ドラゴンとお化け屋敷
夜、屋敷のリビングでくつろいでると、横でごろごろしてたマミがいきなりパッと起き出して、外に向かって駆けていった。
「またイサークか」
すっかり見慣れた光景、おれはやれやれとなった。
しばらく待ってると、マミが戻ってきた。
いつも通り簀巻きにしたのを引っ張ってくる。
「離しなさい! あたくしを誰だと思ってますの?」
「あるぇ?」
思わず間抜けな声をあげてしまった。
簀巻きで連れてこられたのはイサークじゃなくて、子供姿のベロニカだった。
「マミ?」
「侵入者」
マミはいつもの様に答えた。
口数は少ないけど、誇らしげだ。
獲物とってきたから褒めて、と言わんばかりの表情である。
おれはマミを撫でた。マミは満足して元の場所に戻ってごろごろを再開した。
おれはベロニカの簀巻きを解いてやた。
「なんですのあれは、ビックリしましたわ」
「それはこっちの台詞だ。なんでまた侵入して来たんだ? あんたは帰ったんじゃなかったのか?」
「一度帰りましたのけど、屋敷に戻ってもだれもあたくしだと認識してくれなくて、途方に暮れてましたの」
「そりゃそうだろ」
魔法がある世界だけど、その魔法の難易度はかなり高い。
前女王が魔法で小さくなって現われることなんて、不可能じゃないけど、白いカラスを目撃するくらいのものだ。
「わかった、魔法を解く」
「それは結構ですわ」
「え?」
驚く。
じゃあなんのために来たんだ?
「魔法を解きに来たんじゃないのか?」
「それはいやですわ。ええ、死んでもいやです」
「じゃあここに来たのは?」
「泊めてくださいまし」
「……え?」
ベロニカが何を言ってるのか、理解するまで大分時間がかかってしまった。
☆
風呂上がりの三人、全員パジャマ姿だ。
シルビアとナディアは見慣れた格好で、ベロニカははじめてみるパジャマだ。
「あれは?」
シルビアに聞く。
「新しいものをおろしました。よかった、サイズがあってて」
「まあ体つきはほぼ一緒だからな」
というかおれが同じにした。
『リコネクション』をかける時、どれくらいの年齢に戻すのかイメージする必要があって、おれは自然に一番見慣れてる、シルビアとナディアと同じ年齢をイメージした。
だから今、ベロニカは二人と同じ八から九歳くらいの外見だ。
そんな三人がパジャマを着て並んでいる。
かなり可愛らしくて、ほっこりする光景だ。
「それじゃお姫様、お部屋に案内しますね」
「ええ」
ベロニカはシルビアが連れて行った。
おれはナディアと一緒に部屋に戻った。
「面白い人だね、ベロちゃん」
「ベロちゃん?」
「ベロニカのベロちゃん」
「あだ名つけちゃったのか」
「うん」
自分達の寝室に戻って、二人でベッドに上がった。
いつものポジションに着いてから、ナディアは笑顔でおれを見た。
「今日も楽しかった、ありがとうねルシオくん」
「それは何よりだ」
「空も海も地上も制覇したし、次はどこいこっか。それ以外に何があるかな」
「そうだなあ」
ベッドに寝っ転がって、考える。
陸海空は一通りやったから、残ってるのは地中と宇宙くらいなもんだけど、この世界に宇宙なんてあるのか?
魔法で宇宙に行けるかどうか試してみるのもいいかもしれない。
「いろいろ考えとく」
「うん! それまでに海でもっと遊ぼうね!」
「ああ」
話してる内にシルビアが戻ってきた。
「ルシオ様、お待たせしました」
「お疲れ。彼女は?」
「客間にご案内しました。それとマミちゃんはココちゃんになってもらいました」
シルビアの名采配だ。
マミだとまたベロニカを簀巻きにしてしまうかもしれないしな。
というか、うちの飼い犬よりも飼い猫の方が番犬な件について。
シルビアがドアを閉めて、いそいそとベッドに上がってきた。
それを待ってましたかのように、ナディアも移動する。
シルビアが左に、ナディアが右に。
いつものポジションで、三人でベッドの上に寝る。
お手々とお手々とつないで、ゆっくりと気分をしずめる。
今日は一日楽しかった、明日も楽しい一日のはず。
「お休みなさい、ルシオ様」
「お休み、ルシオくん」
そう思いながら、二人と共に眠りについていく。
☆
「――ま、……様」
「う……ん」
「ルシオ様」
肩を揺すられて目が覚めた。
何も見えない。あたりは真っ暗で、まだ深夜のようだ。
それでもわかる、シルビアが上からおれを見下ろしている。
「どうしたシルビア」
「ルシオ様……なんか泣き声が」
「泣き声?」
耳を澄ませてみた、どこからともなく泣き声が聞こえてくる。
幼い女の子の泣き声だ。
これは……多分。
「ちょっと見てくるよ」
ベッドを降りようとしたけど、引き留められた。
シルビアがおれの袖をぎゅっと掴んでる。
「どうしたシルビア」
「ルシオ様……行っちゃうんですか?」
「行かないと確認できないだろ?」
「でも……」
徐々に目が慣れてきて、シルビアの表情がわかるようになった。
シルビアは泣きそうな顔になって。
彼女は結構臆病なところがあるのだ。
Gが怖いし、おねしょするし、今も夜中に女の子の泣き声に怯えてるし。
まあ、最後のは怖がって当然だけど。
「行かないで、欲しい、です……」
「それは別にいいけど」
どうせこの泣き声はベロニカだし、確認しなくても問題ないといえば、まあ問題はない。
この屋敷でなにか本当にやばい事が起きたらおれが感知してるはずだ。
それがないって事は、たいしたことじゃない。
多分だけど、ホームシック的ななんかだろう。
だったら放置――と思ってると泣き声が徐々に大きくなった。
いや、声が近づいてくるのだ。
「ルシオ様……」
シルビアはまずますおれにしがみついた。
「なんか……怖いです」
「とりあえず確認してくるよ」
「行かないで下さい!」
うーん困った。これはどうしたらいいんだ?
あれこれ考えて、ある魔法を思いついた。
それをシルビアにかけてやる。
「『サイレント』」
まわりから音を消す魔法だ。
「あれ? 声が……」
驚くシルビア。どうやらしっかりと、声が聞こえなくなったみたいだ。
鳴き声は今でも続いてる。おれには聞こえるけど、シルビアはきょろきょろして、首を傾けて耳を向けた。
おれは手を握ってやった。
声を消して、手を強く握ってやって。それでシルビアは大分安心したようだ。
しばらくこうしてやろう――と思ったその時。
「どうして来てくれませんの!」
部屋のドアがパーン、とたたきつけられるように開く。
ベロニカがそこに現われた。
枕を脇に抱えて、涙目でおれたちをにらむ。
泣いてるのはやっぱり彼女だった。
「わるいわるい、後で行くつもりだったんだ」
「早くしてくださいまし!」
ベロニカはドアを閉めた。
するとまた泣き声が聞こえてきた。
……えっと、行けばいいのか?
シルビアをみる、ベロニカの姿は見えたが、やりとりは聞こえなかった彼女は不思議そうな顔で首をかしげる。
さてさて、どうするべきか――で考えてると。
「どうして来てくれませんの!」
またドアが開いた。
ベロニカはさっきよりもますます涙目になってた。
おれは苦笑いした。
シルビアはおれの手を離した。
にっこり笑って、背中を押してくれた。
もう大丈夫ですから、と笑顔で訴えてきた。
微笑み返してから、ベロニカのところに向かった。
「どうしたんだ? 眠れないのか?」
「こ、この屋敷ってどうなってるんですの?」
「屋敷?」
「出ましたの」
「何が?」
「幽霊」
はいはい。
言うに事欠いて幽霊か。
こわいなら怖いって素直に言えばいいのに。
まあ、いえないんだろうな。
『リコネクション』で子供になってからベロニカはちょっとわがままになった様な気がする。
それと素直じゃなくなった。
意地っ張りな子供、まるっきりそんな感じだ。
「本当ですわ、出たんですわ」
「わかったわかった」
「本当ですわ!」
力説するベロニカ。
「とにかく一緒に来て下さいまし!」
「はいはい」
おれはベロニカと一緒に部屋を出た。
暗い夜の廊下を二人で歩く。
袖をぎゅってつかまれた。まるでシルビアみたいだ。
クスっとなりながら、一緒に客間にやってきた。
ドアを開けて、一緒に中に入る。
そこはいたって普通だった。
「ほら、何もないから――」
「パパ!」
天井から女の子がにょきっと顔を出してきた。
「きゃあああ! でたあああああ!」
ベロニカはおれを置いて逃げ出した。
あー、そっか。
おれはすっかり忘れてた。そう、うちは出るんだ。
魔導書が具現化した存在。
おれが魔導書を読めば読むほど、実体化していく幽霊。
クリスティーナ、愛称クリス。
「どうしたのパパ。難しい顔をしてるよ?」
「どうやって彼女に謝ろうかって悩んでるんだ」
☆
寝室に戻ってくると、ベロニカは布団を頭からかぶって、がたがた震えているのが見えた。
シルビアもナディアも起こされて、困った顔でベロニカを見てる。
布団がめくれる、ベロニカの涙目がみえた。
なんか申し訳ない気分になった、安心させてやりたい。
「……『トランスフォーム:ドラゴン』」
魔法を使って、ドラゴンに変身した。
部屋ぎりぎりに収まる程度の巨体をベッドの前で横たえる。
「それ、は……?」
顔を上げるベロニカ。
「ここで守ってるから、安心して寝るといい」
「守って……くださるの?」
「ああ」
ぶっちゃけ意味はない。ここでドラゴンになる実質的な意味は。
なにかあって戦闘になったら、ドラゴンじゃなくても魔法は使えるからだ。
これはあくまで、それっぽい姿になってるだけ。
ドラゴンという強さの象徴である姿に。
それがこうを奏したのか、ベロニカは泣き止んだ。
「ずっと……いてくださいましね」
「ああ」
頷いてやると、ベロニカの表情が見るからにほっとした。
さて、これで寝れるのかな。
「ねえねえルシオくん」
ナディアが話しかけてきた。
「どうした」
「ルシオくんと一緒に寝ていい?」
「一緒にって?」
どういう事だ?
ナディアがベッドから降りて、おれにくっついてきた。
まるででっかいクッションにするかのように、おれに抱きついてきた。
もちろん構わない、おれは無言で、翼でナディアの頭を撫でた。
シルビアもやってきた。ナディアのそばで同じようにおれにくっついてきた。
二人の頭を同時に撫でた。
「……」
ふと、ベロニカがおれを見てることに気づく。
一人でベッドに取り残されて、こっちをじっと見つめてる。
「あんたも来るか?」
聞く。意地を張って拒む物だと思っていたが。
「……」
ベロニカは頷き、いそいそとおれのそばにやってきて、二人と同じようにくっついてきた。
「お休みなさい」
誰かが言って、それっきり言葉はなかった。
ドラゴンに守られた少女達――ベロニカは静かに寝息をたてはじめた。
この世で一番安全な場所で、という安心感に包まれて。




