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司令官殿と参謀長殿、おまけの臨職な私  作者: 笠岡もこ
―フィオーレの街編―
27/99

フィオーレの階級と霞む記憶の向こう、誤魔化す私

「じゃあ、この類の報告書はひとまとめにして、司令官の執務室で保管。数ヶ月経ってから書庫で保管の方が、都合いいんですね」

「はい。こういった特殊なケースはウィオラケウス司令官とウェルブム参謀が、演習の参考になさるので」

「やっぱり、うん。そこまで実情を際把握されてる方でないとわかりませんね。レクトゥス様のおかげで、すっきり仕事を終えられそうです。ありがとうございます!」


 書庫を頻繁に使用しているというレクトゥス君。いや、一人前の騎士様に君付けは失礼なんだろうなと、心の中で頭を下げておく。ここ数十分で、彼の人となりは充分に伝わってきた。

 十代前半に見えた少年は、今年十五歳になったばかりだという。真っ黒な髪と大きな二重の瞳。その外見の幼さに反して、とても知識が豊富かつ低姿勢な彼。宿舎の学院で、魔術士と騎士の両課程を飛び級で出たらしい。

 上から目線になるけれど。なおかつ人間が出来ているというか、ご両親が素敵なのかなとかという人柄だ。


「いえ。僕なんかでお役に立てたのであれば光栄です! 僕、見て察せられてると思うのですが、騎士にしては小柄だし、状況を把握しているなら自分でしろっていう……本来なら魔術騎士団に、って失礼しました!」

「なんか、じゃありませんよ。レクトゥス様、ご自分の仕事の効率化だけではなくて、魔術騎士団全体に目が届いていらっしゃる。それってすごく難しいし、気を配ろうって思っても実践出来ることじゃありません。それに、時間ばかりはどうにもなりませんよ。だからこそ、今回の事務方補助の募集があったんでしょう?」


 既にファイリングがなされていた書類を抜き出し、新たに纏めつつ。隣で背を丸めたレクトゥス様の顔を覗き込む。

 つい先ほどまで、はきはきてきぱき理路整然りろせいぜんかつ、素人にも理解しやすい言葉を選んで説明してくれていた彼とは正反対の様子だ。


「私は、レクトゥス様、すごいなって憧れちゃいます。初心者の私でも理解出来るように噛み砕いて説明って、実はすごく難易度高いと思いますよ? 剣の腕を拝見するチャンスがないのは残念ですけど」


 思ったことを素直に出せば。レクトゥス様はくしゃりと表情を崩した。心が触れ合える感情を映した色に、私はまた蕩けていく。

 私、ずるいよね。私も最近まで同じ思考でしたとは口にしないから。レクトゥス様に、傷の舐めあいだと思わせたくないと言い訳して。

 紙が擦れる音だけがしばらく響いていたのだが、ふいにレクトゥス様が手を止めた。


「……こんなこと言うと、自画自賛じがじさんだって思われるかもしれないのですが」

「しちゃいましょうよ、自画自賛! 自慢できるものは、アピールした方がいいですよ! あ、例え愚痴交じりでも、どうせ聴いているのは私だけです! どんとこい!」


 フォルマにしてみせたように、どんと胸を叩いてみせる。

 おどけた調子の私を前に、レクトゥス様は年齢にそぐわない微笑みを浮かべた。優しくて、どこか悲しい。あぁ、胸が痛む。

 だれが、眼前の少年にこんな苦い笑みを覚えさせたのか。今の私には彼がこの世界になにを望んで飛び込んだのか否かは、知る由もない。だから、無責任に息を飲み込む。


「ヴィッテ嬢は。僕の噂を耳にされたことがありますか?」

「うわ、さ?」

「僕が学院の卒業試験のみを、親の爵位を利用して受けたと。そして、満点を叩き出したのは裏の取引ゆえ。あまつさえ、騎士見習に相当する年齢であるのに、あろうことか魔術騎士団に入団するなんてと」


 少年騎士の気持ちは痛いほど推測がついた。

 私が父様の手伝いを始めたのと同じ年頃だ。噂とは実に無責任である。「かもしれない」が「らしい」になり、「立ち会ったモノがいる」に変化していく。おしまいには捏造ねつぞうされた証拠までが出回るのだ。

 学院時代を思い出して、少し悲しくなった。


「私、フィオーレに来たのは数日前なんです。いうなれば、片手のうち? だから、お気になさらずに。それに、納得しちゃいました。レクトゥス様の有能さ故の、嫉妬だなって」


 言葉を濁して返すと、レクトゥス様は少しばかり瞳を開いた。おっつ。有能って単語の選びは不快だっただろうか。でも他になにがあるかな。秀逸? それとも、努力。うーん、言葉って難しい。

 誤魔化し気味に、おどけて指を折ってみせる。


「そうでしたか。ヴィッテ嬢は会話に不自由がないので、僕はてっきりフィオーレの方かと」

「フィオーレの言語は世界の主要言語でもありますからね。私、ここに渡る前は、実家の貿易商を手伝っていたんです。それよりも、普通に呼んでくださって構わないのですよ?」

「ヴィッテ嬢――いえ、あの、では。ヴィッテさんは、母国語でないのにここまで書類を整理したと?」


 え、そこ? アストラ様にも滞在権の書類記入の際に言われた覚えがある。

 フィオーレの言葉ってそこまで難しいのだろうか。私にとっては母国語よりもむしろ、馴染みやすい語感なんだけれど。

 思い返せば確かに、姉様はフィオーレの言葉が苦手だった記憶がある。数少ないとり得だと勇み、姉様にこれはねと話しかけて猛烈に怒られた記憶は鮮明だ。


「母国語でないという、か。とても、好きな響きの言語なんです。胸の奥に、すとんてくる」


 私は覚えていないが、幼い頃フィオーレに訪れた際にも「年上の友人を作ったんだって? すごいな」と両親が教えてくれたっけ。三人の少年に囲まれていたのを発見した父様は、一瞬、私の将来を心配して汗だくになっていたのだと、母様が笑っていたっけ。

 残念ながら、私はまったく覚えていない。フィオーレにいたら、いつか、その人達にも会えるのかな。


「逆ですよ。日常会話よりも紙面の方が得意なだけです。それに、フィオーレの常識は今から学んでいかなければならないことが盛りだくさんで」


 独り言を掻き消したくて。わざとらしく肩を竦めた。

 幸いレクトゥス様は、ふんわりと、木漏れ日を受けたように瞳を潰しただけだった。


「そうですか。よければ、魔術騎士団の階級や成り立ちをご説明しましょうか?」

「ありがとうございます! 成り立ちはフォルマから多少なりとも伺っているので、他を教えて頂けると助かります。っていうか、じゃなくて、といいますか。レクトゥス様は会食にむかわれなくて大丈夫ですか?」

「もちろんです」


 おぉ。それは大変助かります。おずっと尋ねた私に、レクトゥス様はやけに大人びた微笑みを返してくれた。なっなんだろう。心臓がずくずくとする。そうか、これが年下男子可愛いってやつか。うん、可愛いよね! こんな弟欲しい!

 さておき。アクティさんいわく、私の住まいは魔術騎士団の管轄内らしい。であれば、今後接触しない可能性は低いだろう。詳細を聞いておいて、損はない。うん。損得、そんとく!!

 ファイリングを終えたレクトゥス様が、口を開いたまま白紙にペンを走らせていく。


「元より、僕はご令嬢方の対象外でしょうから。それよりもヴィッテさんとお話している方が楽しいです」

「あ、えと。私もレクトゥス様の声、好きですよ?」


 なんと。レクトゥス様は未来のたらしである。心配だよ、これが無自覚なら! 必ずご令嬢方の黄色い声の標的になると思う。にこりと浮かんだ無邪気な笑みが、心臓をさす。

 末恐ろしいとはこのことか。濃い黒髪が彼を幼く見せているが、私が考えるよりもずっと内面は大人なのかも知れない。大人で警戒発動なクレメンテ様よりたちが悪そう。都会、怖い。がくがく。


「じゃあ、成り立ちは省きますね。ヴィッテさんの国ではわかりませんが。この国には、騎士団、魔術士団、それに魔術騎士団があります。当魔術騎士団は近年王命により発足した機関です」

「数年前にあった隣国との戦争で功績をあげた方が、司令官に任命されたんですよね?」

「そうです。我が国での序列で言うなれば、ウィオラケウス司令官は、本来騎士団長と呼ばれるべきお方なのです。司令官とは騎士団の中にある各部隊――大部隊を束ねる立場ですので、実質的には団長不在といいますか」


 ぽんと。レクトゥス様がファイルを山に置いた音が、やけに響いた。

 私の国では司令官に相当する地位は存在しなかった。騎士団はあったが、同じ響きで言うなれば、王直結の総司令官のみだ。そもそも、魔術騎士団なるものはなかった。あったのは、騎士団と王宮魔術士の位。

 けれど、司令官が騎士団長を拝命していない事情は、国関係なく容易く想像可能だ。


「ウィオラケウス司令官は先の戦争で功績をあげたうえ、ご出身も侯爵の家柄。しかも、神秘の瞳を持ち、魔術師としてもすば抜けたお力の持ち主です。本来、王命による新しい風を入れるための魔術騎士団の創設には、これ以上ない適任です。しかしながら――」


 レクトゥス様は、幼い顔立ちに似合わない様子で唇を噛んだ。膝の上でぎゅっと握られる拳。白い騎士服のズボンを握る手が、わずかに震えている。

 私は検討はずれにもほどがある考えから、頬が緩んだ。見えないようにと反対方向のファイルへ手を伸ばしたのだが。


「ヴィッテさん?」

「あ、ごめんなさい、見えちゃいました?」


 私の笑みを馬鹿にしたのではないと、レクトゥス様はわかってくださっているのだろう。器用にも、眉を上下に動かした彼は、じっと私を見つめてきた。

 本当に。全部顔に出てしまう自分が恨めしいよ。目指せ、ポーカーフェイス!


「戦地をともに生き延びた方々だけではなく、レクトゥス様のようにお若い方にも慕われる司令官、殿って、とっても素敵な方なんだろうなぁって――幸せ者だなって思ったんです。信頼って、何よりもすごい魔法ですもの」


 なんとなく。殿をつけてしまった。

 役職名につけるにはふさわしくないのだろうけれど、家名は舌を噛みそうだし、司令官と呼ぶには慣れない役職名だったのだ。レクトゥス様に変に思われなかっただろうか。

 そんな私の危惧をよそに。当のレクトゥス様はまじまじと私を見ているばかりである。そっそんなに奇妙な発言でしたかね?!


「話を逸らしてしまって申しわけありません! それで、えと、司令官と呼ばれる理由ですっけ」

「え、えぇ。こちらこそ失礼しました! ウィオラケウス司令官とウェルブム参謀長は、御年二十三歳とお若いのです。それが、騎士団長や官僚たちは気に食わないらしく。ましてや、参謀長の父君は宰相の――って、すみません! 僕、ぺらぺらしゃべりすぎました!」


 真っ赤になって手を上下に動かすレクトゥス様。言葉を紡ぐごとに、赤みは増していく。

 最後のファイルを、私の手から奪い取った彼は俯いている。が、短い髪は綺麗に染まった耳を隠してはいない。

 私に弟はいないけれど、いたらこんな感じに可愛く思ったのだろうか。胸にぽっと灯った優しい感情に笑みが零れた。と同時に、母様をそんなからだにしたのは自分なのだという姉様の言葉を思い出し、ちょっとだけ苦味が広がった。


「ご令嬢方のおしゃべりからも、おおかたの予想はついておりました。どうぞ、お気になさらずに」


 さて。これで仕事は終わりだ。走り書きには近いが、本日纏めた書類に関して綴った紙をまとめ、バインダーに挟む。

 仕事自体とてもやりがいがあったし、魔術騎士団に流れる空気も心地よかった。たった一日の仕事で終わるのはすごく残念だ。


「それよりも、レクトゥス様は今からでも会食に行かれなくてよろしいのですか? 私が引きとめたのですが、まだ間に合うのでは」

「問題ありません。僕みたいな子どもがいても、ご令嬢方には関係ないでしょうし。先輩方もやりにくいでしょうから。とはいっても、今回の会食はご令嬢方を飲ませて早々にお屋敷に帰すのが目的なんですけどね」


 深くは突っ込まないでおこう。話を纏めると、要するに、司令官殿と参謀長殿の意思を無視してすすめられた採用試験を兼ねた募集だったので、ご令嬢方の希望を突っぱねる訳にもいかず食事会を開いた。だけれども、騎士様たちだって下心満載な上、遊びじゃなくて婚姻を前提とした重い企みは勘弁。そういうことなのだろうか。

 一瞬、知らぬ世界に白目になりそうだったが、ぐっと堪えた。私、偉い。薄明かりの中、奇妙な顔芸をしたところに、扉の音が響いた。フォルマかな!


「お手数をおかけ致しました。夜番の騎士様の分ならともかく、わたくしどもの分まで」

「料理長がパンメニューを試食と作ってくださったのは、トルテがフォルマとヴィッテにとお願いしてくれたおかげですから」


 うん? えーと。書類棚の向こうから聞こえてくるのは、なにやら聞き覚えがある少し低めのイケメンボイスですけど。いやいや。美形って声も麗しいからな。似たお声くらいあるだろう。うん。

 であるのに。なぜ私の手はかくも震えているのか。すくりと立ち上がり敬礼をしているレクトゥス様は、見事にきらっきらと輝いている。あぁ、眩しい。視界が細くなっていくよ。


「そうだぞ! 俺が食べたいと口にした時にはプティング出したから駄目だといったのにな!」


 あぁ。懐かしい声がする。懐かしいとは言えないか。数日前に聞いた声だから。

 いやいや。私の幻聴と言う可能性はどうだろう。うん。仕事が終わって一気に緊張が解けたのかもしれない。今日の夜はポタージュと薬草のパンを頬張りつつ、行儀が悪いけど歴史書を読んで寝よう。うん。


「ヴィッテ、お待たせしてしまいました」

「フォルマ! おかえ――」


 意識が飛びそうになった直前。書類の棚からひょっこりと、可愛い顔が覗いた。天使だ、天使である。救世主。

 がたっと椅子を鳴らしたところに、衝撃が私を襲った。


「ヴィッテ、ご苦労様です」

「お、お、お、オクリースさまぁ?!」

「うわっ! ヴィッテさんはウェルブム参謀をご存知で?!」


 ごめんなさい。やや後方から発せられたレクトゥス様に返事する余裕はない。ひっくり返った声しかあがらない。が、目の前、漆黒のマントを纏った無表情の美形はふいに綻んだ。悲鳴があがる。

 えぇ?! ちょちょっと待って! あの、え。オクリース様?? オクリース様が公爵家の長男で、父様が宰相で、えと跡継ぎで参謀?!

 ぐるぐる回る視界。頭を抱えても、現実は変わらない。揺らめく視界の中、駆け寄ってくるフォルマと愉快そうに微笑んだオクリース様。その奥からひょこっとでてきたのは、会いたかった人。けど!


「ヴィッテ! 会いたかったぞ!」

「ウィオラケウス司令官、お疲れ様であります!」


 両手を広げてお日様の笑みを向けてきたウィオラケウス司令官――アストラ様に、声にならない絶叫があがった。




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