オタクって正義だよね! オタク知識は割と汎用性ある!
「急な呼び出しを受けた。今日の予定を全部ブロックしてくれ。恐らく解放されるのは夜中になるからな」
午前の会議が一区切りした昼下がり。トルテからの差し入れであるサンドイッチをみんなで食べ終える頃に、アストラ様がため息交じりに告げてきた。
ちなみに慌てて持っていった書類については、騎士団メンバーの遅刻によって、かなり余裕を持って届けられた。五回は読み合わせできたうえに、悠々と現れた騎士団長と副団長を睨むほどには。
「明後日には花祭りですし。この時期となると王宮、と言いますか王様からですか?」
アストラ様の手元には、先ほどステンドグラスをすり抜けてきたフクロウが届けた手紙がある。使い魔で物理的なものは障害にならないらしい。司令官殿のデスクにある魔術具にとまり、優雅に毛づくろいをしている。
フクロウに指を伸ばすと、なんとフクロウから羽を広げてくれた。触っても良いよって。
「シレオの方が百倍は気が楽な相手からだ」
王様からの呼び出しより百倍気が重くなる相手とは⁉ 先王は崩御されているから、オクリース様の父君でもある宰相殿だろうか。
驚愕のあまり書類を落としかけて、オクリース様に苦笑されてしまった。
「そういえば、この半年は双方の予定がずれていてヴィッテを直接紹介していませんでしたね」
アストラ様から手紙を受け取ったオクリース様は、納得したように深く頷いた。
「あぁ、先方は一方的にヴィッテを知っているがな。どうやら大きな行事の前に痺れを切らされたようだ」
苦々しい口調から、王宮か騎士団からのものかと思いきや……目があったアストラ様は、複雑そうな表情を浮かべていた。
嫌ではないけれど、喜んでもいない。とても一言では表現できない色。ただし、普段はきりっとしている眉は、やや下がり気味だ。っていうか!
「なっならば私がなにかしでかしてしまったのでしょうか⁉ いえ、ここにいるだけでも問題視されているのかもしれ――」
大急ぎで口を塞いだが遅かった。冷や汗が止まらず、まず心配したのは書類に雫が落ちないかだったのは褒めたい。自分を。だが、身震いの原因であるアストラ様とフォルマにはさらに、さらに睨まれてしまった。じっ自虐、ごめんなさい。
一人冷静なオクリース様に向き直る。むちゃくちゃ背中が痛いけど。
「では、参謀長殿」
咳ばらいをひとつ落とし、自分のデスクにあるファイルを一冊手に取り立ち上がる。目星をつけて何枚かめくった後、目当ての書類で人差し指が止まる。今日の各部隊のスケジュール表だ。午後の予定に目を走らせ、スケジュールを組みなおせそうな部隊にペンを走らせる。
「司令官殿が行う予定だった午後訓練は、第二分隊長のクレメンテ様にお願いできるか手配してみます。もし調整がつかないようでしたら、控えのダレン様に。訓練所に張り出してあるメニューを基礎に、いつも通り分隊長にアレンジをお願いしてもよろしいですか?」
「頼みます」
通信玉に手を翳すと、魔術音を伴って四角い画面が展開された。空中に表示されている文字をタップする。先ほどの内容を古代語で読み上げ『送』と締めくくると、画面には同じく古代語で『完了』という文字が点滅した。
古代語限定によるが、最近開発が進められている通信術だ。花祭りにあわせて試されている技術。もちろん、正確性と連絡ミスを防ぐために人力による伝達もあわせて行っている。というか機密性重視のため、古代語しか送信できないのが問題だと思われるが。
「まさかヴィッテが古代語も習得しているとは予想外だったな。母国で習ったとは言え、フィオーレの貴族顔負けの発音だ」
「アストラ様、そうでもありませんわ。だって、ヴィッテは家具オタクですもの。それこそ遺跡に赴き、もう形など見てとれぬ古代様式にまで感動するほどですから、」
アストラ様の感心も、フォルマの友人自慢も私にとっては後ろめたさ要因でしかない。
なぜなら母国で習ったなど、嘘八百だからだ。
「そう! 家具オタクが役に立ったよ! オタクって正義だよね! オタク知識は割と汎用性ある!」
大げさに胸を張ってみるが、フォルマが首を傾げる。腰元で揺れるプラチナブロンド。
「ひとつ。アストラ様と同じように不思議に思うのならば、一番覚えやすい慣用句を逆の意味で覚えていることでしょうか」
「おっ教えてもらった先生が古代マニア過ぎたせいだね! 慣用句とか言葉って時代で結構変化するものらしいよ?」
妙に納得しているフォルマたちの後ろから、
――暗に私のことをおばばって言ってるでしょ? ヴィッテの吸収力に感心していたのに、ひどい仕打ちだわ――
と睨んでくるアクア。鋭さよりもむくれた頬が愛らしいのが救いだ。
あははっと空笑いするしかない。アクアの言葉通り、私が古代語を話せるようになったのはアクアが教えてくるからだ。私が教えをこうたというより、事あるごとに、それこそ夢の中でまでアクアが古代語を叩きこんできたせいかと言える。
――まぁ、昔はずっと古代語で話していたのだから、思い出したってのが正解ね――
「思い出した?」
うっかり声に出してアクアに返してしまった。
とはいえ、掠れていたようでアストラ様たちは反応した様子はなかった。
「それでは、司令官殿」
咳払いをひとつして、アストラ様に向き直る。
「お出かけになる先をお聞きしても問題ないでしょうか。騎士団か魔術士団でしたら、先方に到着予定時間だけでも通信玉で連絡しておきますが」
時と場合によっては、出先をオクリース様だけにお伝えになることもある。特に花祭りの主要警護を任されている現在、上層部同士の交渉事や情報交換等もろもろ極秘事項のやり取りも多い。
アストラ様は手紙を丁寧に畳み込み、封筒に戻す。その手つきを見る限り、態度はけだるそうだが、大切な人からのものだとわかった。
「先方への回答は必要はない」
短い断りの言葉に、勝手に胸が痛む。冷たいわけじゃないのに、温度を下げるような発音で、反射的に腰が折られた。
「承知しました」
いくら私が唯一の司令官付の事務とはいえ、所詮は臨時職員だ。
決して自分を卑下しているわけではない。けれど、私がフィオーレの人間で、もっというならフォルマのような貴族令嬢だったら、もっともっとアストラ様に力になれることがあるのではないのかとは考えてしまう。
これでも、『私じゃないだれかが相応しい』と考えないようになっただけでも、自分ではかなり進歩した方だと思うのだ。当然、契約満了の頃にはぶち当たる現実かもしれないが、少なくとも今は違う。ここにある自分を誇りに思い、精いっぱいつくしたいと願っている。
「では、お返事用の便せんをお持ちしますね」
「あぁ、頼む。大体、通信玉がある時代に、ふくろうなど使わなくともいいだろうに。機密性を除外すれば、普通に会話できるのだから」
窓際におとなしく控えている白ふくろう。あぁ、もふりたい! もふもふしたい!! 光を流す毛が美しいのはもちろん、丸い顔にちょこんとのるくちばしも愛らしい!
その欲望をおさえ、ちらちらと横目に入れるだけに堪えているのを誰かに褒めてもらいたいものだ。当のしろふくろうは暢気に毛づくろいしている。
「情緒というものでしょう。あの方は存外ロマンチストな面がありますから」
オクリース様の口から出るとは思わなかった単語に、思わず棚から取り出した便せんを落とすところだったよ! なんとか手に取りなおした便せんに視線を落とす。これは業務用で魔術騎士団の紋章入りのシンプルなデザインだ。
失礼かなと思いながら、体を斜めにした状態で違うデザインの便せんを掲げる。
「あの、女性の方からでしたら、こちらの淡い色の便せんと封筒がよろしいでしょうか? 『うれしい知らせ』という花言葉の花菖蒲が描かれていますので、お招きへの返事の印象もよいかと」
「ヴィッテ、ちょっと待て! なにか誤解していないか⁉」
がたりと音を立てて立ち上がったアストラ様。すごい勢いだったが、上質なつくりの椅子は少し揺れただけで倒れることはなかった。倒れでもしたら、玉や貝に傷がつくからよかったよ!
と、家具オタクの面を出している時ではない。今は、なぜか両手を机に打ち付けこちらを凝視しているアストラ様だ。
「誤解、といいますと? はっ! あれですか? もっと複雑な事情があるので、隠語的な花言葉の方がよろしかったとか! このヴィッテ、司令官殿付として、読みが浅かったです!」
前は質素な便せんしかなかったのだが、支援してくださる方の性別や趣味嗜好によって色々揃えたみた結果、かなり豊富な種類が揃った。これが思いのほか、好意的な意見が多いらしい。喜ばしい限りだ。
魔術騎士団は設立間もないことや実力主義ということもあり、出身がまちまちだ。公爵家のオクリース様やご実家が侯爵家のアストラ様がいらっしゃるとはいえ、なかなかそこまで気が回らなかったらしい。
「私は、その、恋愛経験がないので、そのあたりのフォローができなくて、ですね」
そんなわけで、私はそういった部分を埋めていく仕事をしている。ほとんど対象が決まっているので、個人名を添えて保管してあるのだけれど。花菖蒲は割と凡庸性が高く一般に仕分けてあった。
それでも、恋愛色が強い文が魔術騎士団に届くのは予想外で。
「違うのだ。そんな意味じゃないんだ! けれど喜んでいる自分もいて!」
アストラ様はなぜか机に突っ伏し、何事か呻いていらっしゃる。
「……喜ぶのか落ち込むのか。どちらかにしないさい」
オクリース様がとんでもない厚みのファイルで、アストラ様の後頭部を強打した。けれど、アストラ様は普通に顔をあげた。ので、大丈夫なのだろう。アストラ様の後頭部、すごい。




