温泉(2)
みんな大好きお風呂回!
男同士の会話はこんなもん、のはず。
「父さん、やっぱり向こうで入ったほう良かったんじゃない?」
「まあ、仕方ないな。向こうもこっちも2人が精いっぱいの広さだし」
幸次と息子の幸太は入浴中。父と息子の裸のお付き合い。
実際には、乳とムスコのお付き合い。だ。
この旅館には貸切風呂が2か所ある。増築を繰り返した古い旅館は、さながら迷宮のようだ。その一角にある貸切風呂を探し当て、一緒に探していた息子と入浴したというわけだ。
「まあ、こんな美少女と風呂なんてちょっとないぞ。いい機会だから、幸太も経験しといた方がいい」
「本人がそういうのもちょっとないな。それが親父ってのもかなり無いぞ」
「背中流してくれ」
と言って、湯船から出る幸次。何も纏ってない。丸見えだ。色々と。
「ちょっ……いや、父さんだと思うと、意外と普通だな。うん、なんか平常心だ」
「うん? まあ、欲情でもしたら、夕食時のネタになるだけだがな」
「そういうのやめてくれよ……」
よいしょ、と座る幸次。正座だ。
「あれ、正座なのな」
「うむ。胡坐だと衛生的に駄目らしいな。どう駄目なのか聞きたいかね?」
「あー……いいです。髪纏めるのもお手のもんだな……」
「流石に慣れるな。美衣の方がうまいが」
「向こうは本職だからな」
「本職て」
「ネイティブ?」
「なるほど。ネイティブ系女子。か」
くだらない、しかしある意味男子っぽい会話を交わしつつ、石鹸を泡立てる幸太。父の背中を見る。
広かった、大きかった背中。戻ったらずいぶん小さい。失踪前との差に絶句する。
「……幸太、俺は俺だぞ。お前が腹を立てても仕方ないことだ。俺の方は決着はついてるんだ」
相変わらず優しい子だ。美穂に似て前には出ないが、いつも近くの人を見ているようなやさしさ。今のように理不尽なことに腹を立てるところは、向こうの世界で支えてくれた誰かに似ているような。
「……あー、いつもみたいに擦ればいいよな」
幸次の声に我に返った幸太は、幸次の滑らかな背中をこすり始める
「あ、いて、いててててててて! まて、ちょっとストップ!」
「あれ、やっぱ痛いのか」
「やっぱって。しかし痛いな。垢すりなんてしばらくやってなかったからなぁ、慣れてない感じだな。タオルで頼むわ」
「あいよ」
男同士の入浴は、しばらく続いた。
「ちょっと、お父さん遅いーーー!! お兄ちゃんと何いちゃいちゃしてんのよ!」
「すげぇいいかがりだな! 男には男同士の話し合いがあるんだよ!」
「男はお兄ちゃんだけだし! ……お父さん、どうだった?」
「ん? お、おう。 いやその。色々実感した」
「お兄ちゃん、やらしー」
「なんで」
部屋には既に美穂と美衣が戻っていた。部屋食であり、その配膳時間がそろそろ近づいていた。
「美穂、冷蔵庫のビール飲んでいいかな?」
「! ちょっとお母さん」
ごにょごにょと耳打ちする美衣。なんか嫌な予感が。
「幸次、もっとかわいく言ってくれたら嬉しいかな?」
「ぐ……よかろう。俺の女子力見るがよい」
変に闘志を燃やす幸次。酒飲みの執念、ここに極まれり!
幸次は、いや、ディアーナは可愛らしく小首を傾げ、両手を胸の前で組む。
「美穂おねぇちゃん、冷蔵の飲物、ディア飲んでいいかな?」
父の威厳など、風呂上がりのビールの前には無力であった! ある意味、親父の論理で行ったディアーナのおねだりは、それでも美穂には効果的であった。
「え、あ、うん。飲みすぎないでね?」
「はーい」
微妙にキャラを引きずっている幸次は、手慣れた手つきで栓を抜くと、ビールをそそぐ。
「幸太も飲むか」
「あ、うん」
すっかり幸次が空気を支配した空間。聖女のカリスマ? のような、ちょっとずれている何かがこの空間を支配している。どちらにせよ、駄目な人間が、駄目な空気にしていることには違いないのだ。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ」
いつもの父の姿を幻視する3人であった。
夕食。鯉の洗いがやたら美味かったこと以外は、普通の食事ではあった。
「美衣、明日は女風呂行こう。いい油臭するらしいぞ」
「う、いいの? お父さん。てか、油臭て」
いいの? おとうさん。こんな言葉が娘の口から出るなんて! お父さん感激だよ。と感動する幸次。
「うむ、油臭だ。このあたりは、石油っぽい匂いがする温泉が多いな。ある意味聖地らしいぞ。聖女であるところの俺もほれぼれする位だ」
「聖女認定聖地(温泉)か。ありがたいかどうか、ものすごく微妙ではなるな。父さんだし」
「失敬な……む、そろそろ寝るか。いつの間にか母さん(美穂)を膝枕しとる」
「あ、ずるい! わたしも!」
「あー、じゃあ、俺も寝るわーお休み」
「おう、お休み」
と、幸太が自分の部屋に戻る。
「お父さん」
「うん?」
「ぎゅってした寝ていい?」
「……頼むから、そういうのは止してくれ」
「うん。わかった」
「……」
幸太は美衣と美穂に、ぎゅっとされて寝た。
「なんだこれ」
温泉一日目終わり。二日目もちゃんと書く!
あそこの鯉、ほんと美味しかったです。




