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ヴィッテは普通にしていても可愛いからな!

「アクティさん?」

「珍しくこんなに愛らしく着飾ってんだ。大人しくもてなされておきなよ」


 関係ありますでしょうか、この場で。

 私が口ごもると、アクティさんはより『面白いじゃないかい』という色を深めた。それもあってか、服装の話題を掘り下げられると少々居心地が悪いと思った。

 にへりと引きつり笑いを浮かべているのを自覚しながら、腕まくりをして料理に手を伸ばす。


「お手伝い程度の気持ちなので大丈夫で――」

「確かに。今日のヴィッテは、随分と着飾っているようだな」


 アストラ様が若干しどろもどろに尋ねてきた。目が合うと、さらに気まずそうに視線を逸らされた。

 ガシガシと髪を搔き乱すアストラ様はかっこいい。

 だがしかし。アストラ様がかっこいいのと、私がおかしいのは別問題だ。


「あの。私が着飾っている、というか世間の女子並みにおしゃれをしているのは相当不可解なのでしょうか。いや、そうである自覚は持っています」

「そんなことはないぞ! ヴィッテは普通にしていても可愛いからな! ただ、女性というのは髪型や洋服ひとつで変わるのは知識としては知っていたが、実際に知ってがとなるとだな」

「……アストラ様は平常運転でずれていらっしゃいます。フォローいただかなくっても大丈夫です」


 私だって、自分が洋服より食材やお酒にお金をかけている自覚はあるのだ。

 という訳で、アストラ様が戸惑うのもわかる。アストラ様にとって私は腹ペコ行き倒れの保護対象の少女。だから、色気づくというか食い気よりオシャレに目覚めたとなれば大変なのだろう。父性含め……自分への感情の変化など、色々と。


「特に理由はございません。前回の休日にフォルマがトルテ贔屓の洋服店に行きたいって言ったので、私も付き添いで出かけたんです」

「あぁ。フォルマがいつもより大人しめの服装で出かけたので、父が誰かと密会でもするのかと落ち着きがありませんでしたね」


 思わぬところで、宰相様のお父様っぽいところを垣間見てしまったぞ。

 かく言うオクリース様だって、何やら腑に落ちたって安堵しているように見える。


「そうでしたか。一日中、女子三人でのカフェやショップ巡りでしたのでご安心ください」


 そう伝えると、オクリース様は一呼吸分だけ間を開けて軽く咳払いなどされた。

 こうなってしまうと自分のことより、フォルマを応援したくなって話題を続けてしまう。フォルマは幼少の頃からオクリース様が大好きみたいだから。その光景を見たことがないはずなのに、とてもリアルに想像できてしまうから不思議だ。


「フォルマも何個か買っていましたよ。街中を歩くにはちょうど良いって。さすがに、男性から贈られたいNO.1な髪飾りを自分で買うのは止めたみたいですけど」


 私はあまりにもにやけていたらしい。オクリース様に子ども仕様の風魔法を投げられた。でこつん的に額に衝撃を受けた。

 アクティさんが「おやまぁ」と呟く位、人前では珍しいな。そう思いながらも、さらにふへっと笑ってしまった。フォルマや、脈はありそうだよと。


「ヴィッテ?」

「ひぇっ。すみません、オクリース様。調子に乗り過ぎました」

「なにをおっしゃるのですか。私はただ先を促しただけですよ?」


 この場でオクリース様の言動に疑問符を浮かべているのはアストラ様だけだ。湿気たきのこみたいな顔で、首を傾げていらっしゃる。

 薄々気が付いてはいたけど、アストラ様って自分以外の色恋沙汰にも疎いのだ。


「そうですね。えーと、なんですっけ。そうだ、私の服装でしたね。フォルマとトルテに押し切られて購入したものを、箪笥の肥やしにするわけにはと思い休日に着たまでです」


 フォルマはれっきとした貴族のご令嬢だ。遠縁とはいえどもオクリース様のウェルブム公爵家の流れにあたる。特に今はウェルブム家に滞在しているのだから、最上級のおもてなしを受けているはずだ。待遇も品物も。

 それなのに、お揃いでリボンやストールとお揃いで購入していた。そんなところ、可愛いなぁと思う。フォルマが庶民に寄せてくれるところが。

 そして何より! オクリース様とお忍び庶民デートをしたいっていう野望があるんだよ! 可愛いしかない!!


「M&Vという最近女性に人気があるブランドのワンピースだな。貴族令嬢の中でも庶政に紛れるにはちょうど良いと噂らしい」

「それ僕の職場でも若い子が話題にしていたよー。花祭りも近いし、貴族でも若い世代は庶民派なデートをしたいって」


 私が一人悶えていると、意外にもアストラ様がブランド名まで口にした。からの、テンプスさんの援護射撃だ。なるほど、ふんふん。

 思わず素で、


「アストラ様、よくご存じですね。庶民の中ではすごくクオリティが高いお針子さんが経営者になっているって評判ですけど、まさか貴族のご令嬢方の中でも好評だったなんて。今度、お店のデザイナーの方と飲みに行くので伝えておきますね」


と返してしまったのは許して欲しいと思うのだ。

 私の言葉に裏はなかった。

 アストラ様は大層おモテになる。けれど自他ともに認める剣術一筋で生きてこられた方だ。単純に、フォルマから聞いたのだとしてもブランド名まで覚えていらっしゃったのかと驚いてしまったのはある。それと同時に、朴念仁なテンプスさんでもご存じな世情なのだと納得もしたのだ。


「ふっ深い意味はないのだ! ただ、次にヴィッテへ贈るならこれが良いとフォルマたちが言っていたのでなっ!」

「アストラ君って、結構むっつりなんだねぇ」


 テンプスさんが心なしかニヤニヤしている、気がした。いつも緩い笑顔なので、纏っている雰囲気で読んだだけで良くわからない。ちなみに、アクティさんはわかりやすく震えている。

 オクリース様は溜息交じりにチーズに口をつけた。


「はぁっ⁉ テンプス殿、それはどういう意味だ!」


 そしてアストラ様は勢いよく立ち上がり、抗議の姿勢全開だ。

 ぶかっこうなのだけど、私はこんなアストラ様が好きだと思った。私ってば、ちょっと思考がずれているのは承知している。好きな人のかっこ悪いところが好きなんてあり得ないって、トルテに連れていかれた女子会なるもので聞いた。

 誰にも言えないけども。そもそも、アストラ様への想いを共有できないうえに、唯一あけすけなアクアはなぜかアストラ様を敵視しているし。


「ぶはっ! ちっ近頃、花祭りも近いせいで、庶民の中では定期の、盛り上がりがあってね」

「だから何なのだ!」

「朴念仁もここまでくると相当なもんさね……」


 笑いを噛み殺していたアクティさんだが、アストラ様が本気で尋ねているのがわかったようで。なんというか、スンっという音が鳴った。

 なぜかオクリース様に視線をうつして「参謀長殿の教育不足じゃないのかい」なんて長い息を吐いた。


「なんでも男性が女性に洋服を贈るのは、その服を脱がせたいっていう意図があるらしいよ? ほら、花祭りって恋人や想い人に衣装を贈る習慣もあるだろう?」

「贈った服をね。そうさね。」


 テンプスさんがさらりと笑った。それを告いだアクティさん。

 小さく零してたっぷり十数秒後、


「ばっ‼ なっ‼」


アストラ様は音を立てて真っ赤に染まった。慌てた様子で顔を腕で覆うけど、当然隠しきれていない。大丈夫です、アストラ様。皆が皆、同意している概念ではありません。

 アストラ様が照れるのは日常茶飯事だ。というか表情豊かな方だから、喜怒哀楽が良くわかる。大切な家族の気持ちが読めずに今に至る私は、そこに安心しているのは否定できない。


「ヴィッテはどう思うさね」


 私ですか? と疑問符いっぱいにアクティさんに向き直る。


「アストラが花祭りの衣装を贈るってきかないんだろう?」

「あっ、はい。確かに、そう言われていますね」


 立ち上がって面白ポーズのままなアストラ様の裾を引っ張る。あからさまに、ぎくっと身を引いたアストラ様。


「大丈夫です。アストラ様ですから」

「――っ⁉」


 真っ赤になったり青ざめたり忙しいアストラ様。

 おまかせください。事前情報は入手済みです。すごく真面目に拳を握る。


「アストラ様が身ぐるみ剥ぎにかかるお方ではないのは重々承知しておりますので!」


 あっ、あれ? とんでもない沈黙が部屋に満ちる。

 おろおろと手を躍らせてしまう。


「……念のため確認しておきますが。ヴィッテはトルテからどう聞いているのですか?」

「はい! 花祭りを一緒に過ごすために洋服を贈られるだろうけど、受け取らないようにと! 一度受け取ってしまったら、断る際に身ぐるみを剥がされる恐ろしいことになるからと。しかも相手の意図に関わらずっていうのが、普段の贈り物と違う点だから警戒しろって言われています!」


 ごくりと唾が喉元を落ちていく。トルテが語る恐怖体験を思い出して汗が垂れる。

 歴史が長い祭りな分、習慣も根深いのだろう。怖い。怖すぎるよ、花祭り。


「花祭りの表裏、恐ろしいです」

「いや、うん。なんというか」


 返答が誰のものだったか。

 顔を上げると、皆さん渋い顔をされていた。あっあれ? 私、何か間違っていただろうか。

 いち早く立ち直ったのはテンプスさんだった。グラスを持ち上げて、とても楽しそうに笑い声をあげた。


「異文化交流って楽しいねっ! 僕は常々思っていたんだよ。魔術解釈さえも千差万別なのに、日常言語なんてもっとだよねって!」


 はたして、それは正しい状況説明だったのか。突っ込む人は誰もいなかった。


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