名物三人組が今や国の要になっているなんて、おじさんは感慨深いよぉ
テンプスさんの謎発言の後はとても楽しい時間を過ごせている。
テンプスさんもアストラ様にお酒を注ぎながら、ほわほわとご機嫌な様子で花祭りの話を振ってくれた。テンプスさんやアストラ様たちの子ども時代の祭り話に遡り、私もすごく新鮮だった。
ひとしきりの話が落ち着くと、オクリース様が『それにしても』と言う様子で溜息を吐いた。
「アストラには、花祭りの度に屋台の食べ歩きや剣術勝負に連れまわされましたね。特にある年など、幼児並みのはしゃぎ様だった記憶があります」
「ある年って。お二人ともお付き合いが長いのに、随分とピンポイントなのですね。よっぽど盛り上がったのでしょうか」
ほろ酔い気味に笑ってしまう。
けれど、すぐさま冷や汗が流れたじゃないか。隣で腕を組んで首を傾げているアストラ様もだが、なぜかじっとこちらを見つめてくるオクリース様。圧がすごい。蛇に睨まれた蛙状態である。
「あっ、あの。私、そんなにおかしな発言をしましたでしょうか」
「いいえ。気にしないでください。ともかく。学院時代は骨が折れる日という印象でしたよ」
私の汗が滝並になる前に、オクリース様が話を進めてくださった。よっ良かったけど、今のはなんだったのか。藪蛇になるのでお口はチャックだ。
アストラ様もはっとなり、少しわざとらしく拗ねた。まるで、自分を誤魔化すみたいに……。
「オクリースだって澄ました顔をしながらも、フォルマに良い恰好を見せたくて魔術人形繰り競争でむきになっていたくせに。結局、最後の良いところはシレオに持っていかれていたがな」
「何事にも真剣な学生時代だっただけですよ」
オクリース様とアストラ様が笑顔で仲良く喧嘩する。
しばらく言いあった後、はてとグラスを傾ける手が止まった。「はて、あれは具体的にフィオーレ暦何年だったか」とお互い首を傾げて。
そして、やっぱりと思った。夢の中で見た、昔のアストラ様たちそのものだって。
――ねぇ、アクア。やっぱりあの夢って――
――こんなに厄介な人間が多い空間で、気を抜かないの――
宙を漂っているアクアをちら見すると、途中で言葉を切られてしまった。
一理あるけど、そんなに素っ気なくしなくても良いじゃないか……。と拗ねかけたが、テンプスさんと目があって頬が引きつった。そっそう言えば、店に来る前も『ヴィッテ君って、時々、空中をじっと眺めていることがあるよね。猫とか赤ちゃんみたいに』と突っ込まれたばかりだったよ! 幽霊が見えているとか思われているのだろうか。まぁ霊体という意味では大正解だ。
「花祭りは伝統的な催しもさることながら、毎年斬新な参加型の企画があるからねぇ」
引きつり笑いの私をなぜかむふっと笑ったテンプスさんだったが、どうやら話は続けてくれるようだ。私も便乗するの一択だ。
「私が書類処理している中でも、すごく新鮮なものがあります。具体的にお伝えできないのが残念ですが、ぜひ当日を楽しみにしていてくださいね!」
庶民派で言えば大食い競争なんて標準的なものから、愛を叫ぶ会場や親子料理対決なんていうのもある。ちなみに集団お見合いはオクリース様に瞬殺却下されていたっけ。
貴族的な催しは例年通り、狩りやお茶会、野外オペラ鑑賞などで完全に限られた人たちで行われる。
「そだねー。アストラ君とオクリース君は、貴族エリアの警護にあたるんだろうねぇ。あと貴婦人たちのお相手も」
「あぁ。王がそちらに顔を出すからな。可能なら賑わう街の方を警備したかったぞ」
気怠い調子でソファーに腕をかけたアストラ様から、先ほどの思いで話の場面がリアルに想像できてしまった。賑やかなお祭りが好きなんだなぁって。
あと、表立って口外は控えていらっしゃるが、シレオ様のお忍びも予定されている。当然、その際はお三方とも変装される。テンプスさんもこれまでの経験から予想できているようで、「まぁ。楽しみはいくらでもあるでしょ」と隣に座るオクリース様の肩を叩いた。
「アストラ君たちは昔から庶民エリアの常連だったからねぇ。でも、君たちみたいな貴族が下町イベントまで網羅するっていうのは珍しいよぉ」
「あんたら……容易に想像できるところがなんとも言えないさね。図体だけでっかくなったことか」
「やんちゃなアストラ君に巻き込まれる大人びたオクリース君、それにのほほんと付き合うシレオ様。きみたちは学院の名物三人組だったからねぇ」
前にも聞いた事がある。アストラ様たちよりも年上で三十代のテンプスさんがおっしゃるには、すでに魔術士団勤めをしていた彼の耳にもお三方の噂は届いていたらしい。優秀なお三方が各団や近衛、もしくは政治の世界に入るのかも噂の的だったようだ。
興味深くふんふんと頷いてしまう。
「アストラ様とオクリース様の子ども時代のお話、もっと教えて欲しいです! フォルマも可愛かったんだろうなぁ」
「アストラは大して変わっていませんよ。精神年齢が低いおかげで子どもたちにも人気でしたね。祭りの最後の方など、子どもたちを抱えてシャツ一枚で祝福の聖花恵水を浴びる始末でしたから」
「オクリースはいつも一言余計だ。素直に子どもたちに好かれていたと言えばよいものを。お前だって、フォルマを抱っこしているのを羨ましがられて、子どもたちによじ登られていただろうに」
にやにやといたずらっ子みたいに口元を緩ませたアストラ様が、オクリース様にヴィヌムのボトルを傾けた。
オクリース様は静かにグラスを傾けた。かなり照れていらっしゃるご様子。
オクリース様が子どもたちによじ登られる。その光景はかなり貴重だ。というか、オクリース様に抱っこされるフォルマなんて可愛すぎる! 美少年美少女でまさに福音が放たれそうだ。
「遠くからでいいので、私も拝見したかった光景です!」
両手の拳を握って身を乗り出す。混ざりたいなんてのはおこがましい。でも、見たかった!
ふと、視線を感じて体を捻ると隣のアストラ様と目があった。あぁ、お酒のせいだと思いつつ、
「その時のアストラ様は、子どもたちのアストラお兄ちゃんだったんですね。確かにアストラ様って、おひさまみたいだからおにいちゃんがしっくりきます!」
などとケラケラ笑ってしまった。自分でも珍しいと思う笑い方をしている自覚はある。
幼い頃の話題がくすぐったいのか、当のアストラ様にはふいっと視線を逸らされてしまった。なんだかそんなアストラ様が可愛くて。酔ってきているせいか、落ち込むのでもなく笑いを噛み殺した。
「昔の俺にはそんな顔をして笑ってくれるのだな」
目が据わったアストラ様にやんわりと頬を引っ張られた。摘ままれた部分が、ぴりっとした。
正直、少し驚いた。アストラ様はスキンシップが激しい。けれど、いつも触れ方が優しい。いや、ちょっと過剰な勢いで抱き着かれるのもあったが、こんな風に拗ねた感じには初めてかもしれない。
「アストラ様?」
珍しい触れ方――むずむずとこそばゆい感じに、瞼がせわしなく動いてしまう。
数秒後、私以上に慌てたアストラ様。音を立てて離れたのはもちろん、
「あっ、いや。すまん」
面白い調子で腕を躍らせた。
それだけで、私の心は満たされていく。元から感情豊かなアストラ様が、私のことで動揺してくださっているって。性格悪いな、私。
「昔こうして事あるごとに……姪っ子が悪戯っぽく笑うのを止めていたのでな。反射的に手が伸びてしまっていた」
浮かれかけていた心が一気に凍り付く。自分がいかに浅はかだと自覚して。
アストラ様の姪っ子さん。
アストラ様が戦争最前線から戻られた後、しばらくして病で亡くなったとは聞いている。以前の私なら身内と重ねてもらえるなんて光栄だって、鼻息荒く身を乗り出せていた。
なのに、どうしてか体が固まってしまった。頬が強張ってしまった。
どうしよう。変な空気にしてしまったかもしれない。オクリース様とアクティさんが目を合わせた。
「わっ私の頬ならいくらでも引っ張ってください!」
音を立てて身を乗り出した私に、アストラ様があんぐりと口を開いた。
自分でもすごい勢いだと思う! だがしかし! 止められない! が、さすがに手を掴むとかは無理なので、袖口を両手でつまむ。
「食べるのが大好きなので柔らかさは補償します! 最近なんてトルテが料理を教えてくれるものですから、さらにいっぱい作っては食べちゃって!」
「確かにヴィッテがつくる賄いは評判さね。あー、雑貨屋のみんなに」
アクティさんが乗ってくださった。うん、居酒屋バイトが秘密だからこその付け加えなのだけど、たぶんオクリース様にはバレたな。給仕の子とのやり取りからして、まぁ、バレて当然かも。
テンプスさんが旬の山菜天ぷらを頬ぼりながら、何度も頷いた。
「そのテンプス殿の頷きはなんなのだ。俺たちが忙しくてヴィッテの家に行けていないというのに、貴方はヴィッテの手料理を堪能されているということか?」
アストラ様にはバイトのことを気づかれずに済んだようだけど、ちょっと論点もずれていると思います。
テンプスさんも珍しく、顔に『面倒くさいスイッチ入っちゃう予感ー』と書いてある。
「っていうかさぁ。名物三人組が今や国の要になっているなんて、おじさんは感慨深いよぉ」
「感慨深くなってしまうほど、やんちゃしてたってことさね」
「あははっー。肯定しかないよねー。アストラ君たちは覚えているか不明だけど、当時の僕は魔術師団に所属しつつ、学院の臨時教員もやっていたから良く知っているよぉ」
これは私にでもわかる。手料理云々についてクレームをつけるなら、テンプスさんもアストラ様たちがあまり私に聞かせたくない過去話も暴露しちゃうよっていう取引だろうな……。
「おっ俺たちの話は良いのだ」
アストラ様がこれまたわざとらしく咳ばらいをした。
「えーとなんだな。折角の機会なのだから、過去の話よりも今の花祭りの警護について、もっと参考意見を聞けたらと!」
アストラ様の主張に、ヴィヌムを流し込んだテンプスさんは「そーだねぇ」と小さく唸った。
テンプスさんはこういうところが大人だなと思う。というか、時折ぐっと踏み込んでくるくせに、後追いせず、深く立ち入らず、という印象が強い。普段、割と距離が近い方なので不思議な距離感の取り方をされるのだなぁと。アクアが警戒するのは、そういった一面からなのだろうか。
「当然だけど。魔術騎士団が警備担当をするのは初めてだからね。僕たちの時とは勝手が違って大変だろうねぇ。なんせ同じ立場の前例がない」
魔術騎士団は隣国との大きな戦いの後――つまりシレオ様が即位されてから新設された組織だもんね。花祭りの警備も今年が初めての主担当となる。
「そうだ。ちょっとした余興で置き換えて想像するのも面白くないかなぁ? 折角、お酒の場なんだしぃー」
「なるほど。ようは魔術騎士団としての二人ではなく、従来通りならどうなるかってことか。ヴィッテはどう思う?」
どう思う、とは。テンプスさんとアクティさんを交互に眺めてしまう。
心内が思いっきり表に出ていたのだろう。テンプスさんがのほほんとした笑みのまま、軽く笑った。私、顔に出過ぎですよね。色々と。
「話が飛んだよね、ごめん。元奥さんにもよく叱られたもんなぁー」
「つまりは、魔術騎士団以外に所属している二人を想像したらってことさね」
新しくボトルを開けていたアクティさんが補足してくださる。
アクティさんが掴んでいる硝子容器を見て、ぎょっと目を見張ったよ! そんな私をスルーしてアクティさんはテーブルに並べられた小さなグラスたちに琥珀色の液体を注いでいく。
こっこれってば、庶民ならちょっと舐めさせてもらっただけで昇天できるほど希少な銘柄――‼
ブリキのおもちゃよろしくぎこちなく頭を下げて、震える手でグラスを持ち上げる。はぁぁ。薫りだけで美味しい! そして、唇で食んだグラスのふちをかつてこれまで優しいと感じたことがあっただろうか!!
「これが報酬ってことで、ほれ言ってみ」
報酬なんてもったいない!
とはいえ、私が味に浸るのを待ってくださった皆さんに言い訳をするのは忍びなく。勇気を出すためにこくりと一口呑み込んだ。
「正直に言いますと、魔術騎士団のお二人が私の中で大きな存在すぎて、あまり想像できません」
「へぇ。ヴィッテにとってアストラとオクリースはそんなにどでかく心の大半を占めているのかい?」
とは、アクティさんである。少しにやっと上がっている口角が気になるけど……。おっしゃるとおりなので、ふんふんと大きく頷いてしまう。
「もちろんですよ! 自分にとってお二人との出会いの根幹ですし、過去を想像するより先にそれまでの縁に感謝しきりになってしまうというか。もはや、お二人のこれまでの歴史があってこそ、いま私が生きていられると主張しても過言ではありませんので!」
先ほどの一口で酔いがまわったのか、良く舌がまわる。
「フィオーレでもらった気持ちや繋がりの全部が、アストラ様とオクリース様から始まっているんですもの。私がこうして生きていられるのは、あの時にお二人と出会えた――というか拾っていただけたからです。生きていられるっていうのは、今でもこうして前向きに歩めているっていうことで」
が、すぐに我に帰ることができた自分、よくやった! かなり酔っているみたいだが、状況判断は可能だ!
今、求められているのはアストラ様とオクリース様に対する感謝の念を伝えることではない! アストラ様とオクリース様も、なんか呆けていらっしゃるので、軌道修正をせねば!
「しっ失礼いたしました。少し興奮しすぎたようで。えっと、あの。本心ではありますが、本題からそれてしまいました」
立ち上がって腰を折る。あっ、やばい。急に動いたせいで、くらりと視界が揺れた。
立ち眩みを支えてくださったのはアストラ様だった。
「ありがとうございます」
見上げた先にいたアストラ様はきらきらと瞳を潤ませていた。そして、腕を掴む体温がひどく熱く感じられた。




