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はじめてのちゅー

 この日、シルビアと二人で街に来ていた。


 特に用があるわけじゃなく、ちょっとしたデート気分だ。


 街角のカフェに入って、二人でのんびりする。


「今日もいい天気ですね、ルシオ様」


「ちょっと前まで毎日雨降ってたのが嘘みたいだな」


「もうすぐ冬ですね……ルシオ様、ルシオ様はどんな色が好きですか?」


「色? 緑系とか割と好きだけど、なんでそんなことを聞くんだ」


「わたし、マフラーを編もうかなって思ってるんです。編み上がったらルシオ様巻いてくれますか」


「もちろんだ。期待してる」


「はい!」


 その一言でシルビアはワクワク顔になった。


 一番最初に嫁になったシルビア、一番お淑やかで家庭的なシルビア。


 彼女を見てると、つい色々してあげたくなる。


「さて、どっか行こうか」


「どっか、ですか?」


「ああ、ちょっとデートっぽいところにもいってみよう。そうだな、大人が行くようなところとか」


「はい」


 穏やかに微笑むシルビア。


 おれはそんな彼女に魔法をかけた。


 今まで何度も使った魔法を

「『グロースフェイク』」


「くしゅん!」


 瞬間、予想してなかった爆風がおれを襲う。


 くしゃみの直後に襲いかかってきた爆風、何とか魔法で防ぐことが出来た。


「げほっ、げほっ。ば、バルタサルか」


「わーい、ルシオちゃんだ」


 腰に抱きつかれた。視界がもどる、やっぱりバルタサルだった。


 おれをルシオちゃんと呼ぶのも、おれの魔法に反応してくしゃみして、魔王級の魔力を放出するのも。


 この世でただ一人、バルタサルだけだった。


「どうしたんだ一体」


「散歩してたらルシオちゃんの匂いがしたから来てみたの」


「匂いって、わんこかお前は」


「バル、わんこじゃなくて魔王なのよ?」


「知ってるよ」


 魔王バルタサル八世、それが彼女の正体だ。


「ふー」


「うわっ!」


 びっくりした、いきなり耳に息を吹きかけられた。


 生暖かい息に飛び上がるくらいびっくりした。


 振り向くと、そこにシルビアがいた。


 魔法『グロースフェイク』で大人になったシルビア。


 何回か見た事のある姿だが、なんだか様子が変だった。


「シルビア?」


「ふふ……、どうしたの、ぼ・う・や」


「坊や?」


「ねえ坊や、お姉さんとい・い・こ・と、しない?」


「……何いってるんだシルビア」


「もう、ノリが悪いわね」


 大人シルビアはちょっとふてくされた。


「あれ、いい男」


「ちょっとシルビア?」


「じゃあね坊や、また縁があったら会いましょう」


「ちょ――」


 シルビアは投げキスをして、去っていった。


 追いかけようとしたが、バルタサルに腰をしがみつかれたまま、追いかける事ができなかった。


「なんなんだシルビア。『グロースフェイク』は見た目を変えるだけの魔法のはずなんだが」


「そうなの?」


「……そっか、今のくしゃみ」


 しがみついたままのバルタサルを見て、理解した。


 どういうわけか分からないが、バルタサルはおれが魔法を使う現場にいると、魔法に反応してくしゃみをする。


 そしてくしゃみだけじゃなく、おれが使う魔法そのものに誤作動を起こす。


 今のがまさにそうだ。見た目を変えるだけの魔法『グロースフェイク』が誤作動を起こして、性格まで変えてしまったようだ。


 ていうか、まずくないか?


     ☆


 バルタサルを言いくるめてその場で待ってもらって、おれは一人でシルビアを追いかけた。


 追いかけてもバルタサルがいたら魔法で元に戻せないからだ。


 そうして一人で街をかけずり回っていると。


「いた!」


 シルビアの姿を見かけた。


 大人になった彼女は、なんとイサークと一緒にいた。


「それじゃあ、目・を・閉・じ・て」


「は、はい!」


 大人なシルビアに誘惑されて、イサークは童貞っぽい緊張の仕方をして、言われるがままに目を閉じた。


「唇をすぼめて、んー、って」


「んー」


 言われたまま唇をすぼめて突き出す。キスするときのような唇だ。


 おいまさか――。


「んぐっ!」


 と思っていたら、シルビアはどこから持ってきたのか、小さい瓶をイサークの口に突っ込んだ。


 ふたを開けた瓶、中身がどくどくとイサークの口の中に流し込まれる。


「――!!! か、か、からげほげほげほっ!」


「あははははは」


 イサークが喉を押さえて悶絶するのをみて、ゲラゲラと笑う大人シルビア。


 というか……悪女なんじゃないのか、それ。


 ほっとしつつ、からかわれて悶絶するイサークを同情しつつ。


「あっ」


 気がついたら、シルビアはまたどこかに消えてしまっていた。


     ☆


 さらに街中をかけずり回ってシルビアを探す。


 次第に日がおちて、茜色の夕日が街を染め上げる。


「いた!」


 ようやくシルビアを見つけた。彼女は軽やかに歩いて、おもしろいものはないか、って感じでまわりを見回しながら歩いていた。


「シル――」


「シルヴィー」


 おれが声をかけるよりも先に、見慣れた女の子がシルビアに近づいていった。


 ナディアだ。彼女は一目でそれが親友でもあるシルビアだと見抜き、近づいていった。


「あら」


「シルヴィどうしたの? そんな格好をして。ルシオくんとデートなんじゃないの?」


「いいえ、違うわ」


「へえ。シルヴィがそんな格好で一人で出歩くのは珍しいね。そだ、あたし、今から買い物に行くんだけど、シルヴィ一緒にいかない?」


「うふふ、買い物なんかより、もっといいことをしよう?」


「いいこと?」


「そう。い・い・こ・と」


 ウインクするシルビア。その姿はすごく色っぽかった。


「なにいいことって――んん!?」


 いきなりの事でナディアがかっと目を見開いた、おれもものすごくびっくりした。


 なんと、シルビアが屈んだと思ったら、いきなりナディアにキスしたのだ。


 大人なシルビアと、子供なナディア。


 とはいえ女同士です、キスシーンは名状しがたい妖しい雰囲気を醸し出していた。


「ごくり」


 思わず、生唾を飲み込んだほどだ。


「ぶはー」


「な、な、ななななな」


「ふふ、ごちそうさま」


「何するんだよシルヴィ、いきなりキスするなんて。ルシオくんにもされたことないのに」


「あら、じゃあよかったじゃない。予行演習だと思えば、ね」


「おもえないよー。ちょっとシルヴィ」


「あははははは」


 両手をあげて、ぷんすかしながら怒って追いかけるナディア、そんなナディアから逃げるシルビア。


 いいもの見れたし、今日もマルティン家は平和だった……かも。

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