お昼休憩と魔術騎士団食堂の怪奇現象、わくわくする私
仕分を始めてから、すでに数時間。一枚の書類に分類が異なる内容が記述されているのもあり、思ったより時間がかかってしまった。ひとまず、単純にわけられるもの、それ以外のものにわけることにした。
騎士団の書類は初めて目にするので、家業で扱っていたもののように、流し見でおおよその見当がつけられない。そのため、最初の段階から内容を読み込む必要があったのだ。
「よし! 私は分類作業終わったよ。フォルマはどう? 残ってたら、半分もらうよ?」
「ありがとう。ヴィッテ、とても手際が良いのね。わたくし、もう少し残っているのだけど、お願いできる?」
「もちろん。へへ、ありがとう。誉めてもらって、嬉しい」
眉を垂らし、遠慮がちに書類を手渡してくるフォルマ。とはいっても、恐縮するほどの枚数はない。あと十分もあれば仕分は終わりそう。
お礼を口にした私に、フォルマはにこりと笑いかけてくれた。その笑みに、さらに嬉しくなる中、実のところかなり驚いている。
「ヴィッテ?」
「あ、ごめん。喜びにひたっちゃった」
「まぁ、ヴィッテったら。本当のことを口にしただけなのに」
以前の自分なら、間違いなく、これぐらいしか取り得がなくてとか、慣れているだけだからと、相手の言葉をある意味では否定していただろう。アストラ様やオクリース様、それにスウィンさんに貰った気持ちのおかげかな。
むろん、ただのお世辞や社交辞令なら、相手によっては今もそう返していただろう。でも、頬を押さえたフォルマには全く他意は感じられなかったから、自分も素直になれたんだろうな。
「雑然としていたものが整えられていくのって、楽しいわね」
「だよね! 書類の処理自体も嫌いじゃないんだけど、どうしたら見やすいかなとか。次必要な際に、いかに短時間で効率よく探せるかなとか。管理を整えるのって、楽しいんだよね!」
「ちょっと。大きな声、出さないでくださる? 耳障りで仕方がないのだけれど」
いけない。並べられた書類を見て、可愛い様子でわくっとしたフォルマに嬉しくなり。つい、語ってしまった。
ボスっぽいご令嬢に睨まれ、一応「すみません」と頭をさげておく。おっしゃる通り、室内に反響してうるさかったかもだ。
まぁ、朝から延々ときゃんきゃん高い声で男の話や社交界の噂話を続けている人に言われるのは、すこぶる不満だ。幸い、私は集中すると周囲の音があまり聞こえなくなるタイプなので、割と気にならないけど。
手を動かしてくれれば、おしゃべりしてても気にしない。動かしていればの話、だが。
「あら、もうこんな時間。みなさま、お待ちかねの昼食タイムですわね」
「閉じこもっていると、時間の感覚がなくなりますこと。あぁ窮屈だわ」
「本日は、訓練所の近くに準備させますわ! 当家のパティシエのスイーツ、カナリー様のお口にあえばよろしいのですけれど」
壁の時計に視線を映すと、短針が一時をさしていた。
どうりでお腹が鳴るのをこらえなきゃだった。フォルマと二人でも恥ずかしいけれど、このご令嬢方には絶対きかせてなるものかと腹筋を総動員で頑張っていたのだ。朝食を早めにとったのでと、だれにするわけでもなく心の中で言い訳。
「フォルマ様もぜひご一緒に。ヴィッテ、さんは……お仕事を中断させては申し訳ないわよねぇ? どういうわけか、最終日のみの割に、大層熱心でいらっしゃるもの」
猿山のボスことカナリー様は、これ見よがしに名前と敬称の前を切り、ご丁寧なことに声色まで変えてお気遣いくださった。フォルマを誘ったのも好意じゃなくて、自分に引き込みたいだけなのが推測できる。ものすごくわかりやすい猫なで声だもん。
ちなみに、私は猿山を実際に見た経験はないが、仲良くなった東洋の商人さんが愚痴っていた中で覚えた。使いどころがあってるかはわからない。
今後、このご令嬢方と顔をあわせる機会はないだろうから、無難に笑い返しておいた。頬は思い切り引きつっている自覚はある。
あー、もう。面倒臭いなぁ。どういうわけかも何も、お給金もらって働いてるんだから当たり前だろうに。あ、駄目だ。なんかすんごく腹が立ってきた。
「いえ。どうぞ、皆様お先に。わたくしもヴィッテもここで中断してしまうと、どこまで処理したのかを亡失してしまいそうですの」
「さようでございますか。では、お先に失礼いたしますわ」
がさがさと。動きにくいスカートを翻し、賑やかに去っていったご令嬢四人。
求人には騎士団食堂のまかない付きとあったのに、食べずにお弁当の用意とは。食への好奇心がある私からすると、信じられない。
とはいえ、食の好みは人それぞれだしね。というか、騎士様と出会いたいのなら食堂に足を運んだ方がご希望に沿うのでは。
思わず首を傾げてしまう。
「ヴィッテ、ごめんなさい。わたくし、もっとうまく切り返せれば良かったのですけれど。社交界や貴族同士の付き合いも苦手なので、処世術がなっていなくて」
私がむぅと口を結んだのを、自分のせいだと思ってしまったのだろう。フォルマがしゅんと俯いてしまった。
朝、会った時はブロンドに見えた髪は、光が差し込んでいる今は、淡いピンクまじりだとわかる。まさに、華である。髪と同じ色の睫を伏せ、悲しげな色を浮かばせる紅の瞳。
はっ! 見とれている場合ではない。
「ううん、違うの。そうじゃなくって、訓練場って騎士様たちが集まる場所だけど、危ないじゃない? それに皆さん気も張ってらっしゃるだろうし。お昼を持ち込むにしても、食堂の方が会話のきっかけも作れるんじゃないのかなって」
「初日は食堂でとったの。騎士様もお気遣いくださって、ご一緒したのだけれど……あの調子で、食事に意見されて……料理長から出入り禁止の願いが司令官殿にいってしまったのよ」
フォルマはオブラートに包んで意見と表現したが、臨時にも関わらず料理長の怒りを買ったということは、かなりひどい評価――もしかしたら、中傷レベルの暴言を吐いたのかもしれないな。
料理人さんもだし、普段食事をとられている騎士様たちだって気分はよくないだろう。好かれたいのか嫌われたいのか、まったくもって不明だ。
私は最初から食堂目的だったので、お弁当の持参はない。食堂一直線だ。フォルマはどうかな。初日の云々で利用したくはないかなって。
「これで一段落だね。午後からが本番でもっと大変そうだけど、栄養補給して頑張ろう! フォルマはお弁当? 私は食堂に行くつもり」
最後の一枚をぽんと置き、うーんと伸びをすると肩が少しだけ楽になる。というか、隣で真似たフォルマがね! お嬢様らしからぬ仕草に、きょとんと見つめてしまう。失礼な私の視線に怒る風もなく、フォルマは照れ笑いを浮かべた。天使がいるよ。
と同時に、きゅるっと鳴ったお腹。早くお昼が食べたい。斡旋所で契約書と一緒に貰った食券なるものが、ガマグチ鞄に入っていたのを思い出し手を伸ばす。
「わたくしも一緒に良いかしら。魔術騎士団の食堂はとても美味しいの。はじめて見るメニューもたくさんあるの。料理長の娘様も働いてるのだけれど、わたくしたちと同年代なの」
「わぁ、ほんと?! すっごく楽しみ! 実は、この仕事選んだのって食堂のお昼付きって条件にひかれたのもあるんだよねー! それに、私、この街に来たばかりだから、少しでも知り合いが増えたら嬉しい」
「まぁ、ヴィッテったら。実はわたくしも一緒なのだけれど」
ぽんと両手を打ち合わせた私を、フォルマが楽しげに笑った。
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「んー! 良い香り!! 食事が出てくるまで待てない!」
「本当に。さらにお腹がすいちゃうわね」
書庫から出て、少し歩いた所に食堂はある。建物の角だ。フォルマによると、地下にも書庫があるらしいが、そちらは図書館のようなものらしい。地下独特の空気も好きなので、そっちにも入ってみたかったなぁ。
思い返せば、クレメンテさんは、騎士が集まっている場所しか教えてくれなかったな。
「想像していたのと、ちょっと違うかも。おしゃれなカフェみたい」
「ふふっ。私も驚いたわ。耳にしたことのある騎士団とは、雰囲気も作りも異なっているわよね。司令官殿の案なのですって」
食堂とはいっても、とても開放感があるフロアだ。
歩きながらフォルマが教えてくれただけど。魔術騎士団は、魔術師と騎士の両使いがいるため、騎士団と魔術騎士団の人とも必然と交流や打合せが多いんだって。それで全体的に入り易く開かれた空間のつくりになっているのかな。
扉もなく、柱だけなので心地よい風も入ってくる。天候によっては魔法で仕切りがはれるってすごい。
「ヴィッテ、あちらのカウンターで注文するの」
「あ、うん。ちょっと時間がずれているのかな。あまりこんでなくて良かったね」
「えぇ。賑やかなのも楽しいけれど、ヴィッテも注目されながらだと居心地が悪いものね」
ゆらりと長い髪を揺らしたフォルマ。鈴をころがしたような笑いが落とされた。
うん、そうだよね。見た目も可愛くて空気も穏やかなフォルマは、ほとんどの、騎士様たちの注目の的だ。今だって、様々な年齢層の騎士様から熱い視線が向けられている。フォルマが可愛すぎるので、私は比較対象で見られているのも気にならない。
まぁ、フォルマの言葉自体は、女性が少ない空間では注目されるものね、という部類だろうけれど。
女性騎士は見当たらない。女性の騎士も何名かいらっしゃるとは聞いている。いいなぁ、女性騎士。かっこいい。
「フォルマ、いらっしゃい! 今日は、こっちで食べるのね。いやぁ、フォルマ単体だと癒される」
「トルテったら。今日のお勧めは、なにかしら。こちらはヴィッテ。最終日だけだけれど、来てくれたの。とても優秀なのよ?」
ひょっこりと顔を出してきたのは、肩上の赤茶の髪を二つに結んだ女の子だった。あっけらかんとはきはきしている口調は、元気になる。
じゃなくて。フォルマの紹介により、私に視線が集中しているのだ。メニューをちらちら見上げていた目線を、慌てて真っ直ぐになおす。
「ヴィッテです。フィオーレにきたばかりで、名物メニューとか良くわからないので、教えてもらえると嬉しいです!」
「あはっ。可愛いこね。私はトルテ。ここの看板娘なの。って、自分で言ってりゃ世話ないよね。見たところ年も近いみたいだし、普通にしゃべろうよ。よろしくね」
「うん、よろしく! ひとまず、お腹の具合を」
お腹をさすると、二人は目を合わせて笑った。
カウンターの上にメニューが書かれているのだが。騎士様の目線にあわせられているので、私とフォルマにはやや高い位置になっている。手書きのメニュー表を差し出してきて、あれこれ説明してくれた。匂いまで漂ってきそうな説明に、よだれが垂れてしまうよ。
結局、旬の野菜と鶏肉を素揚げしたもの、それと異国の健康米と野菜スープ付きセットの日替わりメニューを注文した。おぉぉ。おいしそう。
おまけにと、単品メニューのプディングをつけてくれた。ほぅ。
「でも、騎士様たちがプディングを頬張っている姿を想像すると、可愛いね」
「そうね。ウィオラケウス司令官の好物らしいわ。騎士様たちからアンケートをとって反映しているのですって」
「へぇ。司令官ってイメージ、変わるかも。ちょっと親近感わいちゃうね。いいなぁ、そういう男性。ご令嬢方が心魅かれるのもわかるかも」
申し訳ないが司令官のお名前、舌を噛みそうで発音できない。ので省略させて頂いた。
食堂の一番隅、風通りの良い場所に腰をおろす。そよそよと揺れている木の葉もいいな。花の香りもする。
素敵な空間に浸ろうとした矢先。柱の影から奇妙な声が聞こえてきた。聞き覚えがあるような……恐怖を誘う声色じゃなくて、むしろ幸せの雄たけびっぽいけど……って、なっなんか、壁を叩いているような激しい音も聞こえてくるんだけど?! 怪奇現象?!
フォルマを守らなければ! と意気込んで立ち上がった瞬間。ちかっと眩しい光が弾け、目を瞑ってしまった。おまけに、どがっと重い音が響いた。
「え、あれ。ねぇ、フォルマ、今――」
「気にしなくて大丈夫だと思うわ。それより、冷めてしまうわよ? いただきましょう」
「そっそうだね。いただこうか」
中腰で光の方向を指差している私だったのだが。フォルマがあまりにも綺麗な笑顔でフォークを持ちあげたので、大人しく腰を落とした。
フォルマの有無を言わせないような極上の微笑み。どこかのだれかと重なって、冷や汗が止まらない!
「どうかした?」
「ううん。今のフォルマ、ちょっと知り合いに似てるなって思っただけ」
それ以上は突っ込んでこなかったフォルマ。しかしながら、深まった笑みに全てを見透かされている気がして、ならなかった。
ぱくりと口に突っ込んだ素揚げ野菜は、とても甘かった。




