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太陽をおいかけろ

「大変ですルシオ様!」


 シルビアが血相を変えてリビングに飛び込んできた。

 正直今までに見た事のないレベルでの剣幕に、おれはちょっとたじろいだ。


「ど、どうしたんだ」

「新婚旅行です!」

「……え?」

「新婚旅行をしてなかったです!」

「……おお」


 読みかけのマンガを置いて手を叩く。

 そういえば色々やってきたし、プロポーズからの結婚も四回したけど、新婚旅行は一度もしてなかった。

 ちょっとうっかりじゃ済まないレベルのうっかりだった。


     ☆


 おれは空を飛んでいた。

 竜に変身してでもなく、背中から翼を生やしてでもない。

 頭のてっぺんに竹とんぼみたいなものをくっつけて、それがくるくる回っておれを飛ばしている。

 ……正直これまずいんじゃなかろうか。

 魔法を使った瞬間かなりヤバイ気がした。

 でもこれは数多くある空の飛び方の中で一番夢があるし、マンガ読みとしては死ぬほど憧れる飛び方だ。

 ヤバイのを覚悟して、それで空を飛んだ。


「わあ……本当に空を飛べるのですね」

「さっすがルシオくん、そんな飛び方想像もしなかったよ」


 流石なのはF先生だ。そんな事を思ったが言わなかった。

 今話したシルビアとナディアは『スモール』の魔法で手のひらサイズに小さくなって、おれのポケットから顔を出して、頭の竹とんぼを見あげながら感心している。


「あたくしはこっちの方が好きですわ。竜の姿では正直、ルシオのぬくもりが遠く感じてしまいますもの」


 襟の間からニョキって顔を出してるベロニカが言った。


「すぴぃ……」


 ちなみにバルタサルは背中にひっついて肩にあごを乗せてのおねむだ。滑り落ちないかちょっと心配。

 小さくなった四人の嫁を乗せて、空を自由に飛んでいる。

 はじめて使う魔法は、嫁達に大好評だった。


「で、どこか目的地は決めてるのか?」


 聞くと、嫁達は一斉に黙り込んだ(一人は寝てるけど)。

 やっぱりノープランだったか。

 ま、そもそもの発端がシルビアの「新婚旅行に行こう」だもんな。

 旅行に出かけたら目的は果たしてるからなあ。


「どうしよう。ナディアちゃん、何かアイデアないですか」

「えええ? い、いきなりあたしに聞かれても。ベロちゃん助けて」

「あたくしはこのままで充分ですわ」


 もぞもぞと、おれの懐深く潜り込んでしまうベロニカ。マフラーを巻くようにして、おれの襟で顔を半分隠すくらい深く潜り込んだ。

 起きてる三人は完璧にノープラン、しかも代案も出せずにいる。

 それはそれでいいんだけど、何かがほしいな。

 と、そんな事を思ってると。


「すぴぃ……太陽ちゃん逃げるな、なのです……」


 バルタサルがむにゃむにゃと寝言を放った。

 太陽逃げるな?


「いいな、それ」


 昔からどうなるかって気になったことを、おれはやろうと思った。


     ☆


 半日が経って、おれはまだ飛び続けている。

 シルビアとナディアの親友コンビは、ナディアがおれの体をつたって反対側のポケットに入って、シルビアと体を寄せ合って寝ている。


「すぴぃ」


 バルタサルは飛び始めた時とまったく同じ体勢で寝たまま。


「ルシオ大丈夫、疲れてないかしら」

「大丈夫だ。別におれの体力を消耗する訳じゃないからな、この魔法は」

「そう。でも、本当にどこまでいくのかしら、これ」

「多分……どこまでも」

「どこまでも?」


 首をかしげて聞いて来るベロニカ。

 おれは今、太陽を追いかけて飛んでいる。

 正確には、太陽がずっと前方斜め45度の角度を保ちながら飛んでいる。

 子供の頃からずっと疑問だった、「太陽と同じ速さであとを追いかけていったらどうなる?」というのを実践した。

 理屈は分かってる、太陽が動くのと同じ速度で追いかけ続ければ永遠に沈まないだろう。

 ……多分、理屈じゃそうなるはずだ。

 実際、半日以上飛び続けても太陽は前方斜め45度のまま変わってない。


「どこまでも、ですか」

「ああ、どこまでも。世界の果てまでいっちゃうかもな」


 冗談を言ってみた。

 この世界が同じ球状で地動説なら、世界の果てじゃなくて単に一周するだけだけど。


「……わ」

「うん? なんか言ったか」

「ルシオとなら、世界の果てでもいいですわ」

「……そうか」


 不意を突かれたけど、ちょっと嬉しかった。


 太陽を追いかける(多分)世界一周する新婚旅行は、もうちょっと続く。

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