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同じ喪失感を抱いた証とも言えるから。

「お待たせいたしました」


 いつもよりちょっとだけ、はっきりとした化粧顔。それを地面に向けながら馬車乗り場に足をつけた。いつものローブーツと違って、踵が高い音を鳴らした。

 アストラ様に言い寄る令嬢の足音と重なったのだろう。わずかにだが、アストラ様が眉間に皺を寄せた。

 思わず、大げさに腰を曲げる。


「高いヒールは履き慣れておらず、不快な音を鳴らして申し訳ございません! 祖国できちんと礼儀作法を習ったのですが、完全に忘れておりまして。公爵邸に着くまでには思い出しますね」


 足元の丸先の愛らしい靴。デザインはとても可愛らしいのだが、踵の高さは可愛くない。

 高さ自体は大丈夫。私はやや背が丸まる癖がある。そのため、花祭りの主担当が魔術騎士団に決まってすぐ、フォルマやステラさんから特訓を受けているからだ。なんせ、主担当の団員は、功労を称える名目で祭り後の夜会に招待される。なんと臨職の私も範囲内らしい。


「問題はありませんよ、ヴィッテ。アストラは音に過敏になっているだけでしょう」

「オクリース様。それは逆に、アストラ様のお疲れが溜まっているのではと心配になります。やはり、私を理由に訪問をお断りいただいても」


 アストラ様の頬に触れかけて――腕を下ろして、自分を戒めるように両手を握った。


「悪い。この眉間の皺は、体調とは別の理由だ。ましてやヴィッテに非などあろうか」

「私自身に非がないのに、私が顔をあわせたことによって、アストラ様にそのような複雑な顔をさせてしまったのですね。それって、私はどうしたら――」


 曖昧な息を零して、すぐさま「えぇっと!」なんて声があがった。


「せっかくアストラ様が否定してくださたのに、私ってば何を噛みついているんでしょうかね!」


 アストラ様の応えを突き放されたなんて感じて、自分で驚いた。大混乱。

 恐縮しまくっている私の頭を、アストラ様が撫でてきた。いつもと違う控えめな手つき。まるで女性を相手にしていると感じられたのは、思い上がりだろうか。

 それよりも、なぜに無言で撫で続けてくるのでしょうか。


「アストラ、そろそろ時間です」


 私ナデナデ人形と化していたアストラ様のわき腹を殴ったのは、オクリース様。穏やかな口調と肘鉄の勢いのギャップが怖いです。

 あわわと口を押えて慌てるだけの私に、オクリース様は超絶笑顔を向けてきた。これはダメなやつだ。私の反応にダメだしするやつ。


「ほら、二人とも。早く馬車に乗ってください。あぁ、ヴィッテはそちらですよ」

「へっ?」


 アストラ様の背中にある馬車の後続に止まっている馬車。そちらに踵を返した私の肩を、オクリース様が掴んだ。


「ですから、ヴィッテはアストラと一緒の馬車に乗ってください。なんせ、私は一人で集中して書類を片付ける必要がありますので」


 よりによって、アストラ様と二人っきりとは!

 トルテのおかげで、髪飾りが映える編み込みがほどこされている。顔の横にかかる長い髪が頬の熱をかろうじて隠してくれているが、赤みは隠してくれない。

 頬にのるチークも、唇を彩るグロスも。自分でも不自然だと理解している。こんな状況でアストラ様と二人っきりになって冷静でいられるだろうか。


「それならば、オクリースもフォルマを伴えば良いものを――って、すまん! 今のは俺が悪かった!」


 ふんと鼻を鳴らしたかと思えば、オクリース様にヒト睨みされて大げさに両手を振ったアストラ様。オクリース様の背中に、ずもももっと音が鳴りそうな黒い気配を感じるよ。

 フォルマは花祭り準備期間は団の業務を手伝ってくれているので、問題はなさそうなのだが。まぁ、オクリース様的に極力負担は減らしたいと考えていらっしゃるのだろう。


「では、出発しよう」


 いつもなら大げさなほど褒めてくるアストラ様が、言葉少なに手を差し伸べてきた。

 きっと褒めようがないほどに、おかしいのだろう……! トルテやフォルマと一緒の時はそれなりに見えた姿も、すっかり色あせているように感じられた。

 悲しいけれど、これが現実だ。受け入れるべし!


***


「あのな、ヴィッテ。その」

「はい! 座る場所を、変わりますか?」


 馬車が進んでしばらくして、アストラ様に声をかけられた。それだけでも嬉しくて、私は勢いよく返事してしまった。

 だからだろう。アストラ様は口元を手に埋めてしまった。


「良い。そのままでいてくれ」

「そうでしょうか。本来であれば、私が進行方向と逆側に座るべきかと……」


 そうなのだ。アストラ様は私をエスコートしつつ、そちらの席に誘導した。後ろにはオクリース様が乗っている馬車が続いているから、襲撃にも備えられている。普通は司令官のアストラ様が座るべきポジションだ。

 なおも不満げな視線を投げかけていたのだろう。アストラ様は苦笑した。


「先ほどは言いそびれたが。なんだか、いつもと違うな」

「はい! トルテやフォルマが着飾ってくれました!」


 やはりトルテとフォルマの腕は確かだ。それを認めて貰ったのが嬉しくて、頭を大きく盾に振ってしまった。おっと。髪飾りのブルーガーベラが飛んでしまいそうな勢いだったな。焦って飾りを押えると、ちゃんと外れずにいてくれた。一安心だ。

 座り直して胸を叩く。


「アストラ様とオクリース様の恩師にお会いするのでと、張り切ってくれました。すごいですよね。決して華美ではないのに、地味な雰囲気が格段に華やかになっていますもの」

「そうか、だからか。うん。いやな。愛らしいのはいつも通りなのだが、大人びて見えたので、戸惑ってしまってな」


 相変わらず親ばかならぬ保護者ばかをはっきしてくださったアストラ様。

 堪らず、笑いが零れてしまった。さらに気まずそうに頭を掻くアストラ様が、可愛かった。


「アストラ様。それ、私が社交界デビューした際の父と同じ反応です」

「うっうむ。同じ保護者としては、酒を酌み交わしながら感慨深さを共有できてしまうな」


 他界している人物と。頭上に輪っかのある父様とアストラ様が酒を酌み交わしながら、娘の成長にしみじみする。

 そんな光景を想像してしまった。私にはなかった発想だ。

 一度思う浮かべてしまうと、妄想はコミカルな方向に展開していく。二人のことだから、存在もしない言い寄る男性を心配しそうだ。ものすごく威嚇するんだろうな。


「あはっ! やだっ! それはとっても愉快な光景です!」


 ふつふつと込み上げてきていた笑いが弾けてしまった。お腹を抱えても飛び出す声は静まってくれず、空気が揺れる。


「そっか。私、アストラ様の前ではこうやって笑えるほどに、両親の死を消化できるようになったんですね」


 まだ、寂しくて悲しくて泣いてしまう夜はある。ふとした瞬間に両親の影を追って、落ち込んでしまう。夢の中でだけ会える家族。起きて目が腫れあがっている休日なんてのも、割とある。一人でいると、父様と母様に抱き着きたくてたまらなくなる。家人もいた賑やかな家を思い出す。ただいまもおかえりも言ってくれない。人の気配もない、今の生活は胸が締め付けられる。

 それでも、アストラ様は両親の話を聞いてくださる。途中で泣きだしても『可哀そうに』なんて口にせずに、『幸せな思い出だからこそ、涙が溢れるのだな』と毛布で包んでくださった。オクリース様もフォルマも、それにトルテも聞いてくれるけど。どうしてだろう。喪失感に一番寄り添ってくれるのは、アストラ様なのだ。


 それは。嬉しくて、とても寂しいことだと思う。同じ喪失感を抱いた証とも言えるから。

 自分が辛いのを実感しているからこそ、大事な人には縁遠くあって欲しいと願う感情だ。


――大好きな人には、大事なものを失う感覚を味わってほしくないなんて理想論だわ。私は違う。一緒に感じて欲しかった! 私の闇ごと包んで欲しかった! それができたのに、私が欲しいと言葉にしたのに、実行しないのは、ただの言い訳‼ ヴィッテも‼――


 アクアが苦々しく呟いて、馬車の外に出て行った。

 馬車をすり抜けていくアクアの足先に、これまで見たことがない黒い靄が立ち込めていた。どす黒くて、鼻の奥を突く悪臭を放つ。

 口元を押えて吐き気を押える。それを先の言葉を飲み込んだと捉えたのだろう。


「ヴィッテ? 俺は、それがとても嬉しいぞ」


 アストラ様が身を乗り出してきた。

 身じろいだ拍子に持ち込んでいた決裁書類のファイルが落ちてしまい、慌てて腰を折る。アストラ様も手を伸ばしてくれたが、


「大丈夫です。司令官殿はそのままで」


最速で拾い上げた。書類が折れていないか確認する。決裁書類を前に完全にお仕事モードになれた。

 きりりっとしたまま、ファイルを横に置く。が、一冊だけ気になって手が止まった。しばらく紙が擦れる音だけが響く。


「……だから、そういうギャップはずるいのだよ」


 手の甲に顎を乗せたアストラ様は至極不満げに呟いた。窓に額をぶつけた様子が可愛くて、笑みが深まっていく。ちらりと横目を向けられて、やっぱり頬が緩んだ。

 アストラ様はバツが悪そうに前髪をいじる。通常なら公爵を尋ねる時には髪を撫であげた正装状態にするのが常識だろう。けれど、公の呼び出し以外でアストラ様たちが畏まった身なりで訪れると、当の公爵からいじり倒されるらしく、いつものスタイルをしていらっしゃるのだ。


「勤務中だというのに爆笑などしてしまい、大変失礼いたしました」

「会議中はどうフォローしようかと困るかもしれぬが、俺の前でなら問題ないぞ」


 また、そういうこと言う。

 などという言葉は呑み込んだ。

 書類を綴じると、いまだに笑い過ぎでお腹が痛いのもあるし、あと、ちゃんとお礼を言っていなかったのでそちらを優先することにした。


「先ほどですが。服装をアストラ様に褒めていただけたのは、すごく嬉しかったのです。ありがとうございました」

「オクリースには良く注意されるがな。ヴィッテやフォルマの事を脊髄反射で褒めたたえるなと。俺にとって、ヴィッテもフォルマも特別で、他の令嬢に対するのとは異なるのはしょうがないと、いい加減理解して欲しいものなのだが」


 背もたれに沈んだアストラ様。大きなクッションが形を変える。深いため息が馬車の中に響いた。

 ずきんと痛んだ私の胸は、なんて無責任なんだろう。ここはフォルマと同列に考えてもらえていることに喜ぶべきなのに。

 わかっている。私が傷ついたのは、所詮は私が『他の令嬢』と同じなのを隠している後ろめたさ故にだ。アストラ様にがっかりされるのが嫌で、偽っている浅ましい自分が嫌だから。


「今のはほとんど誘導尋問でしたけど。変なことを口にして失礼いたしました。私ったら贅沢になっています。アストラ様がいつも手放しで褒めてくださるから。無理はなさらずに! 自然体なアストラ様が一番です!」

「……無理などはしておらん。ヴィッテの前ではいつだって俺はアストラでいる」


 アストラ様が中腰で立ち上がった。反射的に私は窓際に移動していた。アストラ様は自然な調子で私の隣に腰かけた。

 どどっどうしよう! 私は極限まで端っこに寄り、手はお膝をしている。なのに、アストラ様が身体を寄せてくるのだ。

 オクリース様ってば、どうして後続の馬車にいらっしゃるのか!


「随分と髪が伸びたな。出会った頃は幼子さながらに毛先が躍っていたのに」


 ちまっと編み込まれた後ろ髪を突っついたアストラ様。


「へぁっ! そうですね!」


 魔術騎士団の馬車内なのに、自宅モードな気がしますよ。

 防音魔術がかけられているが、そもそも団の馬車で私的な会話、と言いますか触れ方をされると居たたまれなさがすごい。変な声があがりもしよう。


「前髪は自分で切っていますが、後ろは自分では難しいので。ヘアカットに行くより睡眠重視で、ここ半年で胸あたりまで伸びました」

「そうか。ここしばらくヴィッテ宅の食事会も控えていたから、職場での姿のみ見ていたと気づいたよ」


 職場では髪を結っているからだ。それに加えて、先日のアクティさんの居酒屋で髪を下ろしている姿を見られているので、そのギャップを感じられたのだろう。

 自分の容姿に関する話題は逸らしたい。パンと軽く手を打った。

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