第24話 彼氏になって欲しいの
「瑛理子先輩、序盤の一万文字まで書けました。どうでしょうか?」
今日も俺は文芸部の部室だ。部長の瑛理子先輩に、自作の小説を見せているところである。
「良いわね。良く書けているわ」
しばらく無言で読んでいた瑛理子先輩が口を開いた。
「異世界ファンタジーね。心に傷を負った主人公が転生し、スキル『心の再生』を手に入れる無双もの。スキルでヒロインの心の傷を癒しハーレム展開になりつつ、悪徳貴族を断罪し成り上がる物語よね。面白いわ」
やっぱり自分の小説を人に読んでもらうのは恥ずかしい。まだ稚拙で誤字脱字も多いから。
でも、瑛理子先輩は決して否定せず褒めてくれる。
「後は文章だけど、ある程度ルールを守った方が良いわね。あと地の文は――」
瑛理子先輩は教え上手だな。さり気なく助言してくれる。説明も分かりやすいし。
「こういう風にね」
「はい、ありがとうございます」
「初めてにしては良くできているわ」
嬉しい。瑛理子先輩に褒められると嬉しい。
普段は怖いイメージなだけに、微笑まれたり褒められたりすると嬉しさ倍増なんだよな。
「最初は執筆や創作を楽しんだ方が良いわね。いきなり人気やランキングを意識すると苦しくなるわよ」
「はい」
「私のも読んでみる?」
瑛理子先輩はノートパソコンを俺に向ける。
「はい、ぜひ」
冒頭を読んだだけで一気に物語の中に引き込まれた。
『重苦しい空を仰ぎながら、有馬勇二は足元に転がる空き缶を蹴り飛ばした――』
それは重厚な官能小説だった。社会への怒りに突き動かされる勇二と、堕ちてゆくヒロインの淫靡さが、息苦しいほどの迫力で伝わってくる。
エロい。エロいのに凄い。そして、突き抜けたエロは、まるで純愛のように感じてしまう。
俺の小説とは別次元だ。
「どうかしら?」
瑛理子先輩が不安そうな顔をする。
「面白かったです」
「ホント?」
「はい、特に女王のように凛々しかったヒロインが、罠に嵌り蟻地獄のように堕とされてゆく展開がたまりません」
「男性に面白いと言ってもらえて安心したわ。エトワール書院のコンテストに応募してみるわね」
瑛理子先輩は、ほっと胸を撫でおろす。
どうやら官能小説のメインターゲットである男性の意見が欲しかったようだ。
「でも珍しいですね。今までのは女王様が男を調教するのが多かったのに」
「大崎君のおかげよ」
俺の? 何かしたっけ?
「やっぱりギャップが大切なのよね。完璧に見える女王ヒロインが、徐々に屈してゆき堕とされる。このプライドの高いヒロインが陥落する展開が良いのかと思って」
そういえば『ギャップ萌え』とか言ったような?
あれで俺の意見を取り入れたのか。
「そ、それに……っ♡ 最近、何だかムラムラ……じゃなくモヤモヤして……」
急に瑛理子先輩の様子がおかしくなった。
「大崎君が、踏ませてくれないし」
「は? まだ踏もうとしてたんですか?」
最近は踏んでこないから諦めたと思ってたのに。
「だ、だって、大崎君を見てると踏みたくなるのよ。やっぱり素質あるわ」
「何の素質ですか!」
まったく、やっぱり瑛理子先輩は瑛理子先輩だった。最近は、ふとした拍子に可愛いとか思ってたけど。
まあ、ドSなところも魅力かもしれないけどさ。
「しょうがないですね。踏まれるのは困りますが、俺にできることなら何でも協力しますよ」
「ホント!?」
おいおい、瑛理子先輩が目を輝かせているのだが。ドSなのは勘弁してくれ。
「そ、それでね……あの……」
珍しく瑛理子先輩がハッキリしない。両手をモジモジさせたり、上目遣いでチラチラ俺を見たりと。
まるで恋する乙女みたいだ。
恋する乙女だと!? 無い無い!
瑛理子先輩が俺に恋するなんてありえないよな。
「あのね……大崎君……」
「何でしょうか?」
「わ、わた、私と……お付き合いしてくれないかしら?」
「えええっ!」
だだだ、大事件だよ!
本当に恋してた……だと!?
お、俺に? 瑛理子先輩が?
待て待て待て! 俺には真美さんという好きな人が!
どうしよう……。俺も瑛理子先輩を、す、す……。
「あの……瑛理子先輩……」
「だからね、フリで良いのよ。鷹司さんに諦めさせるため」
「えっ?」
あれっ? 何かおかしな展開に?
「鷹司さんが私を諦めるように協力して欲しいの……って、どうしたの大崎くん?」
思い切り肩を落とした俺を、瑛理子先輩は戸惑ったような顔で見る。
恥ずかしい。超恥ずかしい。
一人で舞い上がって。
彼氏じゃなく彼氏のフリじゃないか。
「はぁ、どうせそんなことだと思いましたよ」
「ごめんなさい。期待させちゃったかしら? ふふっ」
何故か瑛理子先輩は嬉しそうだ。
「やっぱり大崎君って、私のことが好きだったのね。踏まれたいのかしら?」
「ち、違いますから! だいたい瑛理子先輩は紛らわしいんですよ!」
「ふふっ♡ べつに隠さなくても良いじゃない。私も大崎君を……コホンッ」
雄弁に話していた瑛理子先輩だけど、途中で咳払いして黙ってしまう。
「どうかしましたか、瑛理子先輩?」
「な、何でもないわ」
「何か怪しいですね」
「怪しくないわよ」
瑛理子先輩が拗ねてそっぽを向いてしまった。やっぱり怪しい。
「とにかく、鷹司さんを諦めさせるために協力してもらえないかしら」
「まあそれなら。あの人、しつこそうでしたからね」
「ありがとう。助かるわ」
瑛理子先輩が俺の手を握った。
すぐに手を離し横を向くのだが。
「コホン! とにかく、そういうことだから」
再び俺の手を握った瑛理子先輩が、その腕を恋人のように絡ませる。
「いきなりだとボロが出そうだから練習するわよ」
「へっ? あ、はい」
「こうかしら? くっ♡ こう腕を組んで……。んっ♡ やっぱり無理!」
途中で瑛理子先輩が体を離してしまった。
後を向いて、両手で顔を押さえている。
そんなに嫌がらなくても。
「無理なら止めますか?」
「無理じゃないわ」
「どうしたんですか? 前は距離バグってたり、足で踏んだりしてたじゃないですか」
「あの時と今では心境が違うのよ」
どう違うんだろ? 女心は難しい。
「も、もう一度やるわよ」
震える手を伸ばす瑛理子先輩。そんなに無理しなくても。
「えいっ!」
「ちょ、痛いです」
「我慢しないさよ。くぅ♡」
「先輩? 顔真っ赤ですよ」
「しょ、しょうがないじゃない! 恥ずかしいのよ」
結局、また瑛理子先輩が後ろを向いてしまった。
「もうっ! 何だか納得いかないわ。何で私だけ恥ずかしがっているのよ。大崎君も恥ずかしがりなさい」
「そんなこと言われましても」
俺も心臓バクバクなのだが。耐えているだけで。
瑛理子先輩みたいな超絶美少女に接近されて、照れない男なんている訳ないだろ。
しかし瑛理子先輩に自覚は無いようだ。
「大崎君、あなた女性に慣れているのかしら?」
急に瑛理子先輩が不機嫌になった。口を尖らせているところが萌えポイントだぞ。
「もしかして望月さんとイチャイチャしているとか?」
「何で真美さんが出てくるんですか?」
「知らないわよ! 仲が良いんでしょ!」
「仲は良いですけど」
「ほらぁ!」
えええっ!? 瑛理子先輩が『ほらぁ!』とか言ってるのだが。超レアなのだが。
何だこの可愛い嫉妬彼女みたいな反応は。
「もしかして妬いて――」
「妬いてないわよ!」
「でも顔が赤いですよ」
「大崎君も赤いわよ! 人のこと言えるのかしら?」
何故か瑛理子先輩が意地になっている。
より体を押し付けるように抱きついてきた。
「ほら、こうよ! こうするの!」
「だから近いですって!」
「ふふっ♡ 照れているのかしら?」
「照れてるのは瑛理子先輩でしょ」
「照れてないわよ!」
ガラガラガラ!
俺と瑛理子先輩が押し合いへし合いしているところで部室のドアが開いた。
まあ、オヤクソクと言うべきか。
「こんちはーっス。文芸部正規部員の佐渡雅、颯爽と登場っス…………って、やっぱりっスか!」
ドアから顔を出した雅先輩が、見てはいけないものを見てしまった顔をしている。
「ち、違うのよ、雅、これは……」
「そうです! これは付き合うフリでして」
瑛理子先輩と俺の声が重なった。同時に釈明しようとするのだが。
「良いっスよ。良いっスよ。雅は小一時間席を外しているっス。部室エッチをお楽しみっスね」
完全に誤解した雅先輩がドアを閉めようとする。
それを阻止しようと、瑛理子先輩がドアを掴んだ。
「ちょっと待ちなさい! 誤解よ! エッチしてないわよ!」
「良いっスよ! 瑛理子先輩って男嫌いだと思ってたっスけど、最近何か女子っぽかったっスから」
「女子っぽくないわよ! 全然! これぽっちも!」
「無理しなくて良いっスよ」
「無理なんてしてないわよ! もうっ! もうっ!」
必死にドアを開けようとする瑛理子先輩を見ていると、自然に笑いが込み上げてしまう。
今日はレアな先輩を見て得した気分だ。




