をまぶす。風の魔術で余分な水分を飛ばして冷ましていく。この時もご飯を宙に浮かせ、ご飯を解しながら風を当てる方向を変えてやる。しゃもじを使用しないで魔術を行使することで、寿司飯に粘りが出ないようにする工夫だ。


先日かねてよりアメ横で買い求めたマグロのブロック。幸次は包丁を使わずに風の魔術であるカマイタチを現出させる。これでネタを切っていく。ものの数秒でブロックが赤身、中トロ、大トロに切りわけられ、寿司ネタの大きさに切られていく。

カマイタチを使うことで、包丁より断面が滑らかになるのである。

幸次は大トロが苦手なのだが、余計な油を落とした「炙り」なら食べられる。これは食べる直前に炎の魔術で対応する。ガスやバーナーよりも焼いた面がベタベタしないのが特徴だ。

ヒラメも縁側を上手く切り分ける。

アワビは肝を醤油と合わせて肝醤油にする。ここでは肝を瞬時に細かく刻み、醤油に漬けてある。アワビの握りに付けて出すつもりである。

この間、殆どネタには手を触れていない。己の体温でネタの鮮度が落ちないようにするためである。

卵焼きもフライパン上で魔術を使って整形しながら、炎の魔術で全方向から焼いていく。風の魔術で常に空気を入れてふわりと仕上げる。普通は握りやすいように固めに仕上げるのが寿司屋の卵焼きであるが、幸次の魔道寿司の場合、固さはあまり気にしないのである。


ここまでの作業で、殆どの魔術師は魔力切れを起こすか、器用に魔術を使用できずに周りの器物を破壊してしまうものである。この作業を平然と行う幸次に、見る者は幸次の魔力、術行使の正確さに舌を巻き、食への執念に心底呆れるのである。


「さて、握ろうか」

ここからが魔道寿司の本骨頂である。

木のお櫃から、粒を正確に割り出し、空中に一粒一粒張り付いていく。握るのではなく、一定の力を粒にかけつつ中心となる米に張り合わせていくのである。中心部は緩く、外周部はしっかりと。そこに擦りたて(これは普通に鮫の皮ですりおろした)をのせる。最後にネタを載せ、全体を魔術で優しく包み込む。


仕上げに、寿司の上に煮切りやレモン塩などで味付けしていく。ネタの切断面が滑らかすぎて醤油を弾いてしまうためだ。


こうして幸次の寿司は完成した。



魔道寿司パーティは盛況のうちに終わった。

現在、幸次は美穂の背中をマッサージしている。

「そういえば、幸次も誘われていたわね。橘君に。行くの?」

来月は橘の誕生会があるのだとか。美衣と幸次も誘いを受けていたが、エプロン姿にポニーテイル姿の幸次ばかり見ていたことから、幸次を誘いたいのは丸わかりだ。

「橘君の誕生会か。まだ先だし、うやむやにするか美衣に断ってもらうかね」

「あら、じゃあ美衣が1人で行くことになるけど。いいの?」

「……良くはない。美穂は気にしないんだな。やっぱり」

「え?気にしないわよ。貴方がそんなことをしないのは知っているもの。何年夫婦していると思っているの?」

ふふ、と笑った幸次。好きな相手から寄せられる信頼を感じさせる言葉は、自然と笑みを作る力があるのだ。



魔法で寿司握ったらどうなるのかなぁ、と妄想しながら書きました。本当は大好きなアナゴやハマグリ、コハダなどを仕込むところを書いてみたかったのですが、元々の知識が無いので見送りです。

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