第19話 疑惑の顧問
月曜日の朝。
俺は教室に入ってすぐ机に突っ伏した。
「あああぁ、俺はどうすれば良いんだ……」
頭を抱えながら独り言をつぶやいてしまう。
真美さんとのデート以来、どうも関係がおかしくなってしまったのだ。
今朝も目を合わせてくれなかったし。
凛と一緒に登校するため家に寄った真美さんだが、何故か他所他所しかった。
俺が挨拶しても、顔を伏せてしまったり、挙動不審でクネクネしたり。
もしかして嫌われたのだろうか?
おかげでずっとモヤモヤしっぱなしだ。
「どうしたよ、大崎。女に振られたのか?」
いつものように長瀬が声をかけてきた。
開口一番にそれかよ!
「ふ、ふふ、振られてねーし!」
「こりゃ重症だな」
俺の表情で何かを察した長瀬は、元気出せとばかりに肩を叩く。
「だから振られてねーって」
「でも悩んでるんだろ? 話しくらい聞くぜ」
俺は一連の流れを説明した。
もちろん固有名詞は出さず。
「ほう、憧れの先輩とデート中に他の女と密会したのか。そりゃ完全にアウトだろ」
「お前は慰めてるのかトドメを刺そうとしてるのか、どっちだよ!」
「どっちもだな」
「おい!」
そんな長瀬だが、興味深そうな顔になって考え始める。
「そうか、まさかあの万里小路先輩と関係が進んでいるとはな」
「なっ!」
全部バレている。一言も瑛理子先輩の名前を出していないのに。
「何で分かったんだ?」
「そりゃ分かるだろ。噂になってるし。あの孤高の女王がお前と仲良くしているって」
「そうなのか!?」
全く気づかなかったぞ。
「男子どもが凄い嫉妬してたぞ。あの国宝級美少女の万里小路先輩が、お前と付き合ってるんじゃないかって」
「その疑念は晴れたんじゃねぇのかよ」
俺と瑛理子先輩は何でもないはずだ。
そもそも先輩は恋愛に興味が無いようだし。たまに距離が近かったりするけど、あれは創作仲間としての空気感だからな。
ただ、俺が居心地の良さを感じているのも事実だ。瑛理子先輩と一緒に小説の話をする時間は楽しいから。
「おい大崎、それで望月先輩とはどうなったんだよ?」
長瀬が興味津々な顔になる。
デートの相手が真美さんなのもバレてたか。
「それが聞いてくれよ。今朝なんか、目が合うと急に顔を逸らされたり、うつむいたまま黙っちゃったり、会話の途中で手で顔を押さえて隠しちゃったりするんだよ。嫌われちゃったのかな?」
俺の話を聞いた長瀬が、わざとらしく大きな溜め息をついた。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「どういうことだよ」
「教えてやらねえ。何かムカつくから」
「おいこら!」
俺がふざけて出したパンチを、長瀬は剣客のような動きで止めた。
「甘いな」
「近藤さん、その長曽祢虎徹は偽物ですよ」
「義を重んじ君恩に報い武勇を成せば、いずれこれが誠になるのだよ、沖田君。って、そのネタはやめろ!」
「ノリノリじゃねーか」
意外と虎徹ネタは喜んでたのか? このツンデレめ。
ガラッ!
「おーい、席に着け。ホームルームを始めるぞ」
担任の瀧操先生が入ってきた。
知的なメガネを掛けボディラインが出たスーツを着た、いかにも女教師といった感じのアラサー女性だ。いかにもといっても、本物の教師という意味ではなくエッチなビデオに出てくる女教師っぽいという意味だが。
そういう意味で男子生徒には大人気である。
「操ちゃん、ちーっす!」
「今日も綺麗です、操ちゃん!」
一部の男子が囃し立てる。
ただ、この後の展開もいつもと同じだ。
「騒ぐな小僧! 椅子の上で正座してろ!」
「はいっ!」
「さーせん!」
嬉しそうに正座をする男子生徒たち。ドMかよ。
まったくドM男子が多すぎだぜ。
◆ ◇ ◆
「おい、大崎」
放課後になり教室を出ようとした俺を、担任の瀧先生が呼び止めた。
「はい」
俺は身構えながら振り向く。
何も問題は起こしていないはずだぞ。
ところが瀧先生は予想外の言葉を口にする。
「お前、文芸部だったよな。部室まで案内しれくれないか?」
「えっ? 先生も官能好きなんですか?」
「お前は何を言っている」
しまった。つい口が滑った。
瀧先生が訝しむような顔をしてるじゃないか。
誤魔化さないと。
「えっと、先生って色々溜まってるかと思いまして」
「溜まってるに決まってるだろ。アラサー女子の性欲なめるなよ……んっ!」
思い切り問題発言した瀧先生は、気まずそうに目を泳がせる。
「お、おい、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「それはアラサーなのに『女子』って言ったことですか? それとも」
「性欲に決まってるだろ! あと、私はれっきとした女子だ」
女子を強調する瀧先生。その熟した見た目で女子は問題あるような。
「とにかく部室まで案内しろ。場所が分からん」
「はあ、分かりました」
何だか分からないまま先生を部室に案内することになってしまった。
このドSっぽい女教師を瑛理子先輩に合わせると危険な気がする。ドS化学反応でも起こしそうだ。
ドS₄+ドS₂→∞
って、そんな化学式はねえ!
「つかぬことをお聞きしますが、先生はサディストですか?」
「本当に突拍子もないな」
しまった、いきなり過ぎた。先生が不審な目をしている。
「大崎、私の性的嗜好を聞き出してどうするつもりだ?」
「どうもしないですよ」
「良からぬことを企んでいるんじゃあるまいな。このマセガキめ――」
先生が俺の方を振り向いている時だった。
廊下の角から男子生徒が飛び出してきた。ふざけて走りながら。
「危ない!」
「ひゃん♡」
とっさに先生の脇腹を掴んで引き寄せた。
変な声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。
「危なかった。大丈夫ですか、先生?」
「はぁん♡ ごごご、ご主人様ぁ♡」
「えっ?」
「なっ、なななっ!」
先生は顔を真っ赤にして震えている。
変な声が聞こえた気がするけど?
「き、ききき、貴様! 教師の体を気安く触るんじゃない!」
「すみません、緊急事態でしたので」
「お、大崎、まさかお前、私の体に劣情を向けているんじゃあるまいな」
「違いますって! 危なかったから」
少し落ち着いて冷静になったのか、瀧先生は小さく咳ばらいをして姿勢を正す。
「す、すまん。助けてくれたのに失礼だったな」
「分かれば良いです」
「久しぶりに触られて火が点きそうになっちゃっただろ……」
「何か言いましたか?」
「な、何でもない。今のも忘れるんだぞ! よし、行くぞ」
そう言って瀧先生は歩いてゆく。
結局、ドSなのかは聞きそびれてしまったな。
ガラガラッ!
「瑛理子先輩」
文芸部のドアを開けると、奥に座っていた瑛理子先輩が顔を上げる。
俺を見て笑顔になるも、続く瀧先生の顔を見て怪訝な顔をした。
「そちらは瀧先生ですよね」
「ああ、邪魔をするぞ」
部室に入った瀧先生は、瑛理子先輩の前に立つ。
「今日から文芸部の顧問になった瀧だ。よろしくな」
突然の話で、俺と瑛理子先輩が顔を見合わせた。
「えっ、瀧先生が顧問?」
「文芸部の顧問は空席だったはずだわ」
「だから私が就任したんだ」
瀧先生はメガネを指でクイッとする。
「どうやら私も何か部活の顧問をせねばならないようでな。なるべく土日に出なくても良い部活を探していたら、文芸部が空席になっていたという訳だ」
そんな理由かよ!
「顧問は間に合っているわ」
瑛理子先輩はクールな顔で返す。美しくも冷徹な声で。
「そう言うな。どのみち部活動には顧問が必要なんだ。私は活動内容にケチを付けるつもりはない。自由にやってくれ」
「それなら……」
瑛理子先輩も納得した。
「私たちは小説を執筆してコンテスト授賞を目指します。特に先生にお願いすることは無いですが、よろしくお願いいたします」
「ああ、私のことは気にせずやってくれ」
これで良かったのか。どうやら官能小説のことを咎められるようでもないみたいだし。
そこで瀧先生は椅子に座り足を組む。
「ふぅ、無事に文化部顧問に就任して良かったぞ。これが運動部だったら、やれ練習だ、やれ試合だって、土日も無休で働かされるからな」
ぶっちゃけやがったぞ、この人!
「先生って、もっと厳格で自分にも他人にも厳しい人だと思ってました」
「何だ大崎、私をそんな風に思ってたのか? 先生だって人だぞ」
「でも、生徒に『操ちゃん』って呼ばれて怒ってたから」
「年下男子にちゃん付けされたら屈辱だろ。変な気分になったらどうする」
いまいちよく分からない人だな。
ガラガラガラッ!
「幽霊部員改め正部員の佐渡雅、本格始動っスよぉ……げっ! 操ちゃん」
タイミングが悪いことに、ちびっ子先輩がやって来た。
まさか、『操ちゃん』呼びはケシカランという話題の時に言ってしまうとは。まさにメスガキムーブだ。
「何だ、沢渡も文芸部だったのか? 一年の時以来だな」
「な、なな、何で操ちゃんが部室に!?」
「今日から顧問だこのやろう」
ちびっ子先輩改めメスガキ先輩が、瀧先生に捕まった。
「教師をちゃん付けするんじゃない!」
「ぎゃあぁああああぁん! 聞いてないっスよぉ!」
やっぱりメスガキ先輩は、キッチリわからされた。




