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お祭りが終わったら1日中、ベッドにもぐってやるんだ。

「そろそろ眩暈めまいで倒れそう!」


 こんにちは、修羅場からヴィッテです。

 霞む視界を凝らして、なんとか目的の書類は見つかった。ほっと胸を撫でおろす隙もなく、壁に貼り付けたスケジュール表が目に留まる。


「ナナカ君、これ至急で厨房にお願いできるかな! そしたらトルテから実行委員会に直接提出してくれるから!」

「承知っす!」

「あと――この書類は魔術師団あてだから、私が直接テンプスさんに持っていくのが早いか。ミーナ君から同じ術式用紙を騎士団あてにお願いします!」

「了解です。テンプス殿にお会いになるようでしたら、こちらも一緒にお願いします」


 水を一気に流し込んでしまったため、大きく頭を振ることでミーナ君に応える。

 正反対の雰囲気の騎士見習い二人は、これまた対照的な仕草で司令官室を退出していく。


「あと、会議用の計画表を会議室に持っていけば、一息つけるかな」


 ここ数日、睡眠時間が二・三時間程度だ。年がら年中、お昼寝とあわせて最大一日の半分はベッドにいられる身としては、かなりつらい。

 ふぅっと椅子に体を沈めた直後、念のためにと表紙をめくってお尻が跳ね上がった。


「待って待って、私! なんで表紙と中身の内容が違ってるのー!」


 今日の第四会議で使うから分類用と違うほう――手帳に挟んだんだった!


「ってか、その大判手帳自体がどこにあるのかー‼ いつも通り、大人しくファイルに締まっておけばよかったのでは、昨日の私よ!」

「完全なる同意ですけれど、あと十分後に会議ですわ」


 よろっとしながら司令官室に戻ってきたフォルマ。ちょっとしおれていても美少女だ。

 臨時で設けられたフォルマ用のデスクに手を突くなり、引き出しから可愛い付箋を取り出した。抱えていた書類に手早くつけていく。


「わーん! フォルマ、そっちの第三ファイルのお尻に挟み込んであったりしないかな? そこの可能性が一番高いの!」


 本気で日常を記録する映像機があって欲しいと口の中を噛んだ直後、


「ありましたわ! ヴィッテ、これで良いのかしら⁉」

「うわっ! って、フォルマってばナイスパス!」


出会った頃からは考えられない大振りで、フォルマが書類を投げてくれた。

 一瞬、ステンドグラスから差し込む夕日に目が眩む。けれど、なんとか本能でキャッチした。括っている紐から破り出る勢いで捲って、安堵できた。


「やっぱりフォルマは女神だよー! 私、絶対に、今日は整頓してから帰る!」


 書類を抱えて、感謝の祈りをささげる。フォルマ天使に。


「女神――はおこがましいので、百歩譲ってソノ使いからの忠告ですわ。ヴィッテはわたくしに感謝する前に、これをあと五分の内に三階下の会議室に優雅に持っていかなければ」


 である!

 早急に立ち上がって、書類の海をかき分ける。重厚な取っ手を掴んだところで、ふんわりと小さくて柔らかいものが触れた。フォルマの手だ。

 私の荒れた手が彼女のそれを引っ掻いてしまうのは忍びない。そう手を引く前に、遠慮ない音が響いた。気遣うようで、責めるようで――いたわる手つき。


「大体、膨大な書類管理をヴィッテ一人に任せるのが間違いなのですわ。いくらヴィッテが事務処理の達人であっても、傍らから乱していくお二人がいては」


 出会った頃からは想像もできない、悪戯めいた笑みが咲いた。綺麗な桃色がかったブロンドが夕日を流す。

 見惚れているとフォルマが「ヴィッテ?」と問いかけてきた。美術レベルに日常の愛らしさがまじってしまっては、人類は勝てないのは道理だと思う。


「うっうん。ヴィッテは危機感を抱いている位には正気です」


 ただ、フォルマが私の美辞麗句を受け入れるはずがないので、そんな答えになってしまった。居心地が悪いのは、故郷の親友であるメミニさながらに、フォルマが『誤魔化されてあげるわ』と言わんばかりに口角を鋭利にあげたせいだろう。

 どうして私の友人はこうなのか。


「さて。タイムリミットが迫っていますわ。いってらっしゃいな」


 私がぐるぐると考えていると、フォルマが背中を軽く押してくれた。


「そうだった! 今日ばかりは廊下っていうか階段を走らせていただきます!」


***


 先の宣言通り、今日は廊下や階段を走っていても進みたい放題だ。というのも、国をあげての花祭りが明後日に控えているからだ。

 外から見ていると、そんなに打ち合わせが必要かと思うかもしれない。けれど、実際に現場に立ってみると打ち合わせの嵐。ちょっとした懸念事項でも、論議に2時間を要することもあるあるだ。


「新しい催しのための論議ってのもあるけど、大半は露店と警備の調整なんだよねぇ。夜中の演習も含めて」


 夜中の演習が私の寝不足の原因のひとつでもある。

 うちは割と街中にある。となると、当然ながら祭り当日の警備強化区域だ。大々的な演習は前日のみだが、事前の下見は昼夜問わずに実施される。魔術騎士団勤めの私は、日中の勤務に加えてそれに伴う機会も多い。


「ふわぁっ。って、擦り合わせ以上のことが起きるのが祭りだもんね。しっかりしろ、ヴィッテ。お祭りが終わったら1日中、ベッドにもぐってやるんだ」

――ヴィッテ。祭りの間は万全の体制で迎えなさいね。ひとまず、そのクマは絶対にとっておくべきだわ――


 後をついてくるのはアクアだ。少し上に視線を動かすと、腕を組みながら背中を向けているアクアがいた。アクアは割かし世話焼きだ。そして母様より口うるさい。

 素直に聞き入れてしまうのは、姉妹に近いせいだろう。姉様を彷彿とさせる。まぁ、アクアはサスラ姉様が大嫌いなので呑み込んだけど。


「王宮で行われる後夜祭には、魔術騎士団の全員が招待されるんだもんね。アストラ様たちに恥をかかせないようには頑張るよ」

――お肌の調子は一朝一夕にどうにかできるものではないのよ――

「それはお化粧の力でなんとかしてもらわないと」


 参加する際のドレスはすでにアストラ様とオクリース様、そしてフォルマの連盟で贈られている。当日の用意について危惧などあろうはずがない。フォルマと一緒に着飾られるのを約束されているのだ。

 というか数日前に採寸のためアストラ邸に招かれて、途中で寝落ちしかけ――いや、マッサージを受けてぐっすりしたのは黒歴史だ。ちなみに、鏡の前にいた化粧を施された自分は別人だった。


「私はまず時間ギリギリに会議室をノックすることに向き合わねば」


 会議室の前に辿り着き、深呼吸をする。ちょうど鏡に映った自分は確かにひどい。髪はぼさぼさだし、肌は荒れ放題。目の下のクマは最早勲章だ。


「クマはアストラ様たちの役にちょっとでも立っている証みたいなものだし」

「ヴィッテさんのおっしゃることに一理ありますが」


 割って入ってきた声に思わず飛びのいてしまった。

 愉快な警戒ポーズを取った私に向き合っているのは、晴天あっぱれなクレメンテ様だ。面倒見がいい方なのだけど、いまいち気障なので苦手意識を持ってしまう。


「クレメンテ様、お疲れ様です。今のは独り言なので、どうか全力で無視してくださいませ」

「ヴィッテ君が思わず零してしまったことなら、独り言として捨て置けぬよ」


 相変わらず、どこかずれたお人なのだ。クレメンテ様って。わざわざ相手の意志に反する言動を押してくる傾向がある。

 しかも、すこぶる心配性なので一度ロックオンした人はとことん気遣うときたものだ。


「クレメンテ様も魔術騎士団が大好きですもんね! 私も大好きです!」


 トルテに教えてもらった魔法の言葉を高らかに口にする。

 これが本当にすごい効果があるのだ。貼り付けた笑顔をともに唱えると、しつこいクレメンテ様が咳交じりにのいてくださる。やたら咳き込むけど。


「失礼します。司令官殿、参謀長殿。ヴィッテです」


 気を取り直して、私は会議室の扉に拳を打ち付けた。


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