最強の旦那様
屋敷の中、昼下がり。
相変わらず手をつないだままのバルタサル。
指輪をはめ込んで以来何をするのも手をつないだまま離してくれない。
最初はいろいろ不便だったけど、最近それもなれてきた。
「今日は何をするか。なんかしたいことはあるか?」
「バルはこのままでいいのよ?」
バルタサルはいつも通りの返事をした。
小首を傾げて、「このままでいいけどなにか?」的な反応をする。
「そうか、それならそれでいいけど。おれは魔導書を読むぞ」
「いいよー。ルシオちゃん、それを読んでる時かわいいから、見てるの好き」
「見てないだろうに」
苦笑いした。
おれがマンガを読み始めると――というか魔導書が近くに来ると鼻提灯で寝てしまうのがバルタサルだ。
向こうがおれの顔を見てるはずがなくて、むしろ居眠りする彼女の方こそかわいい。
まっ、それならそれで、マンガでも読むか。
おれは新しいマンガを読もうと、立ち上がりかけたその時。
「ルッシオくーん」
ドアを開け放って、嫁の一人、ナディアが部屋に飛び込んできた。
彼女はわくわくした顔でおれの所に駆け寄ってきて、座ってるこっちに上半身をかがめて視線を合わせてきた。
「ルシオくんルシオくん、いいものを見つけたから今日はそれで遊ぼ!」
「いいもの?」
「うん、いいもの。はっちゃんもそれでいい?」
「バル、ルシオちゃんとこのままがいいのよ?」
「そ・れ・は」
ナディアはバルタサルの手を引いて無理矢理立たせた。
「あっ……」
つないだお手々が離れて、バルタサルはちょっと切なそうな顔をした。
「お手々は夜寝るときにね!」
「うん……わかった」
またつなごうとしたが、ナディアに丸め込まれた。
「それで、いいものって何だ?」
「それはね……」
☆
ラ・リネア郊外に連れてこられた。
よく通うようになったお花畑に、ナディアとバルタサルの二人でやってきた。
先導するナディアは一本の木に近づいていって、少し離れた所で止って、振り向いてきた。
「これだよ」
と言って指さしたのは地面。
よく見ると指くらいの広さの穴があって、赤いボディのアリが次々と中から出てくる。
「これって、このアリの巣のことか?」
「うん」
満面の笑顔で、わくわくした顔で頷くナディア。
「これをどうするんだ?」
「ここを探検しようよ! 前にみんなでやったのと同じヤツ」
「ああ、あれか」
頷くおれ。
何回か嫁達とやった遊びだ。
体を小さくして、武器とか攻撃手段を持たせて、巣の中を探検していく遊び。
それをやろうっていう提案だ。
「それはわかったけど、なんでまた」
「だってはっちゃんそれをした事ないじゃん? せっかくだしはっちゃんともやってみたいじゃん」
「ああ、なるほど」
ぽかーんって感じのバルタサルを見る。
なるほどそういうことか。
よく考えたらベロニカの時も同じことをしてた気がする。
ナディアなりの歓迎会、ってことだな。
「話はわかったけど、それなら屋敷でやればよかったんじゃないのか?」
「屋敷のまわりはもうないんだ、アリは。一応ゴキちゃんを見つけたけど、ゴキちゃんと何かをするのってシルヴィが話を聞いただけで怖がるから」
「なるほど。シルビアはゴキブリが苦手だからなあ」
まあ、そういうことなら。
「わかった、やろう」
「なにをやるのルシオちゃん?」
「まあ、見てな」
ナディアとバルタサル、二人の嫁と向き合って、魔法をかける。
ちらっとバルタサルを見た。
どうせ誤作動起きるんだから……。
「『ビッグ』」
「へくちっ!」
バルタサルがくしゃみをした。
魔力がおれを直撃する。
そう、どうせこうなって魔法が誤作動を起きるんだから、小さくするんじゃなくて、大きくする魔法を使った。
それで誤作動を起こして、小さくなれば問題ない。
さて。
直撃した魔力の煙が徐々に晴れていき。
「あれ?」
何も変わらなかった。
目の前に立つナディアとバルタサル。
ぱっと見サイズは変わってない、かといっておれのサイズも変わってない。
「変わってない、のか?」
「変わってないねルシオくん」
「おかしいな。大きくも小さくもなってないとか。誤作動じゃなくて完全にかき消されたって事か?」
「もう一回使ってみる?」
「そうだな」
「ルシオちゃん、ねえねえルシオちゃん」
バルタサルがおれの指をつかんで、ぐいぐいひっぱった。
「どうした」
「あれ」
「あれ?」
バルタサルが指さす先に、おれとナディアが同時に振り向いた。
「げげ」
声を上げたのはナディアだが、同じ気持ちだった。
そこに……バケモノがいた。
アリだ。
体長が三メートル近くもある、バケモノのようなアリがそこにいた。
一匹だけじゃない、同じものが次々と地中から這い出てくる。
「どういうことなの?」
「……誤作動が魔法の効果じゃなくて、対象だったってことだな」
「え?」
「大きくする魔法が小さくなるんじゃなくて、おれたちにかけたのがアリにかかった、ってことだ」
「おー。なるほど!」
「おおきいのがいっぱいだあ」
バルタサルはのんきにつぶやく。
「ゴキちゃんじゃなくてよかった。シルヴィの心臓がとまっちゃうよ」
ナディアは違う意味でのんきなコメントを出していた。
「って、それ所じゃない。こいつらを戻すか倒すかしないと」
「ほんとだ! このままじゃアリが街の方に行っちゃう」
ようやく危機感が出てきたナディア。
巨大化して出てきたアリが、小丘になってる花畑からぞろぞろと降りていって、ラ・リネアの方に向かって行進をはじめたからだ。
町を襲おうとしてるらしい。
このままじゃ、巨大化したアリが――人間以上のサイズのアリが町を襲う。
巨大化した昆虫は下手なモンスターよりも凶悪な相手になる。
「放っておけんな。ちょっと退治してくる」
流石にこれは遊びじゃすまされない事態だ。
「ここで待っててくれ。おれが退治してくる」
「うん。頑張ってルシオくん」
「バルも」
「だめだよはっちゃん」
ついてこようとするバルタサルを、ナディアが引き留める。
「どうして? バル魔王なのよ?」
だから戦闘の役に立つ、と言いたげなバルタサル。
それを、ナディアがニヤリと笑って。
「だめだめ、こういう時はルシオくんの出番だよ。あたし達はここでルシオくんの活躍をみてるの」
「活躍を?」
「そう、活躍するかっこいいところ」
「ルシオちゃんはかっこいいよのよ?」
「もっと格好良くなるから」
「もっと……」
バルタサルは首をかしげて、考えて、おれをみて。
やがて、頬を染めてうつむいて、上目遣いでおれをみた。
何を想像したんだろ。
「一緒に待ってようね」
「……うん」
「というわけで、頑張ってねルシオくん! あたしたちはここで見てるから」
「ああ」
笑顔のナディア、恥じらうバルタサル。
二人に見送られて、おれは走り出した。
全力で丘を駆け下りて、バルタサルから充分に距離を取って。
「『フライハイ』」
空を飛び上がった。
ちらっと背後を見る。豆粒大になった二人の姿が見える。
そうだな、いいところを見せなきゃな。
嫁が期待してるんだ、応えるのが旦那のつとめってもんだ。
振り向き、アリの先頭集団を眺める。
段々とふえたアリは既に数百匹の数になって、さらにぞろぞろとふえてる。
深呼吸して、魔力を組み上げる。
「『ウェザーチェンジ・ディザスター』」
地面が揺れる、空が割れる。
雷鳴が轟き、稲妻が雨の如く降り注ぐ。
天変地異を起こす古代魔法を、バルタサルとの付き合いで覚えた範囲を限定されるやり方で発動。
これをみたバルタサルがどんな表情をするのか、楽しみで仕方がなかった。




