だから、お力を貸して下さい。
普段の自分なら絶対口にしないような言葉が出て、誰よりも驚いたのは自分自身だった。びっくりしすぎて、何故か幽霊を見上げていた。
私、思ったのだ。自虐になったり、願望をはっきり伝えたりと、心の芯がぶれぶれになっている答えを、彼女ならくれるって。だから、この状況はなんだと問いかけていたのだ。
――ヴィッテ。私は、過去に起きた事実は教えてあげられる。それが、現在に影響を及ぼしている理由も想像がつくわ――
なら、もったいぶった言い方などせずに、すぐに教えて欲しい!
――でもね、まだ思い出せないの。私自身のことを――
そんなこと、今は関係な――。
――怖いの。私、怖いの。ヴィッテが大好きだから。私はずっと貴女にひどいことをしているけど、大好きなの。ただでさえ、負の影響しか及ぼしていないのに、私の生い立ちや死んだ理由が悪と言われるものだったら、きっとヴィッテまで私を嫌ってしまう。それが怖いの――
自分と同じ顔が泣き出すのを我慢している。いや、それよりも彼女の言葉が刺さった。
嫌われるのが怖い。幽霊が本気で怯えているのが、わかった。表情から、息づかいから、仕草から。彼女の全部が、真摯に気持ちを伝えてくる。
だから、私は彼女のことを信用しようと思った。ここまで私に心を寄せてくれるのだ。
「ヴィッテ?」
オクリース様の問いかけで、意識が外に戻った。と、感じた。不思議だけど、私は良く知っている感覚な気がする。
じゃなくて! 目線を、幽霊からアストラ様たちに向け直すと、三人一様な表情をしていたよ!
「失礼いたしました! えぇっと、スチュアートをどうするかっていう話でしたね」
「あっあぁ。というか、その後の話だ。ヴィッテは甘えると言ったな?」
アストラ様が両手を握って詰め寄ってくる。さっきの呆気に取られた表情は色を変え、大型犬のごとく見えない尻尾が振られている。久しぶりじゃないだろうか、アストラ様の犬モード! 青より少し薄い天色の瞳もきらっきらだ! 夕日を受けているステンドグラスより、ぴっかぴかである!
私は、何もかも、さっきまで悩んでいたのを忘れて、へにゃへにゃになるしかないじゃないか。
「いえいえ、甘えるとは断言した覚えはありません!」
「私には同意義の言葉を捉えられても、仕方がない発言のように思えましたが」
オクリース様、それは解釈の違いだと思います。ので、決して仕方がないってことはありませんよ。
アストラ様の手からすり抜け、すくりと立ち上がった私の行動なんてお見通しだったのだろう。オクリース様も同じく立ち上がり、フォルマの頭に手を置いた。にっこりと。
「フォルマはどうですか?」
「えっえぇ、もちろんですわ! わたくしにも、間違いなく甘えたいと聞こえましたもの! わたくし、ヴィッテに甘えて欲しいのです。わたくしばかりがヴィッテに助けられているのは、違うって考えていましたの。事務仕事でもおうちでの食事も。いつも、ヴィッテやトルテ、それにメミニさんはスマートに動いていて」
仕事はともかく、宅飲みや泊まりの際にフォルマを悩ませていたなんて!
フォローしたいと口を開きかけたが、フォルマは俯きかけていた顔をあげて、しっかりと目をあわせてきた。
「でもね、わたくしは全然引け目なんて感じなかったわ。だって、ヴィッテが一生懸命教えてくれたから。面倒臭さなんて全く纏わずに、鼻で笑うのでもなく、貴族としての知識だって認めてくれて……。いいえ。わたくし個人を受け止めてくれた」
「そんなことはないよ。フォルマが最初に私を認めてくれたんじゃない」
「違うの。採用試験の際、わたくしはヴィッテを見定める目で見ていたわ」
フォルマの否定に何も言えなくなる。そこは私個人が口を出して言い範囲ではないから。私は見定められていた立場だから、その時の彼女の苦しみを推測で否定してはいけないと思うのだ。友達だからこそ。
何も言わない私に、フォルマは嬉しそうに微笑みかけた。
「ヴィッテは、わたくしが喜んだら自分のことみたいに手を叩いて『やったね』って幸せそうに笑ってくれたわ。落ち込んだらちゃんと話を聞いてくれて、考えてくれて、でも気をまぎらわせようと、トルテ達を呼んで女子会をしてくれた。わたくしだって、メミニさんみたいにヴィッテに遠慮なく頼ってほしいもの。幼馴染みにはどうしても敵わないけれど、わたくしはフィオーレで初めてのヴィッテのお友だちでしょ?」
ふぉっフォルマまで! オクリース様ってば、フォルマにここまで断言されて請われたら、絶対に私が拒否出来ないと理解した上で同意を促しましたね!
というか、泣きそうになっているのだけれど。当たり前と思ってしていたことを、フォルマがここまで喜んでいるなんて知らなかった。知らなかったことを教えて貰えているのが、すごく嬉しい。
「わっ私がしていることなんて、普通のことなのに。それを、ここまで感じて、伝えてくれるフォルマがすごいんだよぉ。大切だって思える気持ちが一方通行じゃないのって、すごいね」
うべぇなんて変な泣き声があがりそうになって、鼻先を摘まんだ。それでも、ずびびっと鼻をすすってしまった。
フォルマの言葉が嬉しくて、でも、視界の端に映った失神した幼馴染みを捉えて、頬を叩く。
「それでも!」
オクリース様に抑えられていたアストラ様が拳を握って詰め寄ってきた。
ので、自分の両手を握ってしっかりとアストラ様を見上げた。本当はアストラ様の袖を握りたかったけれど、そこまでの勇気はない。今は、震える自分の手を握って助けを求めるのがやっとだ。幽霊は深いため息を吐いて『全然甘えじゃないし』とか呟いているが無視だ。
「はい、それでも。というか、それだから、お力を貸して下さい。ひとまず、スチュアートをアクティさんの宿に運びたいと思います。あそこなら、彼も下手に出られないでしょうし」
「うん、まぁ、任せろ。というか、任せろで良いのか? むしろ、アクティはヴィッテからの直接的な嘆願である方が快く部屋を貸す気がしてならない」
アストラ様の呟きに、オクリース様が静かに「でしょうね」と頷いた。
それでも、失神したままのスチュアートは、馬車に乗せられ、さくさくっとアクティさんの居酒屋兼宿屋に運ばれた。
「アクティさん。厄介ごとを持ち込んですみません」
「何言ってんだい。普段、厄介ごとの魔法具の鑑定や接客をしてくれてんだからお互い様じゃないか」
ひえぇ! それはあれだ。副職でこっそりやっていることなので、アストラ様達には伝わらないで欲しいことだよ。
冷や汗を流すものの、さすがアクティさん。ちゃんと耳打ちだけだった。アストラ様たちに聞こえないように。




