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司令官殿と参謀長殿、おまけの臨職な私  作者: 笠岡もこ
―フィオーレの街編―
21/99

食事会の予告と美少女の友人、疲れる私


「当魔術騎士団の特徴としましては、騎士の訓練所に加え、模擬の魔術戦を行える場があるという――」


 右から左へ流れていく解説。

 あぁ。私はなぜ、朝から疲労感で体を重くしているのだろうか。しかも、勤労に励んだのではなく、激しい会話の応酬おうしゅうがあったのでもないにも関わらず、だ。

 仕事をする前からしんどいってさ。自分が情けないよ。

 いえね。騎士様のご好意は大変ありがたい。好意を無下にしちゃいけませんと、母様から教え込まれた。けれど、時と場合ではと、激しく思いなおしているところだ。


「あの。私の仕事場はどこでしょう? あまりに広くて、帰りに迷子になってしまいそうなので、出来れば直接向かっていただけるとありがたいのですけれど」

「ご心配には及びません。本日は最終日です。定刻が過ぎ次第、ご令嬢方たってのご希望で食事会を開く予定ですので、このクレメンテがお迎えにあがります」


 ぺかーっと。眩しい光が眼前からはなたれている。朝日より眩しく、そしてタチが悪い光。

 というか、私は辞めた人員の追加募集できたんだよね? 余裕があるのなら、最終日に補充なんてしないよね。となれば、処理の早さではなく、内容を確認しているってことなのだろうか。


「折角ですが、私は遠慮させて頂きます。最終日に赴いただけの私が参加させて頂くのは、あまり良い雰囲気になるとも思えませんし。あっ、お誘いはありがとうございます」


 食事会に行くつもりは、毛頭ない。

 出来れば明日の朝一で再度、斡旋所あっせんじょに足を運びたいのだ。夕刻にはパーネさんとの約束もある。

 騎士様たち主催の食事会なんて、絶対美味しいお酒がでるだろうし。飲みすぎてしまう可能性をちょっとでも考えると、不参加が確実だ。パーネさんとの約束が大事。


「ヴィッテ嬢は、気配りも素敵な方なのですね! 先ほどの仕事に対する姿勢といい。私は、ぜひ貴女と語らいたいのです」

「いっいえ。大層な内容は申し上げておりませんけれど……」


 大げさに瞳を輝かせたクレメンテ様。どこかアストラ様と同じ、大型犬の匂いがすると思うのは失礼だろうか。

 クレメンテ様は、彫刻のような美しさがある。同じ美形でも、オクリース様のが迫力というかオーラがあるけれど。

 ぎゅっと両手を握られた現実から逃避するように、お二人のことを考えてしまう。

 クレメンテ様って、最初の接し方から硬派な印象を受けていたのだが違うのだろうか。いや、考えるんだヴィッテ。この瞬間さえも、試験なんだよ。きっと。次に繋げなければ。食事会は……関係ないと信じたい。


「あ、いで」

「大丈夫ですか?!」


 クレメンテ様の印象がだんだん変わっていく。似つかわしくない苦悶の声が、小鳥のさえずり響く廊下に落ちた。

 しゃがみこんだクレメンテ様は頭を摩っている。慌てて膝をついた拍子に、こつんとブーツが鳴った。石ころ? いっいや、石ころなんて可愛いサイズじゃないよ。まさか、これが頭に?!

 慌てて顔を覗き込むと、クレメンテ様は逆にすくりと立ち上がってしまわれた。距離感がはかれなくてすみません。というか、いまいち許容距離の範囲が不明な方だなぁ。


「へっ平気です。私も騎士のはしくれ!」

「騎士様でも、突然降って来た石は痛いのでは。医務室にいかれてはいかがです?」

「石、ですか」


 不思議そうに瞬いたクレメンテ様に見せようと、石に手を伸ばすが。摘む直前、すぅっと消えてしまった。

 なんと! お化け石である! 欲しかった!

 じゃなくて。魔力の弱い私にもわかる。あれは――。


「あぁ。司令官殿の魔法です。クレメンテ、試練に遅れをとりました!」

「試練って。魔術騎士団では石――魔法が襲撃してくるのが、日常茶飯事なんですか?」

「いえ。ですが、当騎士団の司令官殿と参謀長殿は、奇想天外きそうてんがいな訓練法を編み出される方々なので。今のは司令官殿の魔力でしたから、試練なのです」


 深く突っ込むのはやめておこう。うん。私の直感が聞いちゃいけないって叫んでいる。

 それはさておき。長身のクレメンテ様をしゃがんだ状態で見上げるのは、首が痛い。立ち上がろうとした私に差し伸べられた掌。一瞬、触れて良いものか迷った。断っても騎士様の顔に泥を塗ってしまうよね。素直に甘えておこう。

 また、小さな丸い物体が、クレメンテ様の肩で弾んだのは見なかったことにしておく。


「近くにいらっしゃるのであれば、ご挨拶申し上げるべきでしょうか」

「ご心配には及びません。お忙しい方ですし、もう気配は感じられません」


 気配とは。さすが騎士様だ。気配を察せられるなんてすごい! それとも、魔力的な何かなのかな。

 落ち着け、ヴィッテ。それよりも仕事です。興味はある。だがしかし。クレメンテ様は、尋ねれば期待以上の回答量をくれそうだ。自重しよう。


「それでは、お言葉に甘えて」

「はい。どのみち、食事会にはいらっしゃるでしょうから。その時、ご紹介いたしましょう」


 だから行きませんってば。クレメンテ様、もしかしなくても人の話を聞かない系?



*****



 どこに住んでいるのか、なぜフィオーレに来たのか。果ては、好きな食べ物はという謎の会話が続き……仕事部屋に辿り着いた頃には、疲労感は回復するどころか倍以上になっていた。

 緊張を解してくださる配慮なのかもしれないし、ある意味では効果覿面こうかてきめんなのだけれど。代わりにと、胃が痛んでしょうがない。


「こちらです。おや……鍵が開いていますね」

「もうどなたかいらっしゃっているのでしょうか。失礼します」


 私のやつれを余所に、クレメンテ様は訝しげに眉を寄せた。

 私はさもありなんと頷かずにはいられない。あれだけぐるぐる回っていたら、いくら私が早めに着いたといっても、他の人が準備を始めていてもおかしくないと思うのだ。

 重たそうなドアが押された先には、所狭しと置かれた棚と書類の束がある。あぁ、好きだな、この香り。図書館には及ばなくとも、吸い込める程の独特な匂いは漂っている。


「ヴィッテ嬢、こちらにどうぞ」


 棚の隙間を抜け、大理石の床を何歩か鳴らすと。部屋の隅に開けた空間が現れた。途中にも、いくつか作業机らしきものはあったけれど。ここには一際大きな机が置かれている。

 積み重なった書類。そして、片隅の椅子に腰掛けていたのは、ウェーブのかかった美しいブロンドを腰まで流した少女だった。

 よほど集中しているのか、少女が顔をあげる気配はない。かなり近くまで寄っても、透き通る肌に、長いまつげを伏せたままだ。


「フォルマ嬢でしたか。作業中、失礼いたします」

「クレメンテ様。こちらこそ大変失礼いたしました。わたくし、気がつきませんで」


 美少女は声色まで美しいのか。高すぎず低すぎずの絶妙な音域が、耳を撫でた。優雅な仕草で立ち上がった姿も、とっても綺麗だ。

 ほぅっと見蕩れてしまう。


「あら。こちらの方が?」

「はい。ヴィッテ・アルファ――」

「失礼。説明を失念しておりました。ヴィッテ嬢。今回は作業がしやすいよう、家名は名のらない決まりでして。とは言っても、ご令嬢方は社交界で互いを知っている訳ですけれど」


 なんと。そんな重要な説明、忘れないで欲しいものだ。斡旋所でもらった簡易な説明書にも記載はなかったしさ。

 クレメンテ様の発言に若干びっくりしつつ。最初に名のったのは、通行手続だったから良かったんだよねと。だれにするわけでもなく、心内で一人納得しておいた。そもそも、私はこの国の人間ではない。家名で関係が揺らぐ懸念けねんなど、これっぽちっもないのだ。


「そうでしたか。では、改めまして。ヴィッテと申します。最終日のみの参加ですけれど、皆様の足を引っ張ることのないよう、努めます。雑用でも片付けでも、何でもおっしゃってください。家業に携わっておりましたので、書類関連や雑務お役に立てればと考え、参りました。お手数をおかけ致しますが、ご教授のほど、どうぞよろしくお願い致します」

「足を、ですか」


 腰を落とし挨拶をした私に返って来たのは、苦笑交じりの声色だった。苦笑とはいえ、その声に棘はない。純粋に困っているように聞こえたのは、都合が良い耳の仕業か?

 顔をあげた先にいるフォルマさんは、頬に手をあて、予想に違わない色を浮かべていた。


「ごめんなさい。貴女がどうという理由ではないの。わたくしはフォルマと申します。他のご令嬢方がいらっしゃる前に、簡単ではありますが、説明いたしますわ」


 見た目は同じくらいなのに、フォルマさんはとても大人っぽい雰囲気を醸し出している。落ち着いたしゃべり方からだろうか。ううん。一部じゃない。とにかく、彼女の存在全てが優雅なのだ。外見は全く似ていないにも関わらず、なぜかオクリース様の姿が浮かんだ。

 おっといけない。また凝視してしまっていたよ。私の不躾ぶしつけな視線に気分を害した様子もなく。フォルマさんは、にこりと微笑んでくれた。

 

「では、私はこれで。本日は先ほど通りがかった訓練所におりますので、入用の際はなんなりとお申し付けください。それでは、定刻にお迎えにあがります」

「ですから、私は――!」


 私の呼びかけ虚しく。クレメンテ様はものすごい勢いで姿を消してしまった。わざとなの? 人の話が届いてない訳でも、天然素材なのでもないの?

 残された私は、ただただ、重い溜め息を吐くしかない。さすが大国の王都。難しいなぁ。


「ヴィッテさんは、食事会には参加されませんの?」

「はい。最終日だけの雇用ですから、おこがましく。何より、私、この国に来たばかりで、やらなければならないことも山積みなんです」


 やんわりと断り理由を言えたよね? 嫌味成分はなかったはずだ。肩を竦めたのは、さすがにわざとらしかっただろうか。でも、嘘は口にしていない。今、私がやるべきは交流を広げることよりも、まずは身の回りを固めることだ。それに、ぶっちゃけなんか怖くなってきたし。

 胡散臭い私の仕草に頬を引きつらせるわけでもなく。フォルマさんは、可憐に微笑んだ。何かを、確信したように。

 

「まぁ。お若いでしょうに。堅実でいらっしゃるのですね。おいくつでして? お見受けしたところ、ヴィッテさんとわたくし、年頃も近そうですので、どうぞフォルマ、と呼んでくださいまし。敬語も不要ですわ」

「十八になりました。あの、私は嬉しいのですけど。よいのですか? フォルマさんは身分ある方とお見受けしますが」

「あら! ひとつしか変わりませんのね。わたくし十七ですの。折角身分が関係ない場所にいるのですもの。どうぞ、フォルマと呼んでくださいな。わたくしも、ヴィッテと呼ばせて頂けると嬉しいわ?」


 ぽんと掌を打ち合わせたフォルマさんは、なぜか嬉しそうに花を咲かせた。ここにくるご令嬢って、同じ年頃の人じゃないのだろうか。

 私の戸惑いに感づいたのか。椅子を勧めてきたフォルマさんは、美しい眉を垂らした。


「わたくしも、フィオーレに馴染みはございませんの。今回は偶然フィオーレを訪れていたところ、知人に頼まれてこちらに参りましたので、心安くお話できる友人がいなくて……仕事にいらしているご令嬢とは少しタイプが異なるようで」

「そうなんで――そうなんだ。私のこともヴィッテでお願いしたいな。フィオーレにきて同年代の子と話せたの初めて。すごく嬉しい」


 一日限定の友人だとしても、すごく嬉しいし頼もしい。それも眼福の美女ときたもんだ。

 二人で顔を見合わせて、微笑みあう。故郷の親友を思い出し、つきんと胸が痛む。名前の響きも似ている。仕事が決まったら、手紙を書こう。

 感傷に浸ったのは、ほんの数秒だった。フォルマから聞かされた現状に、愕然がくぜんとせざるを得なくて。



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