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私は貴女を、アクアをずっとずっと知っていたのに。

第二部の連載を再開します。

しばらくは月4回更新を目指す不定期更新ですが、2022年中に完結予定ですのでラストまでお付き合いよろしくお願いします。

 その夜、夢を見た。

 ()()というのは、私にそっくりな幽霊を認識した日。


 私は寝つきが良い方だ。夢はほとんど毎日見る。内容を詳細に覚えていることもあれば、漠然とした概要だけしか思いだせない時もある。けれど、総じて言えるのは大体の夢で私は夢の中にいると自覚していることだろう。


 まさに、今もその状況だ。

 深くふかく沈んでいる。あたたかい水の中を重力のまま落ちている。

 そして、揺れる光を見上げている先に両手を広げているのは私。違うのは、今の私じゃないってところ。リボンみたいに広がっている腰までの青い髪。今は顔横の髪を以外は、肩あたりで切りそろえられている。フィオーレに来る直前から今日まで。

 それでも、私に瓜二つの例のそっくり幽霊だと認識できるのは――私じゃないと確信するのは、彼女は私が浮かべるはずのない自信に満ち足りた笑顔を浮かべているからに他ならない。


『やっと()()会えたね、ヴィッテ!』

「またということは、前にも会ったことがあるのかな。自分自身だからって言うオチじゃないと思いたいけど」


 つまりは二重人格の他人格かという意味だ。実家の図書室にあった異国の医学書に記載があった疾患。

 そっくり幽霊はぽかんと口を開けて、瞬きを繰り返す。


『あら。久しぶりに会話ができたというのに、随分とつっけんどんな言い方をするのね?』


 少しばかり居心地が悪くなった。あまりにも自分に似ていて。

 視線を逸らした先にあるのは、真っ暗な空間。怖いのに沈んでいきたくもなって、ごくりと喉が鳴る。


『まぁ、ある意味ではあっているかもね。私は貴女になりたくて、貴女は私になっちゃったから』


 目の前のそっくり幽霊は随分と面白い言い回しをした。

 意味を考える前に鼻先を突っつかれた。そっくり幽霊は随分と愉快そうに目を細めている。自分と同じ顔が、自分がしたことがないであろう表情をしているのはひどく不気味だ。


「私をよく知っているの?」

『えぇ。それこそ、貴女が生まれる前から。そして、この瞬間に至るまでずっと一緒にね。両親より姉より、友人より。誰よりも貴女に寄り添ってきたの』

「私に――とりついているの?」


 私が問えば、そっくり幽霊はちょっとだけ眉尻を下げた。だから、私はその表現は適切かはともかく、彼女を傷つけたのだと理解できた。


「ごめんなさい。私の言葉、痛かったよね」


 私が謝ったのが意外だったのか。目と鼻先まで近づいていたそっくり幽霊が、先ほどと少し違う調子で瞬きをした。

 しばらく思案して、そっくり幽霊再び鼻先を突っついてきた。


『どうして、そう思うの?』

「だって、貴女は『寄り添ってきた』って表現したのに、私は『とりついた』なんて表現をしたから」

『良いのよ。私以外から見たら、あながち間違っていないもの』


 表情を一変して、憎々しく親指を噛んだそっくり幽霊。


『そう。あの子――ヴィッテの母親は最初こそ私を受け入れていたのかもしれないけれど、結果的には貴女の家族からしたら、私は間違いなく厄介な存在だったでしょうね。あの忌々しい、最初から反抗的だった()()()()()()()()()を含めて』


 サスラ姉様は私のたった一人の姉だ。

 どうしてか、姉様の部分だけやけに強調されている、気がした。というか、憎悪すら伝わってきた。


「母様やサスラ姉様のことも知っているの?」


 サスラ姉様は、貿易商をしていた両親が亡くなったあと、私に婚約を迫っていた子爵家のスチュアートと財産のほぼ全部を持ち逃げして駆け落ちした。


「サスラ、姉様。どうしているかな。元気、でいるかな」


 夢の中だからだろう。素直な想いが浮かんできた。

 確かに、姉は私に対してあたりが強かった。新天地フィオーレに来るために姉を憎む対象として認識してきた。

 けれど……フィオーレで人生をやり直して幸福を感じている今となっては、これまでの日常を冷静に振り返ることもできているのだろう。


『ヴィッテを裏切ったあんな女なんて放っておけば良いのに』

「うん。サスラ姉様は家人たちも従業員たちも、私さえも裏切った人。昔から私のことをうっとおしそうに睨んできた。私とは正反対な明朗快活で華やかな人だったから、うじうじしている私が嫌いだったんだろうね。でも――」


 奇妙なことに、ふと思い出す記憶の片隅には姉様が私を可愛がって甘やかす場面もあるのだ。それは映像だけではなく、確かに柔らかな触れ合いという体の記憶も伴っている。

 すぐに妄想だと自分が言い聞かせるけど、同時にちゃんと考えろと叱咤してくる自分がいるのも本当で。


「たった一人の家族だもの」

『なに甘いこと言ってるのよ!』


 ほろりと零した言葉に激高したのはそっくり幽霊だった。真っ白だった肌が、やけどしたと思わんばかりに朱に染まっている。

 思わず彼女の頬に伸びかけた手はきつく掴まれた。そっくり幽霊の瞳が怒りを灯している。


『あいつは私とヴィッテが出会った時から、引き離そうとしてきた! あいつはヴィッテとは少し離れているけど、先祖返りってやつで元の血には割と近い中途半端な奴だった! ヴィッテの母親ともヴィッテも違った。だから私をあいつらと同じく悪だと認識したのよ。あいつはあいつらと一緒だ! 私から愛しい人を奪っていく!!』


 予想外の回答に、思考が止まった。色々理解しきれない言葉ばかりだ。

 驚いた私に気が付いたそっくり幽霊。気まずそうに視線を何度が逸らした後、恐る恐ると言った様子で抱きしめてきた。あたたかくはない。逆に、氷に触れたみたいにひんやりとした冷気が全身を包む。


「……泣かないでよ」


 それでも彼女を振り払う気にならなかったのは、肩口に擦り寄ってくる彼女が泣いていると思えたからだろう。


『ヴィッテ、ごめんなさい』


 顔を上げた彼女の瞳は湿ってなんかいなかった。それでも、全身で泣いていると思った。


『まだ話す時ではなかった内容ばかりだったわ』

「んっ。いいよ」


 どうしてか、そっくり幽霊を責める気にはなれなかった。

 そうこうしているうちに、いつの間にか底についていたようだ。腰がすとんと平地に落ち着いた感触があった。


 そして、全部、流れ込んできた。抱き合った体の全部から、感情と記憶が。記憶は一瞬でまた消えてしまったけれど。


「むしろ、私の方がごめんね」


 力の限り、その体を抱きしめた。何の感触もしなくても、力を込める度に胸の奥が焼けるように燃えた。青い炎がたつ。


「どうして忘れたかや思い出は、やっぱりまだ記憶のずっと底にあって引っ張り上げられない」


 熱くて、痛くて、悲しくて、寂しくて、辛くて、やるせなくて――それでいて、ほろ苦さがあった。


「でも、わかる。私は貴女を、アクアをずっとずっと知っていたのに。どんな時も一緒にいたのに」


 そう。唐突に、私は彼女がアクアと知っているのだと理解した。

 生まれる前から傍にいた、私だけの友だち。


『ありがとう、ヴィッテ。今はそれで充分だわ』


 アクアは春を思わせる微笑みを浮かべた。綻んだ唇からは甘い花の香りが零れてきそうだ。私、知っている。この笑い方を。

 それでも、すぐさま長いまつげが幽かな影を落としてしまう。


『私が心配なのは、これから私が顕著化していくうちに貴女は()()()()()を取り戻すこと』

「本来の、私?」


 本来もなにも、私は幼い頃からずっとこんな性格だ。

 いや、と否定する自分がいる。

 故郷の親友であるメミニとフィオーレで再会した際、彼女が言っていたような……。


――だって、あんた、変わったもの。あの時から、あからさまに――

――わたしはどっちのヴィッテも好きだけれど。もしかしたら、スチュアートはずっと昔のヴィッテを追っていたのかもね――

――あの頃のあんたは、すごく活発でおてんばで、だれにも物おじせずに話しかけていた。あんたがいるだけで、その場が華やかになってた――

――サスラは、気付いてたよ。あんたの根本は変わっていないって――

――ただね、これだけは覚えていて。サスラは、ほんと、みんながいう、悪女じゃない。少なくとも、おさななじみの、わたしはそう、おもうから――


 次々と溢れてくるメミニの言葉。そうだ。あの時、メミニが渡してくれたサスラ姉様の秘書をしていたコムニ・カチオの手紙は結局引き出しにしまったままだったっけ。

 どんどん顔が沈んでいく。思考の沼にはまっていくように。


『ヴィッテ、聞いて。もう時間がないわ。朝がくる』

「夢から醒めても、もうずっとアクアを認識できるってわかるよ」

『そうね。けれど、いくら私を実態として認識できるようになったとは言え、私も現実世界ではあまり冷静に干渉ができないの。様々な思惑とフィオーレという土地が、私の感情を揺さぶるから』


 私が首を傾げるのと同時、アクアは私の顔を両側から包み込んできた。相変わらずひんやりと感じるのに、仕草はどこまでも柔らかい。

 思いだしたくて、思いだすのがつらくて、見つけたいのに、見てみぬ振りをしたい。矛盾した感情が眩暈を起こす。


『私を認識してしまい過去を思い出す貴女は、今の貴女として受け入れられたフィオーレの魔術騎士団のヴィッテとしては辛いことになるかもしれないわ。それだけは、謝らなければ』

「そう、だね。私が魔術騎士団に、アストラ様の傍にいられるのは私が私だからなのは、知っているもの。分不相応な恋を叶えたりせず、恩人に尽くすヴィッテ」

『……えぇ。それと同時に、貴女が本来の貴女になれば取り戻す幸福もあるでしょう。それが貴女の望む未来とは異なるかもしれないけれど、アスト――恋心はいくらでも芽生える可能性があるから』


 どういう意味だろう。私は私なのだから、変わるはずがない。

 自分の言葉に眉を顰めていたアクアはすぅっと息を零して――苦笑を浮かべ肩を竦めた。


『さっきヴィッテが言った通り。つまり、魔術騎士団にとってはおどおどしているけど有能で、アストラとオクリースの近くにはいるけど、それを恐れ多く思って女性として立ち振る舞わない貴女が都合良いって意味ね。でも、それは貴女が本来得るべき幸福ではないわ』


 アクアの言い分はわかる。私自身もそれが求められている魔術騎士団の団長付秘書の立場だって理解している。

 アクアはサスラ姉様が絡んでいないと、割と冷静な状況判断をする。昔から、と根拠になる記憶も思い出せないのに考える自分がいる。


『ヴィッテ。こんな事実を口にしたくはないけれど、貴女はこの国の者に利用――』

「利用されているとしても、私はそれにあまる恩恵を頂戴しているもの。その利用価値がなくなってしまう自分になるなら、それも仕方がないかなって」


 遠慮がちに頭突きをしてくるアクアに笑い返す。動きを止めた彼女に、さらに笑みが深まる。

 私みたいな得体のしれない移住民の後継者に、王家直下の魔術騎士団の団長がなっている。しかもフィオーレの侯爵の血筋であり、ご自身も爵位を授かっている方だ。

 いくら田舎人とはいえ、複雑な裏事情が絡んでいるのは薄々感じていた。だからこそ、それを感じさせないでいて下さる魔術騎士団や周りの方のために私ができることをしようって思った。


「確かに。何もなくて、縁だけで繋がれたのであればとても幸せだろうね」

『それが、本来の貴女が当たり前に受けるべき幸福だから。貴女はあの瞬間の私の感情を、小さい体と未熟な精神に背負ってしまっただけだから』

「当たり前になんて、思えないよ。身に余る光栄が続いているのは、さすがにわかっているよ。だって、とんとん拍子だったもん。家や職が決まるのも。それでも、皆さんが私を見てくれているってわかったから」


 わかっている。わかっているのに、どうしてかぽろぽろと熱いものが肌を転がる。ほとほとと雫が落ちる度に胸が焦げる。

 アクアが頭ごと抱きかかえてくれるから、余計に心が揺れてしょうがない。


『それは違うわ、ヴィッテ。話が噛み合っていない。今日はもう終わりにしましょう』

「私、変なのかな。ううん。私、おかしい。変わりたくてフィオーレに来たのに、変わりたくないっておかしい。変わりたかったはずなのに」


 混乱してきた。思考回路がごちゃごちゃに絡まって、どこから解けば良いのか。

 視界いっぱいに眩い光が満ちていく。朝日だ。


メミニの台詞は『ヴィッテがこの先を知りたいと思うなら、この手紙を見て』の話から。

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