第17話 眩しい人
あれは中学二年の頃だったか。
アニメが好きで見た目もオタクっぽい俺は、クラスでも浮いていた。
休み時間はラノベを読むか、寝たふりをするくらいだ。騒いでいる陽キャグループを『うるせえ』って思いながらな。
そんな日々の中で、俺はいつしか自分でもラノベを書いてみたいって思ったんだ。
もちろん知識も技術も無い。
拙い文章と雑な設定で書き連ねただけのノート。
しかしある時、イキった陽キャグループに、俺のノートが奪われてしまった。
『おい大崎、何を書いてるんだよ。貸せよ』
『や、やめろ』
その男たちはノートに書いた設定を皆の前で読み上げ始めた。
『何々、ソフィア、亡国の姫って、何だこりゃ』
『スキル絶対神罰って、キモっ!』
『キモオタかよ、ギャハハハッ!』
教室に笑い声が響き渡る。
奴らにとっては軽いイジリだったのだろう。
その証拠に、すぐに奴らは小説のことなんてすっかり忘れて、別の話題でバカ騒ぎを続けていた。誰誰が付き合っただの別れただのってな。
だが俺は筆を折った。
ノートは捨て、スマホに保存してある書きかけのデータも消した。
全て忘れようと思ったんだ。
高校に入って髪型も服装も変えた。オタクっぽく見えないように。彼女をつくってリア充になりたいと。
もう忘れたはずだ。
そう思っていたはず。でも俺の中に不完全燃焼の何かが燻り続けている。
そうだ、俺は――――
「何だこの男は! 失敬な奴だな!」
目の前で男が激高している。
高級ブランド品で身を固めたブルジョワっぽい男が。
名前は……確か鷹司とかいったな。瑛理子先輩の親戚とか。
そうだ、この男が瑛理子先輩をバカにしたんだ!
重なるんだ。あの時の俺と。
何で瑛理子先輩が眩しいか分かったよ。
誰が何と言おうが小説を書き続けている。クラスで浮こうが、官能小説をドン引きされようが。
この人は俺の理想だ。
外野の声にも惑わされず、ひたすら自分の信じた夢を追い求めている。
俺が憧れた、あの頃の理想の自分だ!
「おい、何とか言えよ! 僕と瑛理子の邪魔をするんじゃない!」
視線を上げると、鷹司が俺を睨んでいた。
さながら俺は、恋路を邪魔しに現れた男って感じか。
でも、たとえ誰であろうと、誰かの夢を否定する権利なんかない!
俺は許さない。瑛理子先輩の夢を汚すのは。
「何が優良企業で上り詰めるだ! 黙って子育てをしてろだ! 言ってることが矛盾してるだろ!」
「なっ……」
俺の勢いで鷹司が怯んだ。
「お前に瑛理子先輩の何が分かるっていうんだ! 瑛理子先輩はな、本当に小説が好きで書き続けているんだよ。何十万文字も何百万文字もな。それを無駄だと!? 無駄なんかじゃない! 誰にも彼女の夢を汚させはしない!」
ガタガタガタ!
怒りだろうか? 鷹司が震えている。俺を睨みながら。
「クソッ! 何だこのガキは! 僕は八幡グループ総帥の息子だぞ! キミとはレベルが違うんだ!」
「何が総帥の息子だよ! 単に親が金持ちのお坊ちゃまだろが! 親のスネをかじって偉いのかよ!」
「ななな、なんだと!」
鷹司の顔が赤くなったり青くなったりしている。
「グッ、グヌヌゥ! このガキがぁ! 僕に楯突くとか百万年早いんだ! 僕は超エリートだぞ!」
「だから何だ! 親が金持ちなのが偉いのか!?」
「クッソぉおおおぉ!」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
今度は地団駄を踏み始めたぞ。このお坊ちゃま。
「瑛理子は僕と結婚するんだ! 僕は金持ちでエリートだからな。女は金のある男が好きだろう? それに僕の方が背も高いしな」
ふんぞり返る鷹司に、俺は言い返す。
「お前は何も分かっていない! 孤高の女王様である瑛理子先輩が、金や肩書でなびくとでも思ってるのか!?」
「な……んだと」
「瑛理子先輩はな、誰にも屈せず己の信念を貫き通す気高い人なんだ! そりゃ、たまに周りが見えなくなったりする困った人だけど。でもな、本当に彼女は自分を貫いてるんだ! 他人の金や肩書に釣られて付き合うような女と一緒にするんじゃない!」
俺の気持ちが止まらない。次から次へと言葉が溢れてくる。
「瑛理子先輩はな、俺の理想で憧れなんだ! いつだって眩しい存在なんだ! 誰かが瑛理子先輩の邪魔をするのなら、俺が盾になってでも防いでみせる! だって俺は、瑛理子先輩が大好きだから!」
大好きだから――――
大好きだから――――
大好きだから――――
お洒落なオープンテラス席に俺の声が木霊する。
って、おおお、俺は何を言っているんだ!?
告白? ち、違う! 決してそういうのじゃ!
「行きましょ、大崎君」
瑛理子先輩が俺の手を握った。
「お、おい! まだ僕の話が終わってないぞ!」
当然ながら、好きな女を奪われた形の鷹司は止めようとする。俺たちの進路を塞ぐように。
「瑛理子、僕とキミが結婚する話はどうなったんだ?」
「どうなったも何も、あなたとは結婚しないわ。何度も言ったはずよ」
「なな、何だと!」
ここで瑛理子先輩が大胆な行動に出るなんて、誰が予想しただろうか。
ギュッ!
瑛理子先輩が俺に抱きついた。
「私は大崎君と結婚するの。邪魔しないでくれるかしら」
「えっ、えええっ!?」
驚く俺を置いてけぼりで、瑛理子先輩は続ける。
「これで分かったでしょ。鷹司さん、あなたは迷惑なの。何度も振っているのに理解できないのかしら? 私は迷惑だと言っているのよ。もう話しかけてこないでくれるかしら」
ガタッ!
その言葉が致命傷になったのだろうか。鷹司は絶望的な表情で膝をついた。
完全に負け犬だ。
「行きましょう。大崎君」
「は、はい」
そのまま俺たちは店を出た。恋人のように腕を組んだまま。
寄り添ったまま通りを歩く。まるで愛し合う二人のように。
あれっ? どうなってるのこれ?
俺が『大好き』って告白して、瑛理子先輩が『結婚する』って答えて。もしかして、つ、つつ、付き合って……るとか?
「ふふっ、うふふっ」
瑛理子先輩が笑っている。心底楽しそうな笑顔で。
「さっきの鷹司さんの顔、最高だったわね」
「えっ、瑛理子先輩?」
「助かったわ、大崎君が来てくれて。彼、前からしつこくて困ってたのよ」
「あの、彼とは本当に……」
「父を追放した家の息子と付き合う訳ないでしょ」
鷹司とは何でもなかったようで安心した。
本当に迷惑していただけのようだ。
「それにしても……」
瑛理子先輩が俺をジッと見る。
「大崎君って、やっぱり私が好きだったのね」
「ちちち、違います! あれは言葉の綾で」
俺は何を必死に否定してるんだ?
ああ、もう自分でも分からない。
何で瑛理子先輩は俺の心を惑わせるんだ。
「そう、残念ね。恋愛における心の機微が学べると思ったのに」
ですよね。瑛理子先輩はそうですよね。恋愛感情じゃなく執筆のためですよね。
ちょっとだけ、俺のこと好きなのではって思っちゃったじゃないか。
「あら? 残念そうね。やっぱり好きなのかしら」
「全然違います」
「ふふっ、驚いたわ。あんな大声で『大好きだ』って言うんだもの」
「もう勘弁してください」
恥ずかしい。何で俺は好きなんて言ったんだ。
「瑛理子先輩、誤解しないでくださいね。俺が好きだと言ったのは、人として尊敬できるって意味ですから」
「ふふっ、嬉しいわ」
ああぁ、瑛理子先輩に微笑まれると、俺のハートが掻き乱される。
それに瑛理子先輩だって……あれ、本気じゃないよな?
「それ瑛理子先輩もですよ。結婚するって言いましたよね。どうせ鷹司に対する当てつけでしょうけど」
「そうよ。分かってるじゃない」
やっぱり。
何で俺は落ち込んでるんだ。
最初から分かってたはずなのに。
「でも、私たちお似合いかもしれないわね」
真顔でそんなことを言う瑛理子先輩。とんでもない小悪魔だ。
「はいはい、そういう冗談はやめてください。本気にしちゃうんで」
「うふふっ、私も男の扱いに慣れてきたわね」
「瑛理子先輩が男心をマスターしたら、とんでもない魔性の女になりそうです」
ただでさえ超絶美人で女王みたいな人なんだ。これで男心まで操るようになったら無敵だぞ。
「でも……ぅれしかったわ……ぁ……がとう」
「えっ?」
瑛理子先輩が何か言ったけど、小声で聞き取れなかった。
「俊くん……」
突然、別方向から名前を呼ばれた。
その声で我に返る。通りを歩く俺たちが、まだ腕を組んだままだということに。
目の前に立っているのは、さっき別れたばかりの真美さんだった。
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