雲を掴むような話
太陽に向かって飛び続けていた。
天動説なら太陽の動く速度、地動説ならこの星の回転する速度。
この世界がどれなのか分からない、分からないけど。
とにかく太陽の動く速度に合わせて、それにむかって飛び続けた。
魔法で小さくした四人の嫁を乗せて、飛び続ける。
太陽と常に同じ距離を保ち、常に明るい。
一日中昼間のまま飛び続けた。
魔法をつかって飛び続けるが、おれには大した負担じゃない。
魔導書を読んで魔法を覚える度に魔力も上がってるから、空を飛ぶだけなら大した負担じゃない。
おれはそうだが、嫁達はそうじゃなかった。
「ルシオくん、どこかで休まない?」
「どうした」
「ちょっと手足がしびれてきたし、つかれてきた」
「ルシオの服の中に入ってるのは体勢が制限されるし、しがみつくのに体力が必要だものね」
ベロニカがナディアの提案に賛同した。
なるほど確かにそうかも知れない、よく見ればシルビアもちょっとつかれてるっぽい。
……バルタサルは相変わらず鼻提灯で居眠りモードだ。
嫁達を小さくしておれのポケットとか服の中にいれて飛んでるけど、たしかに快適な旅とは言いがたいな。
「わかった」
おれは頷いて、まわりを見た。
丁度いいものがあった、太陽を追うのをやめて、そこに飛んで行った。
巨大な雲だった。東京ドーム一つまるまる入ってしまう雲だった。
雨雲じゃない、綺麗に白い雲。
その雲の前にとまった。
「どうするんですかルシオ様」
「魔法を使う」
「わかった、あたしにまかせて」
ナディアが名乗り出た、シルビアは複雑そうな表情をした。
ナディアは居眠りしてるバルタサルに近づいて、鼻提灯をつっついて割って、そのまま二本指でバルタサルの鼻を押さえた。
「やっちゃってルシオくん」
「ああ――『スカイアイランド』」
「へっぷ――」
おれの魔法に反応して、寝てるバルタサルがくしゃみをした――が。
鼻に指を突っ込んでるナディアに止められて、くしゃみは不発だった。
魔法が無事発動する。
まばゆい光がおれの体から雲に乗り移って、全体をつつんだ。
光が消えるのをまって、おれは雲に上陸した。
「おお! 雲に乗れる」
「みんなおりて。ああ、バルタサルの鼻は押さえたままで」
ナディアにそう言って、四人の嫁を地面に下ろしてから、魔法をかけて元のサイズにもどした。
おれと四人の嫁、フルサイズで雲の上に立った。
シルビアは目を輝かせた。
ナディアはジャンプしたりしてわいわいはしゃいだ。
ベロニカは雲の端っこに立っておそるおそる下を見た。
バルタサルはココのように丸まって寝ていた。
「雲の上ははじめてですわ」
「そうだっけ」
「ルシオくんにのって飛んだ事はよくあるけど、雲に乗ったのははじめてだと思う」
「今ルシオ様が魔法を使いましたけど、もしかして雲って乗れなくて、ルシオ様が乗れるようにしたんですか?」
ナディアが質問する。ナディアもベロニカもおれを見る。
雲が乗れないのは常識で、でも乗れそう・乗りたいとだれもが一度は思う。
というおれの常識は彼女達には通用しなかったようだ。
「そういうことだ」
「そっか、流石ルシオくん」
「さあ、ここで少し休んでいこう」
「でもそれじゃあ太陽に離されますわよ。この旅行中ずっと太陽を追いかけるという話でしたわよね」
「大丈夫、雲ごと追いかけさせてるから」
「ほんとだ、他の雲と違う動きしてる」
ナディアがまわりをみて、上機嫌に言った。
質問者のベロニカもそれを確認して、満足げにうなずいた。
こうして、休憩もかねて、嫁達と雲に上陸した。
シルビアはナディアに引っ張り回されて雲をかけずり回った。
雲に乗れるようにしたけど、形は変えてない。
天然のジャングルジムというかアスレチックっていうか、そんな感じの雲の上ではしゃぐナディアとシルビアのコンビ。
ベロニカは控えめに手足をぶらぶらさせて、ストレッチをしていた。
おれも雲の上を適当にぶらぶら歩いた。
高低差のあるところにのぼったり、端っこから下を見たり、つもってる雪にする様にちょっと蹴ってみたり。
子供の頃、つもって道ばたにどかした雪を殴ったり蹴ったり、傘でマンガとかアニメの必殺剣をぶち込んだりした時の事をおもいだして、懐かしい気持ちになった。
そうして一周してくると、バルタサルが起きてるのが見えた。
彼女はちゃぶ台程度の高さの雲に頬杖をついて、その上にある何かをつんつんついている。
「何をしてるんだ?」
「ルシオちゃんと遊んでたの」
「おれ?」
どういう事なんだろうか、と彼女の手元をみた。
そこにあるのは雲の塊、塊だけど、自然に出来た雲じゃない。
一言で言えば「八重歯とコウモリの羽が生えた、貴族の服を着たおれ」だった。
それが魔導書の上に乗ってる。
なんとなく魔王っぽい。本物の魔王であるバルタサル――バルタサル八世よりも見た目は魔王っぽい。
そんな感じのぬいぐるみなおれを、バルタサルは指でつっついて楽しんでいた。
「これは?」
「ルシオちゃん」
「作ったのか」
「うん、こうして」
バルタサルは手元の雲を掴んで、粘土にするかのようにこねこねした。
やがてそれは小さな王冠になって、バルタサルはおれの人形の頭の上においた。
「器用だな」
「ルシオちゃんだからだよー」
「せっかくだから色を塗ろうか」
「うん!」
おれはバルタサルと一緒に雲をこねくり回した。
たっぷりリフレッシュしたあと、また嫁達と新婚旅行の続きに空にとびだした。




