第38話 キス?
瑛理子先輩が、プイッとそっぽを向いてしまった。昼食の時はグイグイきていたのに、ほんと女心は分からない。
「えっと、お互い頑張りましょう」
「そ、そうね」
声を掛けても振り向いてくれない。
少し寂しいな。
ガバッ!
「おぉい、俊! 何であたしを呼んでくれないんだよぉおおぉ!」
突然後ろから衝撃を受けたかと思えば、大型犬のようにじゃれついてきたメアリー先輩だった。
「ちょ、メアリー先輩! 何してるんですか?」
「だって、俊があたしを構ってくれないからぁ!」
「構ってると思いますけど」
「お昼は瑛理子や真美と一緒だったんだろぉ? 噂になってたぞぉ」
しまった。もう噂が広がってるのか。まさか、俺が瑛理子先輩に踏まれたのはバレてないよな?
「あたしとも食べろよぉ!」
「今度、今度食べますから」
「じゃあじゃあ、デート決定な」
「ででで、デートぉ!?」
予想外の返答がきて、俺は耳を疑ってしまった。
「えっ、俺がメアリー先輩と? ええっ!」
「何だよぉ。嫌なのかぁ?」
「嫌じゃないですけど」
「なら決定な♡ ぬふふぅ♡」
「ダメよ!」
勝手に決定しそうになったその時、何故か横の瑛理子先輩が口を挟んできた。
これにはエミリー先輩が不満顔だ。
「何で瑛理子が断ってるんだよぉ? 嫉妬か? 嫉妬なのか?」
「ち、違うわ」
メアリー先輩のじゃれつきが、俺から瑛理子先輩へと移った。背中に抱きつきながらウザ絡みしている。
「うりうり、隠すな隠すな。『私の俊が取られちゃう~』って感じだろ?」
「違うって言ってるでしょ」
「じゃあ俊とデートしても良いよね?」
「それは……嫌よ」
「やっぱり好きじゃんかぁ」
「んくぅ…………」
えっ、瑛理子先輩が照れているのだが?
顔を真っ赤にして目が泳ぎまくりなのだが?
「良いじゃんよぉ。俊を一日貸してくれよぉ」
更にメアリー先輩がツッコもうとした時、彼女の後ろから三年生女子が現れた。
「こら、黒森さんはアンカーでしょ! 定位置に戻るわよ」
「リレーの勝負はメアリーにかかってるんだから!」
ズルズルズルズルズルズル――
「あああぁ! あたしはまだ俊と話がぁああああぁ」
こうしてメアリー先輩は引きずられていった。
何をしに来たのやら。
「えっと、瑛理子先輩。困りましたね」
横の瑛理子先輩に話を振ると、彼女は口を尖らせながら俺を睨む。
「ダメ。大崎君はデート禁止よ」
「何で?」
「ダメッたらダメ! 大崎君は一生デート禁止」
「厳しすぎますって!」
今日はいつにも増して瑛理子先輩が挙動不審なのだが。
パァン!
そうこうしているうちに、男女混合リレーが始まってしまった。全学年一斉に走り、男女の順番もバラバラのレースだ。
順位が頻繁に入れ替わり、息をつかせぬ展開が人気の種目らしいのだが。
こんな大人気種目に、文化部の俺が出ることになるなんてな。
「俺のクラスの順位は……後ろの方みたいだな」
良かった。先頭集団なら責任重大だったけど、後ろの方なら気が楽だ。
俺のグループの走順がきたようだ。一斉に第七走者がレーンの中に入った。
ドキドキドキドキドキドキドキ――
ヤバい。緊張する。
ふと瑛理子先輩に視線を向けると、グラウンドに立つ凛々しい姿が目に映った。
長い黒髪をポニーテールにした横顔は、思わず息を呑むほど美しい。ショートパンツから伸びる長い脚は、白くきめ細やかな肌と適度な肉付きの良さで、ゾクゾクするような妖艶さだ。
本当に綺麗な人だな。
自然とそんな感想が出てしまう。
周囲が続々とバトンを受け渡していき、残るは俺たち数人だ。
俺がバトンを受けたのは、瑛理子先輩のクラスのすぐ後だった。
「くっ、こっから挽回なんか無理だよな。せめて抜かれないようにしないと」
走り出してみたものの、運動不足なのか足が重い。
すぐ前には、瑛理子先輩の疾走する姿があり、ついつい見惚れてしまう。
いかんいかん、見惚れている場合じゃない。一つでも順位を上げるとするか。
「すみません先輩、抜かせてもらいます」
俺は体に気合を入れ、すぐ前の瑛理子先輩を抜こうと地面を蹴る。
抜くと言っても、変な意味じゃないぞ。順位を上げる意味だ。
「きゃっ!」
瑛理子先輩の横に並んだ時だった。彼女が足をもつれさせ、大きく前に倒れ込んだのだ。
「危ない!」
俺はとっさに動いていた。彼女の下敷きになるよう、地面へと滑り込む。瑛理子先輩を守るように。
どうしてそう動いたのか自分でも分からない。
瑛理子先輩の綺麗な体に傷を付けてはいけないと思ったんだ。
ズザァアアアアアアー!
「ぐあっ! 痛い!」
俺は地面と瑛理子先輩との間に挟まり、数メートルほどスライディングした。
肘と膝が燃えるように熱い。
「せ、先輩……無事ですか?」
瑛理子先輩に声を掛けてみると、俺の上で慌てている様子が伝わってきた。
「ちょ、ちょっと、大崎君、大丈夫!?」
「瑛理子先輩、無事だったみたいですね」
「私は無事よ! でも、大崎君が!」
「俺は……いいですから……先輩の綺麗な体に傷が付かなくて良かった……ガクッ!」
「大崎君! 大崎君! 大崎君!」
ちょっとカッコつけてみただけなのに、瑛理子先輩は必死の形相で取り乱し始めた。俺を仰向けにして体を揺さぶっている。
ちょっとビックリさせすぎたかな。
ズルッ!
「きゃあっ!」
ドサッ!
「んんっ……」
えっ!?
今、俺のくちびるに……柔らかな感触が?
俺の上で右往左往していた瑛理子先輩が、体勢を崩して倒れ込んできたのだが?
それで、先輩の顔が俺の顔に重なって……?
「んんぅ♡ くぅ♡」
顔から火が出そうなほど赤面した瑛理子先輩が、口を押えてパニくっている。
「あっ♡ い、今のは♡ わざとじゃなくて♡ ご、ごめんなさい♡ ううっ♡」
そう言い残して、瑛理子先輩は走り去ってしまった。
「ええっ、今のって……」
キス……だよな? 瑛理子先輩が俺に?
ふ、不可抗力だよな?
◆ ◇ ◆
結局、俺のクラスは男女混合リレー最下位だった。
俺はというと、怪我した箇所を水道で洗い、今は保健室で消毒してもらっているところである。
「はあぁ……クラスの奴らに合わせる顔がない……」
窓の向こうに見える校庭から、体育祭の閉会式の声が聞こえてくる。ちょうど総合順位の発表をやっているようだ。
「あれは仕方がないぞ。大崎」
操ちゃん……瀧先生が、俺の膝に消毒液を塗ってくれている。
保健室の先生が出払っているそうで、代わりに瀧先生のお世話になっているのだが。
「先生、俺のせいで負けたって思われてますよね?」
「そうでもないぞ。お前が万里小路を救ったと話題になっていたな」
「そうなんですか?」
俺は足元にしゃがんでいる瀧先生を見つめた。
椅子に座る俺の股間近くに顔があり、何だかイケナイ感じに見えるけど。
「ああ、万里小路が足をもつれさせたのを見ていた生徒がいてな。お前が下敷きになって助けたって噂を流していたぞ」
まさかキスしたのは見られてないよな?
「先生、他に何か噂はありませんでしたか?」
「そうだな、他には……お昼休みに大崎が女子に挟まれていたとか、ベンチでじゃれ合ってたどか」
「ぐはあぁ!」
色々見られていた。でも、キスしたのがバレてないなら……。
キスを想像して、俺の心拍数が上がり体が火照るのを感じた。もの凄い高揚感で胸がいっぱいになる。
「ああぁ、ヤバい。こんなの我慢できない」
不可抗力とはいえ、あの瑛理子先輩とキスしてしまったのだ。意識するなという方が無理がある。
「そ、その、大崎……」
ふと気がつくと、瀧先生の顔が、俺の股の間に入っていた。
「お、大崎、若くて我慢できないのは分かるが、ここは学校で私は教師なんだ。そ、その、口でして欲しいとか……そういうのは……。て、手でなら……」
は? 何を言っているんだ、この先生は?
変態かな?
「先生、官能小説ネタはいいですから、早く絆創膏を貼ってください」
「くっ、き、貴様……私をからかっているだろ。この天然ご主人様め♡」
相変わらず操ちゃんは変な教師だった。




