インスペクション
「とうちゃーく」
一番乗りして、メチャクチャテンションが上がったナディア。
明くる日の昼過ぎ、おれ達は郊外の草原にやってきた。
おれと三人の嫁、そしてバルタサルを加えた合計五人。
バルタサル以外、ここにはちょくちょく来てる。
ピクニックしたり昼寝したり、新しい魔法で遊んだり。
広くて開けてるから、いろいろと都合がいい場所で、一家そろってよく来る。
ベロニカに至っては、最近ココマミのお散歩コースにしてるくらい足繁く通ってる。
ベロニカがココやマミの手首につながったリードを持って散歩する姿は見てて和むから、たまにこっそり後をつけたりする。
ま、それは余談。
「おーいナディア」
「どったの?」
呼ぶと、ナディアがパタパタ戻ってきた。
「なんでおれたちをここにつれて来たんだ?」
「はっちゃんの力をコントロールするための修行をするから、だよ」
「コントロール? 修行?」
「うん! ほらあのくしゃみ。あれをコントロールしないとだめじゃん?」
「あー、確かにあれはちょっとやっかいだな。おれがいる時は反応して守れるけど、いない所で暴発されたら目も当てられない。力が分散してて雑だけど、破壊力は初代のとそんなに変わらないんだよな」
「そーなの?」
「吹っ飛ばされた屋敷見ただろ? それに威力がだんだんあがってってる気もする。そのうち街一個丸ごと吹っ飛ぶくらいになるんじゃないのか」
「さすが魔王の娘だね!」
「もう魔王なのよ? バルサタルの中で生きてるのははっちゃんだけだもん」
バルタサルが脳天気な口調で言う。いや初代はあの空間で生きてるから。
まあそれはともかく――魔王ってそういうものなのか。
「それじゃあますますコントロール出来る様にしないとね。ルシオくんのお嫁さんになるために」
「お嫁さんに?」
小首を傾げるバルタサル。ほんわか空気をまとったままで。
シルビアもおっとりしてるけど、それとは別物の空気。
シルビアのそれは「物静か」って感じで、ちょっとだけ「気が弱い」がスパイスとして入ってる。
バルタサルのほんわかは「浮き世離れ」って感じだ。常識がほとんど通じない。
「そ、お嫁さんに。これが出来ないとルシオくんのお嫁さんになっちゃだめ」
「お嫁さん……ならなくてもーー」
「ならないとお手々つなげないよ」
「お嫁さんになるー。たとえば世界が敵になっても」
ふん! と鼻息を荒くして、かわいらしいガッツポーズをするバルタサル。
一晩たって落ち着いたと思ったらまだそれにこだわってたのか。しかもやたらと決意が固い。
「ていうか、本当にそれでいいのか、みんなは」
「いいと思います」
答えたのはシルビアだった。
「バルタサルーー」
「バルの事ははっちゃんって呼んで」
「……ば、バルタサルちゃんのことはまだよくわかってないですけど、ルシオ様と一緒にいたい気持ちが強いのはわかりますから。い、いいとおもいます」
「そうですわね。ルシオが手元に置いた方が人類の為になるでしょうし」
「そんな難しい話じゃないよ」
満面の笑顔でナディアがほかの二人の背中をたたいた。
「ルシオくんがが好き好きで、悪い子じゃなかったら一緒にいるべきなんだよ」
それはそれでシンプルすぎる。
が、それでいいみたいだ。
シルビアもベロニカもちょっと驚いた後、納得した顔でうなずいた。
「それならなおの事……あたくしが思うに、コントロール出来なくても別にいいのではありませんの? ルシオがいればどうとでもなることですし」
「だからさ、いない時もたまにあるよ? もしはっちゃんがシルヴィみたいに、ルシオくんがいないときだけ寂しくておねしょするみたいなのだったら大変じゃん?」
「わー! わー! ナディアちゃんそれいっちゃダメ!」
シルビアは手をふってわーわー言った。盛大に赤面しておれをちらっと見る。
ってか、そんな事になってたのか。最近すっかりなくなったと思ってたシルビアのおねしょ癖だけど、完全に直ったわけじゃなかったんだな。
……うん夫の情けだ、聞かなかったことにしよう。
「あたしもルシオくんがいない夜は寂しくて頭が爆発するしね」
「そっちはただのギャグですわね」
「ベロちゃんだってーー」
「あたくしがなんですの?」
ぎろ、ってナディアをにらむベロニカ。
顔はナディアを向けてるので表情は見えなかったが――おれまでぞくっとした。
背筋がぞわぞわぞわってなった。
「……つまりはっちゃんは修行をしなきゃだめなんだ!」
あっ、話を逸らした。
冷や汗をかいてるじゃないかナディア。
何をいいかけたのか知らないけど、うん、それ以上言わない方が身のためだな。
「ルシオ? 今何か聞こえまして?」
「い、いや何も。急に耳が遠くなって何も聞こえなかったな」
おれも聞こうとしない方が身のためだな、うん。
話をそらしーーバルタサルに戻した。
「そういうことなら、克服するか?」
「はーい」
「ちなみに何の魔法なんだ? あのくしゃみ。なんの魔法なのかがわかればピンポイントに封印するってのも可能だぞ」
「バル、魔法は使えないのよ?」
「へ?」
耳を疑った。魔法が使えないって?
いや魔法を使えない人間は大勢いるけど、だったらあのくしゃみはなんだ?
「あれはくしゃみなのよ?」
「ただの?」
「ただの」
はっきり頷いて即答するバルタサル。本当に魔法はつかえないのか?
確認するため、バルタサルに魔法をかけた。
「『インスペクション』」
魔法の光がバルタサルを包み込んで、弾け飛んできえた。
覚えてる魔法の数……読んだ魔導書の数を調べる魔法だ。魔法を覚えてたらその数がでるんだが、なかったら今みたいに弾け飛んで何も起きない。
ちなみにシルビアもナディアもベロニカも1で、おれは軽く五桁越えてる。
『インスペクション』はちゃんと効果を発揮してる。
ってことは……本当に魔法を覚えてないのか。
くしゃみのあれがかなり雑だなって思ってたけど……そうか、魔法じゃなくて魔力を無造作に放出してるだけなんだ。
妙に納得した。
「魔法じゃないとダメなんですの?」
「そんなことないよ。ねっ、ルシオくん」
「はい、ルシオ様ならきっと」
「あたくしの夫ですもの、この程度の難題どうという事はありませんわ」
なんかやたらと信頼されてる。
ま、いけるけど。
脳内で魔法を検索、ただの魔力の放出なら……あれがいいだろ。
「『ワームホール』」
魔法を使う、バルタサルの前の空間にゆがみが発生した。
目で見える程のゆがみ、何かある訳じゃなくて、ゆがんでるだけ。
たとえるなら真夏の日の陽炎、ってかんじだ。
シルビアもナディアもベロニカもそれに注目した。
「これってなに? 触っても平気?」
「普通に触る分には問題ない」
おれは率先してそれに触った。といっても何もないので、触るというより通り過ぎたほうがただしい。
手がそこを通り過ぎた時、手がゆがんで見えた。
「わあ! これは楽しそう」
ナディアはゆがんでる空間に何度も手を通した。
「おもしろーい。ほらほらシルヴィ」
しまいには顔を突っ込んだりしてみた。
ゆがむナディアの顔、みんなが一斉に吹き出した。
ひとしきり笑ったあと。
「で、これが何ですの?」
「実際に見てもらった方がいいだろ」
そういっておれはバルタサルを見た。
全員がはっとして彼女を注目する。
話の流れで、全員が「くしゃみ対策の魔法」だってわかったから、くしゃみを期待したのだ。
「?」
唯一わかってない様子のバルタサル。首をかしげておれ達を見つめ返した。
「よし、シルヴィ、はっちゃんの事を捕まえてて」
「うん、わかった」
「さっきこれを拾いましたの。この植物さきっぽが綿毛になってるから丁度いいはずですわ」
「さすがベロちゃん! 歳のこう――なんでもにゃいです!」
びしっと敬礼してからベロニカから細長いものを受け取ったナディア、バルタサルを後ろから抱きつくシルビア。
ナディアがそれを使って、バルタサルの鼻をくすぐった。
「あは、あはははは。やーめーてー」
「ほらほら、早く観念してくしゃみしちゃいなよ」
「もっと鼻の奥に突っ込んであげた方がよろしいのはではなくて?」
「そか!」
「あっ、暴れないでバルサタルちゃん」
「バルのことははっちゃ――ハックション!」
反論が途中でくしゃみに変わった。
盛大なくしゃみ、今まで通り魔力が放出される。
爆発を引き起こす魔力はゆがんだ空間に吸い込まれていく。
次の瞬間、おれの前にもゆがむ空間が出現。
そこから大量の魔力が吹き出されて、おれに直撃した。
草原が半分くらい吹き飛ばされて、おれの背後は焼け野原になった。
あとで魔法で復元しとこう。
「ルシオ様!」
シルビアは心配そうな声でおれを呼んだ。
「安心なさい、彼がやったことですからきっとここまで予想してるはずですわ」
「あははは、ベロちゃんの声が震えてる、心配そう」
おまえはむしろもっと心配してくれ。
魔力の煙が晴れたあと、無傷のおれをみて。
「よかった……」
「ま、まあこんなものですわね」
「あはははは、ルシオくんの頭が爆発してる。夜はおねしょもするんだきっと」
三者三様の反応、楽しそうでなにより。
とりあえず、くしゃみはこれでよし、かな。




